星空の君 2

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2.ビールとツマミと星空と

 関西国際空港から、石垣島への直行便に乗って約三時間。眼下に、すさまじい蒼色の海が広がる。
「うっひゃぁ……」
二度目とはいえ、やはり美しい。思わず感嘆の声をもらしてしまう。
「なあ、トミーよぉ……」
「あん?」
「この海全部、作り物だったら怖いよな」
「作り物?」
「薬品会社の陰謀で、実は薬用入浴剤を入れてたり……」
「確かに怖いな……泳ぐと肩こりがほぐれそうだ」
「ホントに嘘臭ぇな……」
「だろ?」

やがて、到着。……失礼な言い方だが、貧相な空港だ。観光地なんだから、もっと大きな空港を造れば、どっちも助かるだろうに……。後に、この辺りの事情については、タクシーの運ちゃんから細々としたことを聞けた。長々とした話から得た結論は、『お役所的思考って、やだなぁ……』という事だ。

ともあれ、空港から、離島へ行くための桟橋へ。西表行きの高速艇のチケットを買い、いざ出発。

『やっぱ、潮風を全身に感じたいよなぁ』
等と思って、外の席に座ったのがいけなかった。想像以上にスピードが速い。

「うわわわわわわ……!! ウッ! ウッ! ウッチーよぉぉ……! スッ……スゲ! スゲ! スゲェなぁ! オイ!」
「わばばばばばば……!! なっ! ななっ! なぁっ! なんだっ! てぇ?!」

しょっぱい風が、猛烈に吹き付けてくる。お互いの声も全く聞こえない。
「なななななんか……てててててのひらががが……ねねねねばばばついて……? なんだこりゃ?」
ぺろ……おぉ、なめると潮の味がする。しかも結構うまい。
「ててててて天然塩……なんちて……」
ボケても、もちろん誰も突っ込んでくれない。

なんてやっていながら、揺られること四十分。西表島の北側、船浦(ふなうら)港に着く。あぁ……体が程良く塩漬けだ。このまま薫製(くんせい)にしたら、ハムになれるな、俺……。

港……というより波止場に降り立ち、おもむろにガイドブックを広げる。港から宿まで、地図で見る限りはそんなに遠くない。散歩がてらに歩いていくことにした。
「うーし、行くかぁ!」
「おう!」
俺とウッチーは、揚々と歩き始めた。しかし……



「はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫か? トミー……」
「なんとかな……。今……どの辺だ?」
「このペンションがここだから……」
「げぇっ……まだ三分の一も来てねぇのかよ……ひぃー……」

宿は遠かった。地図は徒歩十分程のようなことを書いていたが、恐らく、観光客寄せの為の嘘だろう。軽く倍は歩いている。
誤算だった。飛行機の中で聞いたこっちの温度は、二十五度。暑いのは覚悟していたが、湿度が高いためだろう。流れる汗が一向に蒸発せず、余計に暑く感じる。これほどこたえるとは思っていなかった。
それに、実際の距離が地図より長いなんて、予想だにしていなかった。これからガイドブックをうのみにするのはやめよう……
加えて、その長い道はほぼ全て、上り坂だった。道の側にはほとんど何もなく、ひたすらのどかな風景が広がっている。
本当に、ここは日本か? 二十年ぐらいタイム・スリップしたような錯覚に陥るぞ。

「あ、ジュースの自販機が、全部百円だ……なんでだ?」
「トミー、もうすぐのはずだから、ガマンしろって……」
「ああ……」

「あづい……」
タバコの吸いすぎだろうか、部活をやってた頃に比べて、肺活量が落ちてきている俺がうめく。
「あぁ……。しかし、俺達のっけからバカやってるよなぁ」
そんな俺に、楽しそうにウッチーが返す。
そうだ、俺達はバカをやりに来たんだ。普通なら、港から車で行くのに、わざわざ歩いている。……結構ステキじゃないか。
「そうだ、素敵なバカだよな」
疲れた口元をにやりとゆがめ、俺は答えた。

汗だくになって歩くこと三十分、ようやく宿にたどり着く。チェックインをする前、湯気の立つ俺達を見て、宿のおばちゃんが言った。
「まさか歩いてきたの? 港から電話をくれれば、迎えに行ったのに……。車なら、三分よ」

……すごくステキな、バカである。

「あぁー……やれやれだな……」
荷物を放り出し、早くも大の字になる俺に、
「ふふん……お前、最近、運動不足じゃないのか?」
にんまりとした、ウッチーの声。
「ほっとけ!」
悔しいが、図星だ。
「トミーよ、メシまで時間があるし、海岸散策にでも行かんか? どんな魚がいるのかも、見てみたいしな」
「オッケー……そういやお前、釣り竿持ってきてたんだよな……」
「おう! 準備は万端ってやつだ」
「好きだねぇ……お前も……」

しかし結局、釣果はゼロ。ウッチーいわく、「魚のいる気配がしない。ホントにこの海は、作りモンじゃないのか?」と。俺が思うに、食らいつくような大きな魚がいなかっただけじゃないかな。たとえば、昔見た石垣の海の中には、親指の先ほどの小さな魚が、思い切り群れを成していた。釣りの獲物にしては、小さすぎるよな。

さて、そんなことをしているうちに、夜になった。
海開き直前という、中途半端なシーズンということもあって、宿の食堂はガラガラだ。しかし、そこで出たメシ……まあ、ちょっと上等な定食と言う感じだったが……実にうまかった。中でも、さすがと言うべきか、海鮮類のうまさは、特筆モンだ。

「ふう……喰ったぜ……」
「相変わらず、よく喰うなぁ……トミー……」
「バカヤロ、食も旅の醍醐味じゃねぇか……」
「へいへい……」

そして食後。夕涼みをしよう……と、宿の隣のスーパー……と言うよりよろずやで、ビールと軽いツマミを買い、近くの海岸へ行った。
そこで俺達は、圧倒的風景をその目に見た。

『うおぉぉぉぉぉっ!!』

二人して絶叫した。いや、せずにはいられなかった。空には、まさに満天の星、星、星……。
「すげぇ……星って、こんなにあったんだなぁ……」
「オリオン座は、何処に行っても自己主張が激しいなぁ。でも、ベテルギウスの赤さもはっきり分かるのがスゴイぜ。あっ! カシオペア座みっけ! それに……北斗七星……北極星があれか……」
「トミー、詳しいな」
「あぁ、俺、昔は天文少年だったからな……星空観察は、よくしたもんさ。ま、今はほとんど忘れてるけどな……それにしても、星座図があればなぁ……悔しいぜ、俺は……」
久しく目にしていなかった星座に、心が躍る。空気が綺麗で、余計な明かりがないからだろう。本当に良く見える。この星空だけでも、片道四万円かけて、はるばる来た甲斐がある。

「気持ち良いなぁ……」
「まったく……」
適当なところに寝そべり、しばらく星空を眺める。
心地よい潮風、遠くに聞こえる波の音、満天の星空、静寂、そしてビール。間違いなく至福である。

「なぁ……」
ぼーっとしながら、ウッチーが声を掛けてきた。
「ん?」
同じく、眠る寸前のような声で返す。
「星って、不思議だよな」
「なんでだ?」
「だって、この星の光は、何百、何千、いや、何万年も昔の光なんだよな。つまり、人類が生まれる遥か前の出来事を、俺達は今、リアルタイムで見てる。……こりゃ、ちょっとしたタイムマシンだよなぁ」
「……そうだな。今俺達が見ている星は、ひょっとしたらもう無いのかも知れないんだよな。あの星で、今俺達がいる、この瞬間に起こってる出来事がわかる頃は、ひょっとしたら人類の方が滅んでる事だってあるかもしれない……」

考えてみれば、本当に不思議な話ではある。しかし、こんな話を都会でしたところで、ただのロマンチストで終わってしまう。こういう感覚を共有できる、気の置けない奴としみじみ話すと、本当に嬉しくなってくる。

「…………」
「…………」
またしばらく、波の音をBGMに、ぼーっとする。

……それにしても不思議な感覚だ。ずーっと夜空を見上げていると、星までの距離が近く思えてくる。星が降ってくる……と言うよりは、自分が星空に吸い込まれていきそうな気さえする。いや……空が巨大な闇色の布に思えてきて、それに自分が包まれていくようだ。『天蓋(てんがい)』って言葉があるが、なるほどと思う。

俺は、しばらく夢うつつの状態でまどろんでいた。

つづく

 

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