世間では、どうやら、私のことを小説家と呼ぶらしい。こんな風に言うのは、当の私自身に、まるで自覚がないからだ。いくつかの偶然が重なり合って、私は今、ショート・ショートの締め切りを、編集者からせっつかれているのだ。しかし、目の前には純白の原稿用紙があるばかり。締め切りは明日。ネタは、浮かびそうになかった。
小説の神様は気まぐれだ。欲しいときにはだんまりで、にっちもさっちもいかなくなってから、気の利いたネタをくれたりする。
でも「待てよ」と思う。じゃあ、優れた物書きの諸先輩方は、どうしてああも書けるのだろう?
考えて気づいた。蓄積の問題だ。私が現状に無自覚で、常に激しい恐怖にさらされているのは、人に誇れる蓄積がないからだ。勢いだけではいつか息切れする。地力が必要なのだ。
そこで不意に、私の脳裏に力士が浮かんだ。地力=蓄積=けいこの少ない力士は弱い。『地力をつけろ』親方が弟子によく言う文句だ。
ということは、『物書き≒力士』なんだろうか? そんな訳はないだろうが、『土俵の上にみかん箱を置いて、黙々と原稿用紙を埋める力士二人』が頭に浮かび、私はとても嫌な気持ちにもなってしまった。
「そんな国技は、御免蒙(ごめんこうむる)……ってな……」
何をバカなことを考えているんだろう。逃避行動にもほどがある。
「おっと、そうだ……」
私は、テレビをつけた。本物の相撲が始まっている時間だったからだ。
ちょうど、横綱が花道を通って土俵入りするところだった。
「なっ……!?」
私は驚愕した。横綱を先導する二人……太刀持ちと露払いが、みかん箱を持っていたからだ!「そんなばかな!?」私は目をこすった。……そして、それが幻覚であることを確認した。念のために頬もつねってみたが、確かに見間違いだった。
きっと疲れているんだろう。私は、ヤケクソ半ばでもう寝ることにした。締め切りは、拝み倒して延ばしてもらおう。
「いや、待てよ……」
私は、名案を思いついた。
そうだ、このいきさつを作品にすればいいじゃないか、と。
おわり