(がくん!)
「おわぁっ!?」
僕は、階段を踏み外したような感覚で我に返った。びくり、と体が震え、音を立ててテーブルの上の物が揺れる。おっと、危ない、危ない…。慌てて体制を整え、辺りを見渡した。どうやら、くつろぎすぎてうたた寝していたようだった。徐々に、喫茶店の風景が戻ってくる。
「………?」
しかし…なんか凄い夢を見た気がするなぁ…なんだっけ? とんでもなくデタラメな夢だった気がするんだけど…まぁいいや。あれ? なんだか頭がやけに重い。僕は、首を何度かひねり、音を立てて凝りをほぐした。ぐきぐき、ぼきぼき…という音を、首の骨が立てる。骨がずれるとか何とか言われても、ほんとにこれ、病みつきだよなぁ…。そう思って、頭を両手で持ち、もう一ひねり。
(ごきゃん!)
「いでっ?!」
妙な音と共に、動きが一瞬止まり、視界が暗転する。あーあ、またやっちゃったよ。どっかの筋を、無理な方に引っ張っちゃったのかなぁ…僕は、目を閉じて首をゆっくり回しながら、徐々に視界を明転させていった。
よかった。別になんともないや。店の風景も見えるし、喧噪も聞こえるし、コーヒーの香りも分かる。やれやれ…と、僕は改めて何気なく、店内を見渡した。「んあぁ?!」
思わず、奇妙な声が上がってしまったのは、そこにその通り奇妙な人を見たからだ。
僕の隣には、一人の女性が座っていた。顔立ちは…一言で言えば美人だ。つやつやとした、たっぷりの黒髪に、それが乗っている体は、頭身が高いだろうと一目で分かる。突き抜けそうなほど透き通る白い肌、黒目がちの大きな瞳、その流れるような目元はほんのちょっぴり垂れ、見た目の印象を少し柔らかくしている。小さく、でもしっかり筋が通った鼻の下にある唇は、施された深紅の口紅のせいかどうなのか、なんだか妖しく濡れ光っている。
…普通だったら、生唾を飲み込んで見とれそうな美人だ。だが僕は、それ以外にも違った意味で、彼女に見とれていた。
彼女の首から下、その体を覆う服は、体のラインを強調する物でもなく、ワンピースでもなく、ツーピースでもなく…淡い紫のトレンチコートだった…