なんでもない、けれど少しすてきな夜~『聖炎天使エレアノール(SAGA PLANETS)』より、エンディング後のワンシーン。

自己二次創作
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エレアノール……ランの力で、ネオンがきちんとした人間になってから、しばらくが経ちました。

二人の出会いからしてそうですが、色々な戦いがありました。望まない哀しいこともあったりしましたが、全てに終止符が打たれ、ネオンとランは『普通の恋人』として、それまでの時間を取り戻すかのように、楽しくて幸せで、ついでに少し(?)えっちな甘い日々を送っていました。

これは、そんな日常の、ある夜のささやかなお話です。

「困ったな……」
その夜。ネオンは、変に眠れないでいました。
別に部屋の空気が悪いとか、身体も心もおかしなところはないはずなのですが、どうしても眠れないので、結構真剣に困っていました。無意味に徹夜をすると後々に響くのは、なんとなくネオンも分かっているからです。
「うーむ……」
何回寝返りを打ったでしょうか。いっこうに眠気は襲ってきません。時計を見ると、もう真夜中でした。なんだか焦りにも似た気持ちが出始めて、よけいに目が冴えてくるのでいっそう困るのでした。
「…………」
ふと、ネオンはぴたりと身動きを止めてむっくりと起き上がりました。のそのそとベッドから出ると、そのまま静かに部屋のドアを開けて外へ出ます。

――他の部屋のみんなはすっかり寝静まっていますから、静かに廊下を歩いて、彼が目指すのは、ランの部屋でした。ネオン自身、どうして今、自分が彼女の部屋に行くのか? よく分かっていませんでした。夜ばいをかけようとかいう気持ちは全くありません。たまにはありますけれども。

ともあれ、目的であるランの部屋近くまで来ると、きい、とドアが内側からこっそり開いて、本人がひょっこり顔を出しました。ランも、ネオンに気づいて目を少し見開きます。
「あれ? ネオンさん??」
「よ、よう、ラン……」
思わぬところでバッタリ出会ってしまって、そろってどきりとする二人でした。いいえ、なぜか今晩はネオンの方が変にうろたえていました。その理由も、彼には分かりません。
「ネオンさん、どうかしました?」
「あ、いや、その、えぇっと……」
ネオンは必死で恋人の素朴な問いに答えようとしたのですが……おかしなことに、考えれば考えるほど、頭がぐるぐるするのでした。
「あの……もしかして、眠れなかったりとか……ですか?」
「ん、ああ。そんなところ、かな。あ、いやっ! だからってその、なんだ、お前の寝顔が見てみたいなとか……あ、あれ? 悪い……」
『ランの寝顔を見ていたかった』
これがネオンの本心なのですが、いざ口に出すと、あまりに単純すぎて妙に気恥ずかしいのでした。一人慌てるネオンに、ランは静かに、でもちょっぴり照れて言いました。
「わたしも同じでした、とか言ったらダメですか?」
「え――?」
ぴたっと動きを止めて、ネオンはランの顔を覗き込みました。
明かりの落ちた薄闇の中でも、その純粋な瞳が彼の心に響きます。
「そ、そうか……。じゃ、じゃあ……」
「いっしょに……寝ません?」
「ら、ランさえよけりゃ……」
「だから、わたしもな~んか今晩は眠れなくって。ちょうどネオンさんの所に行こうかなぁって思ってましたから」
そう言ってえへへと微笑まれて、それでも突っぱねられるほどネオンはひねくれていません。結局、彼の部屋に二人で戻ることにしました。

言葉少なに、いえ、この二人の場合よけいな言葉はいらないので、静かに揃ってベッドに入ります。
「…………」
お互いの顔が、吐息を感じられるほどすぐ近くにあります。でも、二人は見つめ合ったまま無言でした。
普通なら、ネオンはランとこうしているだけで、いけない気持ちになることが多いのです。一方のランも、いっぱいドキドキして、いろんな所がそれはもう恥ずかしいことになってしまうのですが、今晩は、なぜか違っていました。お互いが不思議に思うほどに。
「ラン……」
「……はい?」
ランは、呼びかけるネオンの声を聞いて、無性に胸が締め付けられました。ランは自他共に認めるおバカな子ですが、決して鈍感というわけではないのです。その『女の子の勘』が、彼の声に潜む寂しさを、ひしひしと感じさせました。ですから、次の瞬間にネオンが自分の手を……どこか細かく震える手で取っても驚きませんでした。
「すまん、意味は……ないんだ」
ネオンが、ランの白い手を自分の胸に当てます。
どくん、どくん、どくん……と、確かな心臓の鼓動がランに伝わります。
「ネオンさん……」
その鼓動を感じて、ランはものすごく……ほんとうに理由が分からないのですが……嬉しくなりました。同じく、恋人の手をそっと取って、自分のふくよかな胸にふわりと押し当てます。
「ラン……?」
「……くす……聞こえますか?」
「あ、ああ……」
ネオンも、自分の手のひら越しにランの鼓動を感じていました。
とくん、とくん、とくん……と、規則正しい穏やかなリズムが、柔らかな肌から響いてきます。

じっと、そのまま。
互いの鼓動を。
命の証を。
手のひらで感じあって。
見つめることさえいらなくなって。
けれど確かに二人きりで。
とても……あたたかな心地でした。

「なあ、ラン。暑苦しかったら、言ってくれ」
「――はい」
やがて、どちらからともなくふんわりと抱き合いました。
これもまったく珍しいことでした。いつもなら、この流れで思い切り、全身で愛を確かめ合うのですが、二人とも、ちっともそんな気持ちになりませんでした。ネオンの胸に顔を埋めていたランが、ひょいと彼を覗き込んで言います。
「あの、ネオンさん? もし……気が変わっちゃったりしたら……わたし……いい、ですよ?」
じいっと真っ直ぐに見つめて、すごく真面目にランは言ったのですが、ネオンは静かに首を横に振りました。
「いや、いい。気持ちだけ受け取っておくさ。ありがとな、ラン」
「あ――」
さらさらと優しく髪を撫でられて、ランはそれだけでものすごく嬉しくて、たくさんドキドキしました。でも、身体が恥ずかしいことにはなりませんでした。
「なんだか、ものすごくあったかいですね……」
「そう、だな……」
ほうっと熱い息を、二人してつきます。あったかいのはもちろんお互いの肌のぬくもりであり、吐息であり、それ以上に……どうしても言葉に表せない、心の奥が『あったかい』のでした。何にも代えがたいほど。
「抱き枕みたいな扱いで、悪いな。ラン」
「いえ、わたしこそ」
少し、くすくすと笑い合う二人でした。
きゅっと、お互いの腕に力がこもります。でも、めいっぱいの力はいりません。
お互いが真綿になって絡み合うように、ふんわりと。けれどしっかりと抱き合い続けます。しばらく無言の間が流れ……ネオンは、長い溜息をつきながら言いました。
「……はあっ……、不思議だよ。さっきまであんなに目が冴えてたのに、ランが側にいてくれたら……それだけで……――」
「それだけで、なんですか? ……って、あれ?」
気が付くと、ネオンはランを抱きしめながら、すうすうと寝息を立てていました。
「ネオン、さん……」
大好きな、大好きな大好きな恋人の心底穏やかな寝顔を見て……ランは、たまらない幸せを感じていました。それこそ、『嬉しい』という言葉を百回、千回、一万回並べたところで足りないほどに。
そんなときめきを感じていると、ネオンの閉じられたまぶたから……涙が一筋、すうっと伝いました。
「あっ……?」
突然のことにランは少し驚きました。何か嫌な夢を見ているのかな、と思ったのですが……それは勘違い、いえむしろ逆でした。
眠る彼の顔は、変わらずとても穏やかです。それどころか、なんだか微笑んでいるようにも見えました。その笑顔に、またランの胸はきゅうっと強くときめきました。
「んっ……」
そしてランはそっと唇を寄せて、ネオンの涙を優しいキスで拭いました。ほんのりしょっぱい味が口の中に広がります。
その雫をこくんと飲み込んで、ランは心の底から思いました。

『わたし、この人を好きになってよかった。ほんとうによかった』

……と。
じわあっと胸から熱くこみ上げて身体中を駆けめぐる想いがあって、彼女も気づくとぽろっともらい泣きしていました。

やがて、ランもネオンの胸の中で、安らかな眠りに就きました。
想い人の、胸のゆりかご。
あたたかく、柔らかく。
小さくて、けれど無限に広い抱擁があって。
深い、深い眠りへ。
安らかに、ただ安らかに。
あどけないまでに、安らかなる夢の中へ。
二人で、魂の手をしっかりつないで、どこまでも……。



 ……心ゆくまで熟睡した二人でしたが、あんまり深く眠り過ぎたせいで、次の日の朝は仲良く寝坊してしまい、揃って大慌てしたのは、ささやかなる余談です。

――おしまい。

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