「うがぁぁぁぁっ!!」
「どうした? トミー?」
「…………いや、スマン、ウッチー。ちょっと切れそうになったんだ」
「ふっふっふ、煮詰まってるな?」
「ああ、メチャクチャにな…………」
電話口で突然叫ぶ俺に、友人が苦笑いで返す。いつもの電話でのヨタ話の最中、別に腹が立ったとか言うわけじゃない。 何というか、虚しかったのだ。大学の試験も終わり、今は長い休みの最中。寝る間も惜しむほどバイトに精を出しているのならば、それで良いだろう。だが、言っちゃ何だが、俺はそんなに真面目じゃない。
よって、暇が出来る。街中をふらつくのも金が掛かるし、いつも同じ所へ行っても飽きる。そのあたりをグチる為に、なんやかんだと理由を付けて、こいつと電話で長話をするのだ。
彼―ウッチーは、大学時代の演劇部の同期だ。お互い、途中でクラブは辞めているのだが、感性が似ているというか、不思議とウマが合うので、ずっと交友が続いている。
…………しかし、そのグチを言い合うにしても限度がある。俺はこぼした。
「遠くへ行きたいなぁ…………」
「旅か」
「あぁ。最近の俺、携帯電話だからなぁ…………」
「携帯電話とかけて、オマエの行動と説く。そのココロは?」
「範囲が限られてる。そしてその割に、金がかかる」
「なるほど」
そんな冗談を言いながら、俺の心はもう旅へ飛んでいた。
そうだ、遠くへ行きたい。知らない街を歩いてみたい。都会の空気が染み着いた体をバラして、新鮮な空気を入れるんだ! これだ!!
「なあ、ウッチーよぉ…………卒業旅行ってことで、ホントに行かんか?」
「うむ、良いな」
「だとしたら、行き先、どうする?」
「海外はイヤだな」
「それは同感」
今の季節は卒業旅行シーズンの真っ盛り。だからといって、『卒業旅行だから海外に行って名所を巡る』等というのは、あまりにお約束過ぎる。そんなことはいつでも出来る。あまのじゃくな俺達としては、絶対にイヤだ。
「国内なら…………思いきり北か、思いきり南だな」
頭の中に日本地図を描きながら言う俺に、
「うむ。しかし、北の果てだと失恋旅行だ」
ウッチーの混ぜ返しが入る。
…………鉛色をした冬の日本海に、『バカヤローーーッ』と叫ぶのも、それはそれでロマンがあるが、せっかくの卒業旅行だ。明るく行こう。
「綺麗な海が見たいな」
俺は言った。俺は、ここ五、六年、まともに海を見ていないんだ。だから、恋しくてたまらない。昔は良く、父親に連れられて日本海へ行ったものだが…………
「と、いうと…………沖縄だな」
フームとうなるウッチーに、俺が続ける。
「スゲェぞぉ…………嘘臭いぐらいに、海が青いんだぜ?」
「そういえばトミー、昔、沖縄に行ったことあるって言ってたよな。でも、嘘臭いとは、よく言ったな。瀬戸内海とは、比べるまでもない、か?」
「当然!」
「そいつぁいいなぁ…………」
ちなみにウッチーは、瀬戸内海は小豆島の生まれだ。実家に帰れば一日中海にいて、釣りをしているのが好きらしい。 しかし、たとえ海で育ったウッチーでも、嘘臭いほど綺麗な海というのも、見たことがないそうだ。
俺は、中学生の頃、父親と共にダイビングをしに、石垣島まで行った時の事が忘れられない。そりゃあもう、「こんな色って、あるのか!」というぐらい、綺麗だった。…………だから余計にもう一度見たい。
「んじゃ、どうせなら……」
ウッチーが続ける。
「思い切り、バカをやらんか?」
「いいねえ。行ったところで、型どおりの観光ルートを通ってもしょうがないしな……しかし、具体的にどうする?」
そういう発想に関しては、俺よりコイツの方が上だ。
「そうだな……西表(いりおもて)島で、カヌーを漕いで、マングローブの林を突っ切るってのはどうだ? 前に何かの本で見たぞ」
「おぉ! 昼なお暗い原生林で、イリオモテヤマネコと闘うのか?」
「うむ! 人生は常にバトルだ!」
「……チキショ、カッコイイじゃないか!」
ネコとの闘いうんぬんは冗談としても、確かに、そうそうできることじゃない。
バカだ。素敵なバカだ。
「良いな……よし! そのセンで決まりだな。んじゃ、明日、俺ウッチーの下宿に行くわ。計画、煮詰めようぜ!」
「オッケー!」
そして、ルート決定、交通手段確保、滞在期間設定、金策、その他モロモロを終わらせて、俺達は空港行きのバス停へ立っていた。
「『卒業バカ旅行・イン・西表』ってところかな? ウッチーよ」
「そうだな」
「んじゃ、行きますか!」
「おう!」