Happy^2 Birthday My (S)We(e)t Angel! 2 過ごしてきた時間

光かがやく天使のしずく
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「……ぅ……」
紙の挟めるぐらいに細く、まぶたが持ちあがる。さしてかわりばえのしない天井と、蛍光灯が、ぼんやりと見える。別に、毎日の変化を部屋の内装に求めたりはしないが。
「…………」
頭が重い。起きなければ、と言う意識が、なかなか全身に伝わらない。「起きよう」と思えば思うほど、その命令が電気信号になってピリピリと手足をめぐり、結局散ってしまうのが、なんとなく分かる気がした。
「……ぐぉっ……」
再度、起きようと意識を奮い立たせる。だが、またも意識は空回りする。腰の辺りを中心に、身体が、砂の詰まった袋みたいだ。
俺に霊感なんて物はないが、金縛りってのは、案外こんな状態の事を言うのかも知れない。疲れきっている体と、起きなきゃいけないと思う意識の責めぎあいだ。疲れた体……そういえば、その元凶君はどうした……?
「ぐぅぅ……かぁぁ……ふぅぅ……」
首だけを隣にやると……ゆーきの奴、のんきに寝てやがる。でも待てよ? こいつが俺を起こさないって事は……まだ早いのか? 身体をねじって、枕もとの時計を見る。……やっぱりそうだ。もう起きなきゃいけない時間だ。会社づとめをしていると、どんなに疲れていても、決まった時間に目がさめるようになってしまう。どっか悪いんじゃないかと思った事もあるが、今のところ、自覚症状はない。無いのが怖いという話もあるが、週末には十分寝て、帳尻をあわせているつもりだしな。
「うぅーん……らめらよ……そんなとこぉ……ん……もっとぉ……」
ふと聞こえたゆーきの寝言。昨晩の事がよみがえる。
……結構激しくやっちゃったよなあ……。いつもは寝覚めの飛びきりいいこいつも、さすがに疲れてるんだろう。無理に起こすのもかわいそうな気がする。一人で支度して、出る前に起こしてやるか。
俺は、「せーのっ!」と小さくつぶやいて、起きようと言う意識を爆発させた。布団から起き出せば、後はおのずと身体のエンジンが回り出す。
「あっ……と……」
だが、さすがにそれだけで疲れは抜けない。立ちくらみを起こしてしまう。ぐるりぐるりと回る視界の片隅に、目覚し時計の日付があった。
「ん?」
そこで俺は、一つ、おかしな事に気づいた。日付を示す液晶の横、曜日表示は……S・A・T……? ひょっとして……?
「はあぁっ……」
再び、布団の上に崩れ落ちる俺。目覚し時計を抱え込んで、もう一度確かめる。……やっぱりそうだ……。
今日は土曜日。会社は休みだ……。起こさなくていい事がわかってるから、ゆーきもぐっすり寝てるんだ……。俺は、まったく無駄な戦いを延々やってしまった事に、いまさらながら後悔し、改めて布団にもぐりこんだ。
「ここのところ、曜日感覚が麻痺してるなあとは思っていたが、これほどとは……ちょっと、情けないな……」
自分自身への照れ隠しに、俺は、枕にうずめた顔から、ぼそり、とひとりごちた。
「ふう……」
まぶたを閉じて、もう一度寝ようとする。だが、身体に巡りだした血は、なかなか収まってくれない。かといって、起き出してあれこれする気もふるわない……。中途半端な気分のまま、ぼんやりと、ゆーき共々、布団に包まっていることにした。

「さて……今日は何をしようかな……」
目覚まし時計を見つめながら、またつぶやく。
季節は夏。朝とは言え、窓から差し込む太陽は、既に強烈だ。「暑いな……」と思った所へ、タイマーをセットしているクーラーが、かすかなうなりを上げて回り出す。
「ふうー……ん……」
クーラーの冷気を感じたのか、もぞもぞと俺の方に転がってくるゆーき。
そういえば、コイツは夏が好き、って言ってたよな。今の時期は、輪をかけて元気だ。去年の夏は、コイツと海に行った。……海でも、いろいろあったけどな。
「……去年?」
そこで俺は、はたと気付いた。そうだ。海に行ったのは、去年の夏。一年前だ。こいつと出会ったのが、その年の春だったから……
「なんてこった……」
俺は、特大の苦虫を、時間を掛けてゆっくりと噛みつぶした。
ゆーきと出会って一年。ゆーきが人間になって一年。それなのに、俺はお祝いの一つもしてやっていない。なんてこった……俺はなんて大馬鹿野郎なんだ! 普段、どれだけコイツに助けられているか……それなのに……。まったく、情けなくて泣けてくるぜ。
「……ふあ……じゅーんいーち……しゃーん……」
「ごめんな、ホントにごめんな……ゆーきぃ……」
寝ぼけて再び俺にすり寄ってきたゆーきの額に、俺は、お詫びの心をいっぱいに乗せた口づけをした。
「さて、どうするかだな……」
俺は考えた。コイツを祝うのには、どんな方法……あるいは、物が良いだろう? どうせなら、驚かしてやりたい。
改めて、ゆーきの寝顔を見、くっついている身体の感触を確認する。ぷにぷにと柔らかくて、何とも言えない気持ちよさがある。なんでこんなに女の子の身体って柔らかいんだろう……と、学生のようなことを考えながら、思い当たった。ゆーきの体型だ。あいかわらず、ちんまりとしたその身体は、パッと見、男の子みたいだ。一人称もずっと『ボク』だしな。でも、抱くとよく分かるが……最近は、全体的に、だいぶふっくらとしてきてるようだ。太ったとかそう言う意味じゃなくて、小柄でやせ形ではあるが、より女らしくなってきたってことだ。そういえば、いつだったか「最近、ジーパンのお尻がきついんだ」って言ってたな。ってことは、胸や尻なんかも、ちょっとずつ大きくなってきてるってことだ。
……服。コイツの着てる服。やっぱり、男女兼用っぽい、地味なデザインの物が多い。今まで、『女の子らしい服』って、買ってやったことがない……。
「……決まりだな」
目的地と、計画は決まった。これで一安心……と気を抜いた瞬間、忘れていたはずの眠気が襲ってきた。
「楽しみにしてろよ、ゆーき……」
俺は、ゆーきの頬をごく優しく撫でながら、ゆっくりとまぶたを閉じていった……。

何時間ぐらい眠っただろう? やっぱり二度寝は気持ちいいな……と、はっきりしだした意識を、頭から目にゆきわたらせた瞬間……
「ぅわっ?!」
すぐ目の前に見えたものに、心臓が一瞬縮み上がり、呼気といっしょくたになった驚きの声が上がる。
「おはよ、潤一さん」
そこには、同じ目線の高さで俺をのぞきこむ、ゆーきの目があった。
「……朝っぱらから、おどかすなよ……」
「へへへ……ゴメンゴメン。潤一さんの寝顔見てるのが、面白くてさ」
「なんだそりゃ……そんな事するやつは、こうだ!」
「わぷっ!」
俺は、ゆーきを思いきり抱き寄せて、頭をぐりぐりと思いきり撫でた。
「やーんっ! ……もぉっ……セットし直しだよぉ……」
ぷう、と頬を膨らませるゆーき。髪のセット、か。そういえば、最初は俺がしてやってたよな。そのあたり、全く無頓着だったんだから。身体だけじゃなくて、しぐさなんかも結構変わってきた証拠だ。
「おどかすお前が悪い!」
「ぶー……だって、気になるじゃないかぁ……あんな寝言言ってたら……」
笑いながら言う俺に、ゆーきは、口をとがらせる。
「寝言?」
「……ボクのこと、呼んでた……。それに、なんか謝ってたよ。『ゆーき、ゴメンな』って……」
「そりゃ……」
かなり恥ずかしいな。そんな夢、見てたんだろうか?
「ボク、何にも怒ってないよ? どうしたの?」
「……いや、なんでもないさ」
「ホントに?」
「ああ」
「ホントのホント?」
「ホントのホント、だ。さあ、俺は起きるぞ! 腹が減ったな。メシ喰うか!」
「あっ……うん!」

詳しい理由を突っ込まれる前に、俺は、がばりと起き上がって、夢の話を終わりにした。

二度寝のせいか、時間はもう昼前だ。トーストと目玉焼きという朝の定番メニューに、ハムサラダを一品加えたブランチを、二人でつつく。
「あー……野菜がうまい……」
疲れたところには、新鮮な野菜がうまい。昨日は、さすがにハッスルしすぎたかもな。
「潤一さん、疲れ、取れた?」
と、そこへ、俺の考えを読んだようなゆーきの問い。俺は、ちょっと意地悪に笑いながら言った。
「お前は?」
「でへへ……実は、ちょっとボーッとしてるかな」
「なら、俺もそうだ」
「あははっ! おあいこ、おあいこ!」
疲れた二人の食欲はおう盛だ。残すつもりで、ボウルいっぱいに作ったサラダも、なんだかんだでなくなってしまった。冷蔵庫にしばらく寝かせて、ドレッシングのよくしみたやつを、晩のツマミにする予定だったが、まあいいだろう。

「ごちそーさまでした!」
「よし、ごっそさん!」
食事を終え、後かたづけをゆーきに任せて、俺は、おもむろに、出かける支度を始めた。
「あれ? 潤一さん、今日どっか行くの?」
嬉しそうなゆーきの声がする。だが、今日はその希望に答えてやることはできない。
「ああ。個人的な用事があってな。ちょっと出かけてくる」
「へ? 潤一さん、一人で出かけるの?」
「別に、初めてじゃないだろ?」
「んー……そうだけど……つまんないなぁ……。いつ帰るの?」
「晩飯までには帰る。おとなしく待ってろよ」
「うん……」
しゅん……と沈み込むゆーき。確かに、俺が一人で出かけるのは、初めてじゃない。大学時代の同級生達と飲みに行ったりするしな。だが、コイツの寂しそうな顔を見るのは、やっぱりちょっと心が痛む。
「じゃあ、行って来るぜ、ゆーき」
「あっ……ん……」
出かける前のキスをした俺を、ゆーきは、視点の定まらない目で見る。
「ん? どうした?」
「えっと……いつも……おでこなのに……」
「おでこにも欲しいか?」
「えっ……?」
俺は、唇に続いて、額、頬、そして再び唇へ、少し長めのキスをした。頭と背中を、少し撫でながら。
「じゃ、な」
「ん……いってらっしゃぁい……」
ぽーっ……と顔を赤らめたゆーきに送られ、俺は家を出た。

つづく

 

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