We Wish…… 5 12月24日 金曜日 風景2

光かがやく天使のしずく
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思わぬ所で、思わぬ人間に会うものだ。まあもっとも、あの二人こそ、今この日この雰囲気に一番似合っているんだから、ケチなんぞつけるのは狭量の極み……なんだが。
「うらやましそうだな、トミーよ」
「あ? ああ、そりゃ当然だろ? あそこまでいちゃついて許されるカップルなんぞ、そうはいないからな」
「まーな。嫉妬より先に、祝福したい気持ちが優るんだもんな。確かにズリィわな……」
ふうっ……と、ウッチーの口からタバコの煙のような白い息が吐かれる。

潤一は、彼女を孤児院で見つけたという。最初は、とんでもないボランティア精神もあったもんだと思った。だが、実際に紹介されて……俺ははっきり言って奴に嫉妬を覚えた。その、彼女の余りの可愛さに。でもそのうち、それさえも超越して……俺は、あの二人の前途に幸のみがあらんことを、真剣に願うようになった。まったく、とんでもない果報者だぜ、潤一の奴は。俺は、ヤケ気味の芝居口調でウッチーに言った。
「いーんだよ、俺ァヘルスに行くからよ。三十数分限りの夢で、俺はいいのさぁ……。天使は、金さえあればどこにでもいるんだなあ」
「この三大欲求男」
絶妙の間でウッチーが返すセリフに、「何とでも言えぃ」と答え、数秒間の即興二人芝居は終わった。
そうそう、脚本の註を忘れていた。「三大欲求」とは、「性欲、食欲、睡眠欲」。縮めて言えば、「ヤリたい、喰いたい、眠たい」だ。ああ、人よ獣にかえるべし。

そんなことをしているうちに、上演場所の教会に着いた。
都会の雑踏とは一種かけ離れた……とても古びた趣の教会だ。まるで、人々の記憶にあえて残るまいとして変化を止め、結果として皮肉にも一番記憶に残るような雰囲気……。この辺りも、俺のハマりのツボをぐりぐりと押してくれる。しかし、こういうところがあったなら、真っ先に記憶していそうな物だが……やっぱり、俺の脳裏にはここに関する情報がない。まあ俺だって機械じゃないんだ。そんなこともあるだろう。そんな自己弁護をしつつ、俺は改めて正面を見た。扉の周りには、俺の持っているビラと同じ物がびっしりと貼り巡らされている。これは、ポスターを作れない貧乏劇団がよく使う手だ。
「久しぶりだな、この雰囲気」
いやがおうにも高まる期待を、隣のウッチーが代弁してくれた。

濃い飴色に光る分厚い扉をくぐり、中に入る俺達。無料だからだろう、半券もぎりの人間はいなかった。

真っ暗な構内。ほの白い煙が床を覆い、舞台左右から、なんとも妖しげな……聴いたこともない……しかし決して耳障りではない客入れの音楽が流れる。
「おおう……たなびくロスコと、客入れを流す巨大ピーカー……! いいなあ……」
「懐かしいなあ……」
二人して、しばし感慨にふける。
ちなみに『ロスコ』とは、化学薬品と機械で作るスモークのこと。『ピーカー』とは、スピーカーのことだ。

「……ん?」
芝居の空間をひとまず堪能し終わった俺は、さらに空間全体を見渡し、もう一つ奇妙な点に気付いた。てっきり教会の椅子をそのまま使うと思っていたのだが、違う。凹凸のないのっぺりとした闇の中、わずかに見える金属の光……パイプ椅子だ。艶やかな暖かみのある板張りの上、どことなく無機質なパイプ椅子が並んでいる様は、何だか不気味ささえあった。いい演出だと思う。そしてさらに椅子の上には、パンフやチラシの束の替わりに、なにやら顔の上半分を覆う白い仮面が置いてあった。セルロイド製かと思ったが、以外としっかりした作りだ。

話がそれるが、『チラシの束』について、ちょっと説明させて貰おう。
小さな劇団は、客の入りをよくするため、あるいは新たな仲間を募るため、チラシをよく配る。一番一般的なのは、劇団同士の横の連帯を使い、よその公演パンフに、自分の所のチラシを配って貰うのだ。つもり積もるその量は半端でなく、小劇場演劇鑑賞時一番の荷物になると言っても過言じゃない。もっとも、その中から新しく面白そうな劇団を見つけて足を運ぶのも、楽しみの一つなわけだが。だから、それがないって事は珍しいんだ。閑話休題。

「観客参加型か……」感心したようにつぶやくウッチーの横、俺はすっかり嬉しくなって、早速その仮面を被っていた。

安っぽいパイプ椅子が、ぎしりとたわむ。自然と居住まいが正される。
仮面越しに携帯電話の電源が切れていることを確認し、時計を見る。開演まであと十分ほど。次第に、正面の舞台以外……隣のウッチーさえも……見えなくなっていく視界。研ぎ澄まされる聴覚。さあ、いよいよ始まりだ……!

◆ ◆ ◆

「静、準備はいいか?」
『レポサド』の奥、傭兵達の待機所。眼鏡からコンタクトレンズに替えた優人が、かたわらの静を見遣る。
「オッケー!」
点検の済んだ消音機付きの銃を右手に回しながら答える静。二人とも、目つきが先ほどとは別人のように研ぎ澄まされている。戦地に赴く傭兵の顔であった。
「よし、じゃあ行こう!」
二人は、控え室の奥……下水通路に続く扉をくぐった。



「優人、目的地は何番だっけ?」
「13番。もうすぐ着くぞ」
二人の言う番号は、下水通路出口のそれである。傭兵達が人知れず移動するために、極秘裏に整備された地下の通路。マンホールに通じるところには採番がなされており、所々に地図もある。二人が目指すのは、この地区の13番……ということだ。

「ここだ」
上に伸びるはしごのそば、小さく記された『13』のプレートを見て、優人が言う。
「……いくぞ」
「うん」
今以上に心身を引き締め、二人ははしごを登っていった。

鉄の蓋をかすかに持ち上げ、優人がのぞいた景色は、薄汚れた路地裏。
あたりに人がいない事を確かめて、彼はゆっくりと蓋を持ち上げていった。
「あれか……」
13番出口からいくらも歩かないところに、問題の教会はあった。それは、この上なく怪しく……また、許せなく、優人の目に写った。
「………………」
後ろの静をちらりと見る。視線に気付いた口から、「……あんな教会、あっちゃだめだよ……!」という怨嗟の声がもれた。
無言のうなずきの裏に思いを同じくして、二人は教会入り口へと向かった。
「綾女さん……お願いします……」
入り口近くまで来て、優人は静の隣の空間に向かって呟いた。すると……
『漂う水よ 光を遊び この者達を包め……』
透き通る、だが抑揚のない声がかすかに聞こえ、二人の姿が……消えた。

通りの人間に気取られないよう、最小限に扉を開け、中へ滑り込む。
「しまった……!」
優人は、理由を探る前に直感をして舌打ちをした。
中は、まったくの闇。演劇をするときのそれでなく、異様な、底知れぬ、他を喰らうような闇だった。
『これはお三方……ようこそ、当コレクション・ハウスへ……』
その闇が口をきいた。いや、そこには、人型をしたより一層濃い闇が浮かんでいた。
「うまい具合に、はめられたってわけ? アタシ達……」
わずかな冷や汗を額に滲ませながら、闇に問う静。答える声。
『はめたとは人聞きが悪うございますね。しかるべき場所へお招きした……ということですよ。上原静嬢』
「アタシも有名人になったモンね……」
闇に浸食されそうな心を奮い立たせるように返す静。その側から別の女の声がした。
「どけ……」
黒髪をなびかせ、その細身には明らかに似つかわないバスターソードで、眼前にある人型の闇を薙ぐ女性。しかし、手応えらしき物はない。
『おやおや……森川綾女嬢、お忘れですか? ここは既に常世ですよ? ここでは、貴女の持つ“現世(うつしよ)裂き”は、ただの剣より劣るのですよ?』

慇懃な、だが余裕たっぷりの声で答える闇。その声を聞いてか聞かずか、綾女はなおもその剣を闇に打ち込む。
『何度やっても同じ事です。記憶がないと、そんなことも覚えられませんか?』
「チッ……」
振るい疲れたか、綾女は剣を収めざるを得なかった。
『そうです。そうやって、おとなしくしていることです。常世が、現世の物を喰らい尽くすには、さほどの時間は掛かりません。そこの蘭宮優人殿のように、あがかず、状況を受け入れることです……』
勝ち誇ったように言う闇。その通り、優人は先刻から、全く抵抗をせず、じっとたたずんでいた。やがて、静かに口を開く。
「そうですね。確かに、抵抗をするほどのことではありません……」
『噂通り、聡明な方だ。貴方の持つ銘刀“狂(ふ)れ桜”は、“現世裂き”以上に、用を成しませんからね……』
「……僕たちの名前をご存じの割には、抜けているところが多いですね……それも、一番大事なところが……」
『何ですって……? お言葉ですが、それはどういう……』
かんに障ったような闇の声が、その語尾を引きつらせる。
『そっ……それは……!』
「そうです。名前をご存じなら、名字の読み方も、少しひねっていただけると嬉しかったんですけどね……」
己の背負う剣を抜く優人。光のない闇の中、それは確かに輝きを放った。
『それは……“常世渡り”!!』
「お分かりですね? 『蘭宮』の、別の読み方は……」
絶対の余裕を持って微笑む優人に、闇は一瞬にして冷静さを失う。
『そうか……らんぐう……ラング! “古の次元の覇者”ラングの末裔か……!!』
「そういうこと……です……!」

ぐぁんっ!!

『がああ……っ!』
“常世渡り”の一薙ぎ。人型の闇は、一瞬のうめきとともにかき消えた。
「……小粒にも程があるな……」
刹那にも満たぬ間に浮かんだ、どの闇よりも冷たい優人の微笑み。静は、自分たちをこの常世に招いた人型を呪った。どうしてこんな、『互いの顔だけが見える闇』にしたのか、と。
「さあ二人とも、ここから出ますよ。早くしないと、お芝居を見ている人達が、常世に取り込まれてしまいます! さあ、僕につかまって!」
しかし、次の刹那には、優しげな笑みを浮かべた優人がいた。ただ静には、……決してそうではないと分かっていても……それが何だか仮面のように思えて、うつむき、口をつぐんだまま、彼の腕をつかんだ。
「…………」
長い黒髪の奥、冷たい顔しかできない綾女も、今ばかりは別の冷たさ…いつまで経っても慣れることのないおののきのような色を混じらせ、静とは反対側の腕にすがった。
『準備は良いな? 現世に出るぞ』
“常世渡り”の声。それを青眼に構え直し、うなずきとともに優人は唱えた。

「閉じよ!」

つづく

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