うらめしあずき 3 作戦、開始!

ニセ児童文学叢書
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それからしばらく。曽宗さんが正気を取り戻したところで、緒茂さんは改めて『計画』の説明を始めました。ああ、おもらしの後始末についてはご心配なく。緒茂さんが、手下の人間を使ってジャージを持ってこさせ、曽宗さんはそれに着替えました。そして、そのまま帰るのは恥ずかしいので、同じく手下の人間に車で送ってもらう約束をとりつけたのです。さすが学校一の不良グループと言うべきでしょうか、色んな人脈がある物です。閑話休題。

「…と、いうわけでだ。この薬を、御司留の奴に飲ませる。そして、プールの時間、他のみんなが見ている前で、薬が効き始める…」
「ちょっと待って。どうやって飲ませるの? それに、そんなに都合良く効き始めるとは…」
「ウチの学校、昼飯は弁当だよな? んで、御司留の奴も、弁当と一緒にお茶を持ってくるよなあ? んで、だ。薬は、さっきお前に飲ませた即効性の奴だけじゃない。時間をおいてじわじわ効くヤツも、オレは持ってる。…これでわかるな?」
「…なるほど…」
「全体の筋書きはこうだ。おあつらえむきに、明日の4時限目は化学だ。みんな実験室に行くから、教室は無人になる。そこへオレが隙を見て、御司留の水筒に薬を入れる。昼休み、奴がそれを飲む。そしてプールだ。そこで奴はなぜか足をつってしまう。しかし、保健委員はなぜか正副ともに休み。仕方がないので、前を泳いでいたお前と、後ろを泳いでいたオレが、奴を抱えて保健室へ連れていこうとする…」
「…なぜか、ね…。うふふっ…」
曽宗さんはわくわくしてきました。薬の効果は、さっき身をもって知りました。「手下が見張ってたからな。覗かれる可能性はゼロだったさ」と緒茂さんは言いましたが、もしこれが、確実にみんなのいる場所、しかも、逃げ場のない所だったら…? 自分で想像するだにぞっとします。
「だが、オレは舞台設定だけだ。最後の手は、お前が下せ。いいな?」
「…ありがと。でも、どうしてそんなに協力してくれるの?」
「…べっつにぃ…。金持ちが嫌いなのと…あとカッコわりい話だけど、オレ、和菓子があんまり好きじゃないんでね。和菓子屋の娘ってのが、むかつくんだよ」
「そうなんだ…」
少し照れながら言う緒茂さんに、曽宗さんは、これ以上ない親近感を感じるのでした。
「じゃ、明日を楽しみにな」
それだけ言うと、緒茂さんはくるりと背を向けて帰っていきました。
「…っと、ああそうだ。大事なことを忘れてた」
…と思ったら、もう一度向き直りました。
真顔でつかつかとすぐそばまで来て…
「お前、結構可愛かったぜ」
耳元でささやいてもう一度「ふうっ!」とやるものですから、曽宗さんはその後家に帰っても一日中ドキドキしっぱなしでした。

さて、次の日。曽宗さんはこれまでになくさわやかな目覚めを迎えました。学校へ行く足取りも、いつもよりずいぶん軽いです。
「おはよー!」
「おはよう、曽宗さん。…朝からご機嫌ね。なんかあったの?」
「ん? べっつにぃ…。たまたま、目覚めが良かったのよ」
曽宗さんの喜び方に、誰もが不思議がりました。
「おはよう、曽宗さん」
「うん、おはよう。御司留さん」
この一言で、みんなはさらに驚きました。いつもは御司留さんのあいさつに「ふんっ!」と返すのに…。でも、悪い雰囲気ではないようでしたので、みんな深くは考えませんでした。ただ一人当の曽宗さんだけが、数時間後のずだぼろになった御司留さんを想像して、ほくそえんでいるのでした。

そして、あっという間に4時限目。化学実験室で実習です。いよいよ行動開始。曽宗さんはそれとなく緒茂さんの方を見ました。すると…
「センセー、オレ気分悪ィんで、保健室行きまーす」
「ん? あ…」
先生の返事を待つまでもなく、緒茂さんはさっさと実験室を出ていきました。今回の計画が無くても彼女はサボリの常習犯ですから、先生もなかばあきらめているのです。
そうなると、曽宗さんはいよいよ落ち着かなくなります。授業は始まったばかりで、あと40分ほど。先生の声なんてまるで聞こえなくて、あやうく実験に失敗するところでした。

「ぷはあーっ…!」
昼休み。水筒のお茶をぐーっと飲み干して、曽宗さんは思い切り息をつきました。一緒に机をくっつけてお弁当を食べていた友達が、「なんか、うちに帰ってきてまず最初にビールを飲んだオヤジみたい…」と言いました。「ああ、さっきの実験室、薬のせいで息苦しくてさあ」とちょっとあわててつくろう曽宗さんに、みんな「そーね」と軽く相づちを打って、その話は終わりになりました。

「あー…おいしかった! ごちそうさま!」
曽宗さんは、これまでになくおいしくお弁当を食べ終わりました。気持ちの持ちようでこうも色々変わる物なんだと、自分自身、ちょっと驚きながら。
「あーあ、次はプールかあ…めんどくさいなあ…ねえ、曽宗さん?」
本当にだるそうに友達が振ってきました。それに答えて曽宗さんは、
「そう? まだまだ暑いし、気持ち良いと思うけど?」
…と、晴れやかに言います。そこまで嬉しそうに言われては、話を振った娘も「うーん…」とうなるしかありませんでした。

昼休みが終わり、とうとう、待ちに待った決行の時! 御司留さんに向けられるみんなの優しい目が、軽蔑とあざけりに変わる節目の時間!
「この時間が終われば、アタシが再びクラスの注目を集めるんだ…!」
…別にそんな事実はないのですけれども、いつのまにやら曽宗さんの頭の中では『御司留さんを蹴落とし、自分がクラス内のアイドルに返り咲く』という事になってるようです。本人の性格もあるんでしょうが、思いこみというのは恐ろしい物ですね。
ともあれ曽宗さんは、笑い出しそうになるのを何とかこらえながら、プールへと向かいました。

水泳の授業という物は、大体メニューが決まっています。体操をしてから水に浸かり、ちょっとの間自由遊泳で身体をほぐしてから25メートルを何本か泳ぎ、もう一度整理体操の意味を込めた自由遊泳。飛び込み台に並ぶ順番なんかは決まっていませんから、曽宗さんと緒茂さんの二人にとっては好都合です。それとなく、緒茂さんが近寄って耳打ちします。
「たぶんこれから25メートルを5本ほど行くと思う。時間的に考えて、2本目ってところだな」
「…OK」
二人して御司留さんを見ながら、にんまりとうなずき合うのでした。

やがて…
「ぃよぉーし! 全員上がって飛び込み台に並べ! 軽く25mクロール5本! いくぞー!」
水泳の好きな人が上げる嬉しそうなざわめきと、嫌いな人のだるそうなそれが混ざり合います。曽宗さんは、もちろん嬉しい方です。違った意味で。
気付かれないように御司留さんを見ながら、注意深くペースを作って泳いでいきます。
2本目。いったん上がって元に戻る時、すぐ前に御司留さんの背中がありました。…どことなく、歩くスピードが不自然です。追い抜くときに、曽宗さんは彼女の顔を見ました。
「………うっ……ン………ふ………」
うつむきがちになった真っ赤な顔は、かすかに唇を噛み、何かに耐えているような顔でした。
「(来たっ…!)」
後ろには緒茂さんの気配。そのまま、飛び込み台の列になります。
準備は整いました。後は、御司留さんが泳いでいる最中『なぜか』足をつらせるのを待つだけです。
ざぶん…と、まず曽宗さん。しばらく進んだ所で、ざあっ…と、飛び込まなかったのでしょうか、御司留さんの壁を蹴る音。
曽宗さんが3分の2ほど泳いだとき…
「あぐっ…! ぅぶっ……ごぼ……」
御司留さんの、もがく声が聞こえました。
「あれぇっ? 御司留さん、大丈夫ぅ?」
続いて、ちょっと大げさな緒茂さんの声。
「センセー! なんか、御司留さんの足がつったみたいでーす!」
「なにい? あー…しょうがないな。おい、ちょっとソイツを上げろ!」
そう言って、体育の先生は、にプールサイドに上がった御司留さんの足をマッサージしました。
「どうだ? まだ痛むか?」
「………はい……」
御司留さんは、顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で答えました。
「じゃあ、保健室に行って休んでろ。えーっと、このクラスの保健委員は誰だ?」
「あのセンセー、あいにく揃って休みなんスよ」
「あ? そうか…。んじゃあ…一人じゃちょっと辛そうだから、前後を泳いでた曽宗と緒茂、お前らが保健室に連れてってやれ」
「はい!」
自分から言い出そうと思うより前に先生が先に言った言葉に、曽宗さんは、思いっきりはっきり返事をしました。
「行こう、御司留さん」
「ンッ……うん……」
緒茂さんと二人で肩を持ち、見かけ上は本当に心配するそぶりで、曽宗さんは歩き出しました。

つづく

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