ぶわっ 3 トレンチコートのある風景

SF(少し・不条理)
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別に、『あの距離をどうして一瞬で?!』なんて物じゃない。話が前後するけど、僕の座っている席は、壁沿いに据え付けられた、一脚の長いソファー。その前に、五〇センチ四方ほどの二人掛け用のテーブルが、これまた五〇センチ間隔ほどで並び、それぞれに椅子がある。彼女が座っていたのは、僕のすぐ隣だから、間の距離はせいぜい一メートル。さっき僕が目を閉じて瞑想みたいなことをやってる間に、十分動ける間合いだ。不思議でも何でもない。…にしたって、いきなりだ。一体何だって言うんだ?!

額に、引いていた冷や汗が蘇る。僕は、完全なストップ・モーションで、目前の彼女を見つめていた。いや、見つめざるをえなかった。
「あ…あの…」
うろたえまくる僕の顔がおかしいのか、何なのか、彼女は肘を立てて指を平らに組み、そこにあごを乗せて、ニコニコと微笑んでいる。妖艶な雰囲気に似つかわしくない、可愛らしい仕草だった。が、その時の僕はそんなことに気がつくはずもなく、ただひたすら硬直していた。そう、それこそ、メデューサに魅入られて、石になってしまった戦士のように。
「………………」
「ふふふ…」
乾いた口をぱくぱくさせる僕。目の前のコップに手を伸ばしたくとも、体がこわばって言うことを聞いてくれない。そのまま、再び、あのいかんともしがたい間が流れた。今度は、間を壊してくれる者も、逃げ場も、ない。
彼女は、なおも僕を、妙に潤んだ目で見つめている。なんだか、こわばりながらも、どきりとする目だ。まさか僕に一目惚れした、なんて言うんじゃないだろうな?! って、何を都合のいいことを考えてるんだ、僕は。いや、そんな脈絡のない思考が浮かぶほど、僕は混乱していたのかも知れない。
とにかく、この状況を何とかしないと! そう思った僕が、体中の意識を口に集中させて、「あ…あの…何か?」と言う自身の言葉で間を壊そうとしたときだ。
彼女が、やおらすっくと立ち上がった。
…良かった! 今度こそ帰るんだな、きっと僕をちょっとからかっただけなんだ。…からかわれたことはなんだかシャクに障るけど、まぁいいや…そう思った。
しかし、彼女は自分の席に戻って伝票を取り、レジへ向かうことはなかった。彼女は、僕の目の前にある食器類を片づけ始めたのだ。コーヒーカップとソーサー、ケーキ皿、おしぼり、灰皿、テーブル備え付けのシュガーポット…それらを全て、隣のテーブル、つまり、さっき彼女が座っていたテーブルに全部移す。やがて、僕の前には、まっさらな状態の、小さなテーブルだけが残った。
「………???」
隣にかわされた食器類と、何もなくなったテーブルとを交互に目だけで見ながら、僕はますます混乱していた。一体全体、何をしようってんだ?!
「うふふ…」
再び、彼女と目があってしまった時、そんな微笑みと共にその唇が、一際妖しく、ぬらりと輝いたように見えた。

そして、彼女はおもむろに、コートのベルトとボタンを外し始めた。しゅるり…ぷち…ぷち…コートの素材が良いんだろう、生地がふれあう音さえ上品に聞こえる。やがて、前を留める物が全て外された、その、次の瞬間…

『ぶわっ!!』

「うわっ!?」何かがはためくような音がして、顔に風を感じた次の瞬間、僕は眩しさに目を細めていた。いや、光の眩しさじゃない。それは…
「うわ、うわ、うわわわわ…………!?!?」
目の前には、真っ白な裸身があった。そう、彼女はコートの下に、何も纏っていなかったのだ!
「あわ、あわ、あわわわわ…?!!」
目の前の出来事は、完全に僕の理解を超えている。いや、僕でなくても、理解はできないだろう。白昼の喫茶店の中で、露出狂…しかも俗に『フラッシャー』と呼ばれる人…しかも、女に会うなんて!!
…それでも、哀しきは男の性。その裸身をまじまじと見てしまう。
首の下、ほんのり自己主張する鎖骨から、流れる肩、胸は…まさにたわわに実り、軽くDはあるだろう。淡いピンクで幾分こぶりな乳首は、やはり僕に見られて興奮しているのか、ツンと立っている。その胸から体のラインは、腰の辺りでキュッとくびれ、再び、お尻にかけて、豊満な曲線を描いている。そしてもちろん、下腹部と、むちりとした内腿の交差するY字には、はっきりと判る、黒々とした茂み…。
完璧と言っていいと思う。そんなプロポーションだ。ただ一点、今のこの状況だけが、その完璧に似つかわしくない。僕は、男の性と理性の狭間で揺れ動き、結果として、更に彼女の裸身を見続けることになってしまった。
「あはっ…」
彼女は、己の体を見ている僕の視線に陶酔しているのか、うっとりとした笑みを浮かべ…
(しゅるっ…)
と、肩を後ろに反らすような姿勢をとり、コートを自分の背後に落とした。いよいよ、彼女の身を包む物は何もなくなり、さらにまばゆい肌の光が、僕の目玉を何度も貫いた。なおも彼女は動きを止めない。今度は、さっき片づけて何もなくなっているテーブルにまたがり、そして…
「はぁぁ…んっ…んふぁっ…」
なんと、アソコをテーブルにこすりつけ、その…一人えっち、オナニーを始めた。
ガタガタとテーブルが揺れ、甘い声が頭上から聞こえ、くちゃくちゃという音と、生臭いような甘いような臭いがすぐ目の前から漂う。しかし、僕はやはり、身動き一つ取れなかった。
「んふっ…くっ…あ…んんっ…」
一方の彼女は、左手で自分の乗るテーブルを支えながら、余った方の手で、その大きな胸を揉みしだき、己の乳首を吸い、さらに興奮を高めているようだった。僕の目の前には、別の生き物のようにガクガクとグラインドする腰があり、その下には、もぞもぞと粘液を吐きながら動き回る貝のようなアソコがあった。ただ、貝と言うには、それが分泌する粘液は、移動のためにはあまりに多すぎ、そして、濃厚すぎた。
(ぐちゃ…ぐち…ぬちゃ…)
はっきりと粘ついた音が聞こえる。静かな雰囲気とは言え、中のざわめき、外の喧噪にも、そのいやらしい音は消えない。…喧噪? そうだ! ここは喫茶店なんだ! こんな痴態を、やっていい道理はない! どうしてみんな黙ってるんだ?! 僕は、再び全神経を目に集中し、彼女以外を見た。

僕は自分の目を疑った。どういうことだ?! 確かに、たくさんの人が座っている。ウェイターも、ウェイトレスもいる。だが、誰も気にとめていない。まさか、僕たちの姿が見えてないのか? そう思ったが、違う。みんな僕の方を見ている。彼女の痴態も見ている。なのに、みんな、それがさも日常の風景の一部であるかのように、それが当然であるかのように、何の反応も示していない。何なんだ一体?!

「んんんっ! ダメよ! ちゃんと…ちゃんと見るのぉ…! みてぇ…!!」
頭上から声がする。そう言えば初めて聞く、彼女のはっきりとした声だ。興奮している女性特有の、うわずった、荒い声。咆吼のように絞り出されるその声に、ちろり…と視線を見遣ってしまった僕は、再び、その痴態の虜になってしまった。
「くふぁ…んんうっ…いっ…あっ…」
既に僕の思考は、機能を停止しているに等しかった。ただ、視覚と嗅覚だけは、彼女の姿を映し、嗅覚は、その濃厚な臭いを嗅ぎ、男の本能としてだけで、僕のナニをガチガチにさせていた。
「イクの…イクのぉ…イかせて…ねぇぇ…ん…」
彼女は、テーブルを支えていた手で、その上に乗っていた僕の右手を取り…
「ココ! ココ! ここイイから! んんんんっっ!!!」
モゾモゾドロドロと蠢く茂みへ導き、テーブルと体の隙間に挟まれていた、小さな突起物を触らせた。人形のように表情の無くなった僕の顔の裏、ぬめり、ぷるり…とした感覚が、電流のように走る。そして…

「くひっ! いいっ! それイイ! イク! イク! 出ル! 出チャウ! イク! デル! イク! デル! イク! デル! ああっ! でるぅぅぅぁぁーーーっ!!!」
一際高い声を上げたかと思うと、
(じゅばばばば…)
熱い奔流がテーブルを濡らし、一際濃厚なアンモニアの臭いが立ちこめる。テーブルに収まりきるはずのない流れが、滝のように滴り、僕のズボンを濡らした。
「………………」
僕は、その光景を、まるで天井あたりから見るような気持ちで認識し、やがて…
(ぶつり…がくん)
眼前の光景のあまりの重さに意識のタガが耐えかねたのか、それとも自衛の為なのか、僕の中の何かが音を立ててはじけ、僕は、テーブルの上、オシッコの海の中へ顔を突っ伏せ、気を失ってしまった。

 

つづく

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