「ぃよいしょっ……と」
駅前にある馴染みの喫茶店前。時間は朝。僕は、いつも特にすることがないので、ほぼ毎朝、自宅から自転車でこの喫茶店に通い、モーニングセットを食べている。ここのコーヒーが旨いからだ。
何? する事がないとはどういうことだって?
ふっ、僕は気ままな自由人なのさ。
僕は風、縛られることなど決してなく、思うままに~♪
……そうだよ、プー太郎だよ! 良いじゃないか、ちくしょう……。
とにかく、いつものように店を出て、さぁ帰るぞと、自転車にまたがろうとした時だ。
ばふっ
妙な音がした。しまった、また誰か蹴っちゃったかな……と思った。
「あっ、すいません……」
反射的にそう言いながら、僕は一つ、おかしな事に気づいた。
ちょっと待て。『ばふっ』……って、何の音だ!?
『問題:先ほどの音と、現在の諸他の状況を照らし、君が何を蹴ったか類推せよ。』
即座に、僕の頭の中には、こんな問題が出された。しかし、こういう問題を解くことに関しては、僕の頭脳はそこらのスーパーコンピューターより速い。
「(ダウンジャケット? いや、今は春先だ。そんなことはない。厚手のスカート? それならもっと重い音がするはずだ。そうだ、紙のような……買い物袋? いや、その下は人間の肉体の感触だった。紙と……お尻……考えられる物は少ない。しかし待て。そんなことがあるのか?)」
一瞬で考えをまとめ、結果として困惑の表情をしている僕が、蹴ってしまった人の顔を、ふっ……と見た。
そこには、背後から心臓を直接握られたような顔をした女性が居た。
すらりとして、僕と同じぐらいの背で、髪はセミロング。OL風の人だ。
やがて彼女は真顔に戻り、
「いっ……いえ……」
と呟いた後、逃げるように駅の方へ走っていった。
「……逃げなくても良いじゃないか……?」
足早に駆けて行く彼女の後ろ姿を、僕はちょっと傷つきながら見送った。
分厚いトレッキング・シューズを履いていたにもかかわらず、僕の足には、さっきの奇妙な感触が残っていた……。