それから数日後。その日のことなんかすっかり忘れて、僕はまた、いつもの喫茶店の前にいた。ただし、時間は夜。同じ喫茶店に2回以上行くのも、僕には珍しくない。
「一日の終わりのコーヒーも、また良きかなってね……よいしょっと」ばふっ「……え?」
どんなビデオデッキよりも速く、記憶が巻き戻される。この妙な音と感触は、そうあるモンじゃない。
急かされるように後ろを振り向く。
やっぱり! あの女性だ!
……しかしちょっと待て。様子が変だ。
直立不動のまま、硬直している。
心なしか目が潤み、肩を震わせている。
まずいな……泣くほど強く蹴ったかな?
僕は急に不安になって、その女性に声を掛けようとした。
「あ……あの……大丈夫……」
僕がそう言い終わる前に、
「はあぁっ……」
「わっ!? ちょ……ちょっと!」
その女性は、全身の空気が抜けるような声を上げて、へたり……と崩れ落ちてしまった。その時、「サァァァ……」という、何かの流れる音が、雑踏に紛れて聞こえた気がした。
「まずいな……どうするよ……」
へたりこんでいる女性のそばにたたずみ、僕は困り果てていた。道行く人が、好奇の視線を投げかけ始めている。まずい。非常にまずい。
『問題:自分の置かれている状況を考え、適切な処置を考えよ。』
駅に運ぶか? いや、今は帰宅のラッシュアワーだ。乗客ならともかく、幾ら具合が悪そうとはいえ、そうでない人を運べない。
病院に運ぶしかないのかなぁ……僕、金無いぞ……いやそういう問題じゃなくて……
「うーーん……あっ! そうだ!」
僕は、自分が今どこにいるのかを忘れかけていた。ここはいつもの喫茶店、奥にソファーの席がある。店のマスターに頼んで、そこでしばらく様子を見よう。
「マスター! ちょっと、奥の席、貸してくれないかな?」
僕は、さっき出てきたばかりの店の扉を開け、声を張り上げた。
「ん? 飲み足りないのか……あん? どうした、その女の子は?」
ちょっと驚いた顔をして、髭面のマスターが応える。僕は、簡単に事情を説明する僕に、マスターは、快く頼みを聞いてくれた。
……そして僕は、ひとまず女性を負ぶって、店の中へ入っていった。