ファイナル・クエスト 5 押し込められた憂鬱

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「はぁ……」
何度目のため息だろう。
クリープは、城の窓から外を見ていた。

あいつが居なくなった。
ずっと待ってても、帰ってこない。
もう、これっきりなんだろうか……?

「ふふっ……ばかばかしい……な」
相変わらず、突き抜けるように真っ青な空に語りかける。

そう、自分は大魔法使い。森羅万象を意のままに操ることができる。人の心とて例外ではない。そうだ、あの男も、退屈しのぎに奴隷にしてやっただけのことだ。ただ、もう術の効力が切れて、逃げ出しただけではないか。暇つぶしの相手が一つなくなっただけだ。何をそんなに気に病むことがある?

「うん! そうだ!! もう止めた! あいつのことを考えるのは終わり!!」

大きな声で一つ叫び、クリープはすたすたと歩き出した。
「ふん、ふ、ふ~ん……」
城の一角にある実験室。気晴らしに新しい薬の調合でもしようと、クリープはここへやって来た。小さな部屋の四隅には、それぞれに棚が置かれ、びっしりと壺やら、瓶やらが並べてある。その中身は……普通はあまり直視したくないような物だ。その証拠に、鼻を突く刺激臭が充満している。
「すぅー……」
が、彼女は、爽やかな森の中にいるかのように、そこで深呼吸をした。
慣れているから? それはそうだ。
集中するため? かもしれない。
が、しかし……
「けほっ! けほけほっ!!」
思い切りむせてしまった。当たり前だ。普段そんなことはしないのだから。
「あー……びっくりした。……ねぇ、ちょっとお台所に行って、お水、持ってきてくんない?」
目尻に涙を浮かべながら、苦笑いで横を見る。
「………………」
が、誰もいない。
「……あ……」
そうだ。いるわけがないのだ。
「何言ってんだろ、あたし……」
気を取り直して、薬の調合に取りかかる。部屋の中央に据え付けてある大鍋に、棚から適当な材料を気まぐれに放り込む。一息ついたところで、鍋の前で指をぱちり、と鳴らす。すると、ぼんっ! という音と共に、鍋の下に蒼い炎が燃え上がる。程なくして、ぐつぐつと鍋の中身が煮え始める。
「お、結構いい感じね……あとは、これとこれと……」
鼻歌を歌いながら、さらに適当に材料を入れていく。ありったけの絵の具を全部混ぜ合わせたような、何とも言えない色に、不思議と甘い匂いが立ちこめる。
「ふふーん、ま、こんなもんね。さぁて、どんな薬かな~? 笑い薬かな? 泣き薬かな? ひょっとして、惚れ薬とかだったりして~!」
うきうきしながら、手近なコップに薬を一すくい入れる。
「さぁ! お待ちかねの、お試しターイム!! 大丈夫よ!いつも通り、万能解毒薬はあるから!」
振り向きざま、満面の笑みで、ずいっとコップを差し出す。
……が、そこにいたのは、棚に並べられている、酒漬けにされた蛇だった。
「あ……そっか……」
とうに生気を無くした目が、自分を見つめる。
「へへっ……アンタ……飲む?」
言ってみたところで、何も返っては来ない。
「………………」
ぽい、と、後ろ手に薬を放り投げる。どぼん……という音がして、薬は、コップごと大鍋の中に沈んでいった。
「あーもう!! ヤメヤメ!!」
いら立ちまぎれにわめいた後、もう一度ぱちり、と指を鳴らした。ぽんっ! と音がして、蒼い炎が消える。
「つまんない! ……昼寝でもしよっと!」
頬を膨らませ、クリープはずんずんと寝室へと向かった。
「はあー……」
だだっぴろい寝室。ばふり、とベッドに倒れ込む。むやみに豪華な、天蓋付きのベッドだ。
「………………」
目と閉じても、なかなか寝付けない。仕方がないので、頭上の天蓋に付いている、宝石の数を数えてみることにした。
「いち……にぃ……さん……し……」



「ひゃく、ひゃくいち、ひゃくに……」
だんだん目がさえてきた。既にどこを数えているのかもあいまいになってくる。そのうち、余計にいら立ちがつのり始める。
「もぉ! 誰よ! こんなうっとうしいベッド作ったのは!!」
元からあった物に文句を付けても何もならない。
「ったくぅ……」
ごろり、とうつ伏せになり、顔を伏せたまま、つぶやいた。
「ねぇ……なんか、歌、歌いなさいよ。……子守歌……歌ってよ……」
声はベッドにこもるばかりで、返す物は、いない。
「どうして……? どうして歌ってくんないの? ねぇ……」
やはり、くぐもった自分の声しか聞こえない。
「………………」
『忘れはしない 君との想い たとえどれほどの 時を経て……』
顔を伏せたまま、かみしめるように歌い始めたのは、あいつによく歌ってもらった歌。ゆっくりとしたメロディが、とても落ち着く。
『たとえば君が 心をなくし 暗い闇に 迷っても……』
「あふれる……おもい……なみだの……しずく……うっ……うぅっ…………」
途中まで歌って、こらえきれなくなった。あふれるモノをおしとどめ、うち消すように、ベッドにより強く顔を押し当てる。
違うはずなのに、違うはずなのに……。
そのまま、クリープの意識は、遠のいていった。



「ん…………」
それからしばらく。どうやら少し眠ったようだった。涙に少し濡れたシーツが、目に飛び込んでくる。
「………………」
頭がぼやける。もう、何がなんだか分からない。今、自分をのみ込もうとしている気持ちがなんなのか、それも分からない。勝手にムズムズする目尻。コイツが言葉を話せたら、是非訊いてみたいものだ。
「うっ…………」
そんなことを考えながら、ぶるり、と体が震えた。少し体が冷えたらしい。クリープは足早にトイレに向かった。
「………………」
がちゃり、と扉を開ける。
「ざっばぁぁぁーーーーっ」
入るやいなや、両手を大きく広げて叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
今度は、大げさな悲鳴を上げる。
「んきゃぁっ?! ……ごっちーーーん!!」
目を大きく見開いたかと思うと、大げさな擬音と共に、自分の頭を小突く。
「くおぉぉ……いててて……」
うずくまり、声を震わせてみる。
「あー……びっくりした。あれ……? ここ……どこだ? ……わぁっ!!」
キョロキョロと、辺りを見渡して、驚いてみる。かと思うと、
「あぁっ……! あうっ……ひ……ひどい……はぁぁっ……!!」
絞り出すような声を上げ、
「……わぁ! じゃないわよ!! 一体何なのよ! いきなり天井から、水と一緒に降ってくるなんて! しかも、トイレの前に! トイレはね! 数少ないお楽しみの時間なんだからね! それを水ぶっかけて邪魔するなんて、どういうつもりよ! おかげで、もらしちゃったじゃないの! どうしてくれんのよ!!」
誰もいない空間に向かって、怒鳴る。
そして……
「もらし……ちゃったじゃないの……」
がっくりと肩を落とし、同時に、下腹部の力を緩める。
「んっ……あっ……はっ……」
熱い感覚が、床に広がっていく。
だが、それは、あのときよりも冷たく感じられた。
「うっ……うぅっ…………うぐっ……えうっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
クリープは泣いた。はっきり解った『寂しさ』に、ただ、大声で。
クリープは泣いた。大粒の涙が、床の水たまりを薄めてゆくほどに……。

つづく

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