闇色きゃらばん 1

気持ち良い風の吹く夜だ。
縁日がかもす雑多な匂いも、ここへ来るまでにかなり薄まる。風にこされて漂うモノは、何となく空疎な雰囲気だ。みんな分かってんだな。祭りの後にゃ、何も残らねぇって事をよ。

だが、それがいいんだ、おれは。どうしようもなく痛々しい、必死にあがいてもり立ててるっつうことを知らせる、この風がな。
見上げれば、空には人魂が踊ってやがる。この縁日という場をあざ笑うかのように、な。

側からは、ちゃりちゃりと小銭の音がおれに向かってきてる。
おいおい、ケチるんじゃねえよ、こんな場末で、それなりのジャグリングが見れるってのによぉ?
もちろん、そんなこたぁつゆほど感じさせずに、おれはその人魂を操り続けた。
「はいっ、と。んじゃ、次はこれ行ってみましょうかねぇ……」
いつまでも同じ事をやってたんじゃ、客も飽きる。おれは手早く次の獲物を用意した。剣だ。当然、モノホンのな。
「ほっ……!」
投げ上げた剣は、おれの一部だ。文字通り刃向かうことなく、伝えたとおりの演技を空で舞い、きちんとおれの手に戻ってくる。闇夜にともるぽつぽつとした安っぽいランプが、客の視線を剣に映えさせる。ここで得意になっちゃいけねえ。剣って奴はワガママな女だ。こっちが少しでも気に掛けるのを止めると、とたんに機嫌を損ねる。ウケが良くて可愛い奴だが、扱いは難しい。

「さあさあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ここに集うた我らが一座、そんじょそこらの奴とは違う! 身内に不幸があったれど、死に目に逢えぬで悔やむ方、はたまた己が分け身たるほどの、得難き品物無くした方! 途方に暮れるはちと早い。どうか我らにお任せあれ! カネは確かに取りますが、こちらもそれで喰わねばならぬ。どうか許してくださいな……っと!」
剣のお手玉をしながら、おれの口からは、よどみのない口上が吐き出される。上に注意を保ったまま……客への媚び笑顔も忘れない。芸のたぐいは、客に『がんばってるな』と思わせた時点で負けだ。同情されるぐらいなら、『何を媚びてやがる!』とバカにされた方がいい。

「う~~……」
そんな時、おれの隣に座っていた犬が、敵意のあるうなりを上げ始めた。
「わんわんわんわんわんっ!!」
「なっ……!?」
吠えられている男――パンチパーマに剃り込みの、いかにもその筋だ――は、おれと犬を見比べて、妙におどおどとしている。
金づるだ。おれは何気ないフリで道具入れから細工用の細長い風船を取り出し、客に向かって言った。
「さてさて、それでは! ここに取りだしましたる風船で、一つ細工をご覧に入れましょう。どなたか、ご一緒していただきましょうかな……」
マイムで投げ縄を作り、グルグルと回す。標的は、あのヤクザ風の男だ。
「えいっ!」
そいつに、縄を掛けるしぐさをする。他の観客の視線が、男に集まる。
「……!?」
だが、男はよほどうろたえているのか、反応を返そうとしない。ますます当たり。あいかわらず、こいつの鼻は抜群だ。今日の飯は奮発してやろう。ニヤリと笑うのは心中にとどめ、おれはマイムの縄を引っ張りながら言った。
「そうそう、そこの貴方ですよ。どうぞ、輪の中心へ!」
「おっ……おう……」
観客に押される形で、男がおれの隣に来る。隣の犬は相変わらずうなっているが、ひとまず頭を撫でておとなしくした。
「さあ、これをどうぞ」
風船を渡し、真似るようにしぐさで促す。やり方を教える振りをしながら、おれは男にささやいた。
「……あんた、サツに追われてるだろ?」
「なっ……!」
「おっと、観客に笑顔は忘れんなよ? やっぱ当たりか?」
「…………」
「バラされたくなきゃ、出すもん出しな。デカいの十枚ぐらいで勘弁しといてやる」
「……分かった……」

にっとおれが口元を歪めると、あっさり男は折れた。ククク……スネに生傷持ってる奴ぁ、ゆするに限るぜ。

「よしよし。んじゃ、この祭りがハネた後、同じ場所で待ってるぜ」
「くそっ……」

忌々しげに毒づく男。俺としては、胸のすくような気持ちだ。

「はいっ! 出来上がりー! おやおやぁ? どうされましたか、お兄さん?」
「はははっ……」
商談が成立した間に、おれの手には風船の犬が出来上がっている。男のものは、満足に膨らんでさえいない。恐らく、ズボンの下のキンタマも、こんな風に縮み上がってるだろうな。
「残念でしたねー! ご協力有り難うございましたー!」
おれは、風船細工を手近な子供に渡し、男を見送る目にもう一度「忘れんなよ」と付け加えた。男は、気味のいいぐらいに顔を引きつらせ、足早に帰っていった。

「さあさあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 参りましたるこの我ら、そんじょそこらの一座じゃあないよ! 我ら一座の呼び物は、うさんくさいと言う無かれ、失せ物探しと口寄せだ! 戻らぬものと諦めて、帰らぬ人と嘆くより、どうか我らにお任せあれ!」
客寄せの口上に、よどみは一切入れない。暗唱しているという意識さえ持たせちゃいけない。そんなもんだ。

「あのぉ……」
と、そこへ一人の婆さんがやって来た。おれは、満面の笑みで向き直る。
「はい!」
「きのうは……どうもありがとうごじゃいました……あすこの姉さんに言われたとーりの場所に、落ちとりましただ……」
「そうですか、そりゃよかった!」
「へえ……それで、わたしゃうれしくてねえ……昨日払ったお金じゃあ、とてもとても……」
そう言って、婆さんはおれに茶封筒を差しだした。厚い。
「ほんの、気持ちですだぁ……」
「……どうも。ありがたく、いただきますよ」
変なところで遠慮はしない。おれ達も生活がかかってるからな。
「へえ、へえ……」
婆さんは、何度も何度も頭を下げながら去っていった。今日はツイてるぜ。
「これで、いいモンが喰えるな、ワン子」
「わんっ!」
頭を撫でられた犬が、嬉しそうに鳴いた。

「アユム! ソロソロアガルゾ!!」
客足が途絶え、ゾッとするほどの――心地良い――闇が戻ってきたところで、かん高い声がテントから聞こえた。
「へーい!」
「はっ、はっ、はっ……」
杖を頼りにびっこを引くおれの後を、ワン子が舌を出しながら続く。やれやれ、今日も一日ゴクローサンってわけだ……。

「ふういー……お疲れ」
「お疲れさま、アユム、ワン子」
神社近くの木賃宿、すすけた八畳ほどの部屋。そこが、おれ達の今のねぐらだ。真っ先にねぎらいの言葉をかけてくれたのは、顔の半分がすっぽり隠れるほどの黒髪を持った女。そこからのぞく目鼻立ちは、とびきりの美人だ。名前を、ヒトミという。
「コノグライデ、ガタガタイウナ! オマエガバテレバ、キャクアシガ……」
「あーあー、わーってるよ! うっせぇなあ……何か? 団長殿は無尽の体力でもお持ちなんですかい?」
「カカカカカ! ナニヲ、マニウケテイルンダ?」
カタカタと笑うボロ人形を左手にはめてるのは、同じぐらいにボロけた燕尾服をまとった、ゴマシオ頭のヒゲジジイ。かたわらには、原形をとどめてないようなシルクハットがある。そんなナリをしているが、こいつがおれ達一行の団長たる、シズオ様。ちなみに、人形の名前はスージーだ。
「ちっ……かわいくねえ……」
舌打ちも、ほんの軽くにすませる。いつものことだからだ。
そしておれは、ネコババする気が起きないウチに、例の茶封筒をヒトミに差し出しながら言った。
「そうだ、ヒトミ。今日、お前宛にこんなもんもらったぜ」
「なあに? あらっ……すごい大金じゃない! 誰が?」
「お前に失せ物を当ててもらったっつう、婆さんだよ」
「そう……きっと、あのおばあちゃんね。記憶が薄かったから、『見えにくくて』大変だったわ……」
「いいじゃねえか。苦労が報われて」
「あら、まるで自分が全然報われて無いみたいな言い方するじゃない?」
「カカカカカ! ソリャソウダナ! オマエノチカラハ、チョクセツヤクニタツコトハナイカラナ!」
「うぅーーー……!」
集中砲火を浴びるおれに、隣のワン子が歯をむいてうなる。かばってくれているらしい。
「うっせぇよ。んじゃ、ちったあジャグリング修行でもやってみやがれってんだ……」
「うふふ……アユムってば、すぐすねるんだから」
「カカカカカ! ガキダ、ガキダ!」
「それより! 早くメシ作ってくれよ、ヒトミ! せっかくカネがあるんだからよ!」
「わめかないの。それに、もう今晩の食材は買っちゃったから、明日ね」
「精の付くの、頼むぜ」
「ふうん……つけて、どうするの?」
「お前に、答えることか?」
「あら、そう? ならいいわ」
「くぅー……ん……」
おれとヒトミのやり取りに、ワン子のしょんぼりとした泣き声が重なった。