星空の君 4 果ての珊瑚(ウルマ)のその果てで

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妙な物を見たせいで、悶々とした眠りに就いて、翌日。
朝こそ、もうろうとしていたが、昼間にはそれも忘れ、俺達は西表での遊びを満喫した。

当初の予定通り、カヌーを漕いでマングローブの林を突っ切って川を上り、そこから山を登って、地上数十メートルの滝の頂上まで行く。カヌーのルートを間違えて、迷いまくるのもご愛敬。
「ひゃぁー……絶景かな、絶景かな……うりゃぁっ!!」
「きえぇっ!!」
「フンヌ!」
「とうっ!」
別に組み手なんかをしているわけじゃない。こういう場所で誰もいない場合、無意味にポーズをとることが、俺達の代の演劇部員のサガなのだ。無駄に『目立とう精神』旺盛なバカ共に、川の水で乾杯。

それが終われば、レンタサイクルで無目的にサイクリング。
「ちょっ……ちょっと待ってくれよぉ! ウッチー!! 俺……もうダメだぁ!」
数キロ走った時点で、俺の足が悲鳴を上げる。たまらず、前を行くウッチーに叫ぶ。
「やっぱお前、運動不足だよ、トミー! 俺、行けるところまで行くから、お前先に民宿に戻ってろよ!」
『まったく、しょうがねえなあ』といった口調が返ってくる。
しかし、他人を気遣って無理強いをしないところが、コイツのいいところだ。
「……悪いが、そうさせてもらうぜ……! それっ!」
俺は方向転換して、思い切りこぎ出した。帰れると分かれば、底力が出るモンだ。しかし……
「あーっ! トミー! そっちは逆方向だって! おい!」
……結局俺は、さらに無駄な距離を数キロ行った後、ようやくたどり着いた宿で、ぐったりとのびていた。
その後ウッチーが、数十キロの道のりを走破し、汗だくで戻ってきた。後でルートを訊くと……島を大方半周するんだもんなぁ……コイツ……。

……しかし、どれもこれも実に楽しいが、つくづく、ここ最近の体力の衰えを痛感する。
ウッチーは嬉々として、
「うーん、自然に還るなぁ」
と、身軽に跳ね回っている。……まったく、うらやましくもあり、恨めしくもあり、だ。ま、ジジ臭い事を言っても始まらないが……。

そして、その日の晩。俺達は再び、夕涼みと星空見物に、海岸へ来ていた。

……昼間は遊びに夢中ですっかり忘れていたが、同じような夜、同じような潮風、そして同じような星空に、俺は、昨日見た女の子の事を思い出していた。
ぼーっとしている俺を見て、ウッチーが
「だから、タマってるんか?」
と混ぜ返す。
「当たらずと言えど、遠からじ……かな。ひと夏のアバンチュールを求めるのも、男としてオッケーだとは思うが?」
「正直だねぇ……」

そんなことを言いながら、昨日と同じく、ビールとスナック菓子をかたわらに、波の音をBGMにしての星空鑑賞。俺は時々立ち上がってあたりを見渡してみたが、昨日の女の子はやっぱりいなかった。
「だから幻でも見たんだろって。帰ったらソープでもヘルスでも行って、存分にヤりゃいいだろう?」
「この旅行の後、そんな金が残ると思うか? 借金まみれ確定だぜ?」
「……変なところで真面目に答えるなよ……」
……はたから聞いていると、美しい空の下、下品な会話だ。

結局女の子は現れず、俺は未練がましそうに宿へと戻った。

次の日。俺達は別行動を取ることにしていた。ウッチーの目的は西表だけだが、俺は石垣島へもう一度行きたかったのと、日本最南端の島、波照間(はてるま)島へ行きたかったのだ。気ままな一人旅というのをやってみたかったのもある。
そして、「体験ダイビングをする!」と、近くのダイバーズショップへ出かけたウッチーと別れ、俺は一人、石垣へ戻る高速艇に乗った。
……もちろん今回は、素直に船室へ入った。

石垣島へ戻り、自分で予約していた民宿にたどり着く。どうせ離島に行くんだから、と思って港にごく近い民宿を取ったのだ。荷物を放り出し、さぁどうする? と、しばらく思案した後、まずは無難な観光をすることにした。
……ぞろぞろ連れだって名所や旧跡を巡るのは嫌だが、俺はそれそのものが嫌いな訳じゃない。
俺は、港の近くでタクシーを拾い、観光スポット巡りとしゃれこんだ。

え? なんでわざわざタクシーかって? タクシーの運ちゃんから色々裏事情は聞いたが、つまりは路線バスが無いに等しいのだ。観光客にとっては、迷惑な話だ。

……ともあれ、観光地に関する話は、俺の下手な説明を聞くより、本屋で売ってるガイドブックを見た方が参考になるだろう。だが、ここで助言をしておこう。
西表の民宿の時にも痛感したが、やっぱりガイドブックはあまり信用しない方がいい。特に地図に関しては……。
経験者、かく語りき、だ。

そして石垣で一晩を明かし、さぁ、いよいよ波照間島へ行く日が来た。幸い、高速艇を出している観光会社が、「サイクリングコース」というプランを立てていた。
往復の船賃と、レンタサイクル代、それに送迎バスの費用がパックになったやつだ。行動に関してはフリー。よし! と言うわけで、前日に予約をしておき、さぁ、出発! である。



「……………………ぐぷっ……ぅ…………ぅぇっ…………」
……いきなり寝坊をかまし、朝飯を慌てて押し込んで出てきたためだろう。船の中で、俺はグロッキー寸前だった。
揺れるのだ。西表行きとは比べ物にならないぐらいに。後日、ウッチーに話したところ、『外海を通っているからだろう』とのことだった。…………に、しても……気持ち悪かった。
永劫のような一時間の後、到着。バスに乗り、レンタサイクル乗り場へ。
貸してくれた自転車は、いわゆるママチャリタイプだった。……格好はつかないが、こっちの方が乗りやすくて好きだ。

「うーし! いざゆかん、チャリ旅行へ!」

波照間島は周囲十四キロと、とても小さい。島には、外周に『島一周道路』という太い道があり、その内側を細かな農道が走っている……という状態だ。
まず、その周りを回ってみる事にした。

ちなみに、『波照間』とは、『果てのウルマ(=サンゴ)』という言葉の、当て字だそうだ。上手い具合に名付けたモンだと、変なところで感心する。

(シャカ…… シャカ…… シャカ……)

……本当に何もない島だ。周囲に広がるサトウキビ畑に、真っ青、いや蒼い水平線、何もないところを突っ切る、誰もいない道路……。
最初のうちこそ、鼻歌を歌いながら軽快に進んでいた。が、あまりの静寂に、だんだん心地よさを通り越してきた。

現実離れした風景が次元をゆがめ、空間を貼り合わせて、その中に自分が閉じこめられるような錯覚だった。

『自然に……喰われる……?』

そんな恐ろしさが湧いてきたのは、俺だけだろうか?

そしてしばらく経った。……俺は困り果てていた。道に迷ったのだ。一周道路を素直に回っていれば良かったのだが、調子に乗って農道まで行ったのがいけなかった。農道は地図に載っていない上、三百六十度景色がみんな同じに見えるため、よけいに方向感覚が混乱してくる。おまけに、舗装されていない砂利道を走ったせいだろうか、後輪がパンクしていた。

「こんなところで死ぬのは嫌だなぁ……」
そんな大げさなことを考えながら、俺は、とぼとぼと、何もない道を歩いていた。

……すると、道の向こうから人影がやってくるのが見えた。助かった!
「すいませーーーん!!」
俺は自転車を押す手を早めつつ、人影に駆け寄った。女の子だ。同じく、自転車を押している。
「はぁ……はぁ……すいません、一周道路に出るにはどっちへ行けば良いんですか?」
息が収まるのも待たずに訊いた。すると、その女の子は、そこいらの畑から失敬してきたのだろうか、手に持っていたサトウキビを差し出し、
「食べます?」
と言った。有り難い! ……当たり前だが波照間島は暑い。石垣島は二十五度だったが、おそらく三十度はあるんじゃないだろうか? 太陽は容赦なく照りつけ、汗が噴き出し、喉はカラカラだ。
皮をむくのももどかしく、受け取ったサトウキビにむしゃぶりつく。うまい! こんなにうまいのか! 俺は、しばらく夢中でそれをかじっていた。
「ふぅ……うまい。どうも有り難うございます。ところで、道はどっちへ……?」
再びの俺の質問に、彼女はにっこり笑い、
「私もそっちへ行きますから、一緒に行きましょう」
と言った。またまた有り難い! 俺はどちらかというと方向音痴なのだ。それに、今まで感じていた、何とはない寂しさから解放される。
しかし……この娘の笑顔、どこかで……?

それから俺は、彼女とサトウキビをかじりつつ、他愛のない話をしながら、歩き始めた。
島一周道路に出て、民宿街までは、以外と早かった。
我ながら情けない……。

「ホントに有り難うございます! 助かりました……あれ?」
再びレンタサイクル乗り場に着き、返却の手続きを済ませ、俺が振り向いたときだ。……彼女はいなくなっていた。

「んー……もう一回、お礼を言いたかったのになぁ……」
しばらく首をひねっていた俺だったが、気を取り直して、ふと時計を見た。

「しまったぁぁぁぁぁっ!!」

俺は思いっきり絶叫していた。船が……石垣へ戻る最終の船が出てしまった後だ!
当たり前だが、交通手段は船しかない。最終便は午後四時三十分。五分ほど過ぎている。道に迷ってフラフラしているうちに、時間を忘れていたのだ。
どうする? ……といっても、手段は一つしかない。ここで一泊して、明日の船に乗ることだけだ。……ま、いいか。予定が変更になるのも、旅の醍醐味だ……。

幸い、近くの民宿に空きがあったので、そこに急きょ泊まることにした。
……最後でラッキーだったな。

宿で少々へばった後、飯を喰い、まだ外が明るいのでふらりと出かけることにした。西表でもそうだが、この辺りの日没時間は遅い。七時を過ぎて日が沈み、八時前になってようやく暗くなり始めるのだ。だいたい飯の時間は六時過ぎだから、真っ暗になるのには、まだ時間がある。

……俺は宿から二キロ弱ほど離れた『ニシ浜』という海岸に行くことにした。

ニシ浜は、観光化されていない浜で、石垣、西表を含む八重山諸島でも屈指の美しさを誇る。昼間に一度見たのだが、息をのんだ。筆舌に尽くしがたい、とは、ああいうのを言うんだろう。前日に行った、石垣島の川平(かびら)湾も美しさで有名だが、今の時点では、悪いが比べてはいけない。……ま、俺が川平湾を見たときは干潮で、本来の美しさがなかったのもあるが。

宿のおばちゃんに懐中電灯を借り、てくてくと歩いて、ニシ浜に着く。夕暮れの浜というのも、また格別だ。
適当なところに行き、よいしょと腰を下ろして回りを見渡したときだった。

……先客がいることに気づいた。

つづく

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