聞こえる声 4

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4. 声なき声

 結局、泣きながら後始末をして、その後、わたしは本当に寝込んでしまった。何も考えたくなかった。ただ、自分を責めさいなむ声だけが、延々と響いていた。
『自分の中から本当に痛い言葉は出てこない。本当に自分に痛い言葉を吐くのは、他人だけだ。自己嫌悪は優しいものなのだ』……ふと、何かの本で読んだ、そんな言葉を思い出した。
わたしを責める他人……考えただけで、ぞっとする。
頭の中に、あのビデオのラストシーンが思い浮かぶ。
道の真ん中で、子供のようにおもらしをしてしまった女性。彼女を見る、大勢の人。カメラはその声を拾わなかったけれど、みんな、何を思って彼女を見ていたんだろう? 『かわいそうに』と同情してくれる人なんて、いるんだろうか? 『何事だ』といぶかしむ人が多いだろうか? 『変態女だ』と、性に結びつけて考える人は、どのぐらいいるんだろうか? あの後、彼女に手を差し伸べてくれる人はいたんだろうか? 彼女は、あの状態で……
「嫌だ……嫌……いやぁ………」
わたしは、がたがたと震えて、情けない声で泣いていた。
頭の中に、ビデオの中に自分が写っているイメージが湧き起こる。
ぞくぞくぞくっ……と、全身に鳥肌が立つ。
「うっ……ううぅっ……」
頭から被った布団の闇に、無数の目が現れたような気がした。
そして、わたしの知っている全ての人が、口々にわたしをののしる幻聴も。
「いやぁっ……見ないで……見ちゃ……やあぁっ…………ふぐ……うぅぅっ……!」
わたしは、完全に思考の止まった頭でずっと泣き続けた。



 泣きはらした目を次に開けたときには、朝だった。いつもセットしてある目覚まし時計が鳴るまで、まだ十分ほどある。でも、はっきりと目が開いた。覚めたと言うよりは、開いたのだ。そのまま、奇妙なほどにきびきびとした動きで、わたしは下の階へと降りた。
台所では、母さんが本当に心配そうな顔で「もう大丈夫なの?」と訊いてきたけど、わたしは短く、「うん。もう大丈夫」とだけ答え、てきぱきと学校へ行く支度を整えた。
いつも感じる感情……朝特有の倦怠感、今日ある授業への不安や不満、宿題のこと、テストのこと……それらが一切湧いてこない。いや、何も浮かんではこない。ある意味、とても澄んだ思考だった。

気がついたときは、学校に着いていた。
昨日の連絡事項や授業の話を、クラスメイトがあれこれ教えてくれる。
みんな、わたしが滅多に休まないから、本当に心配してくれているようだった。そんなとき、こんな事を聞こえよがしに言う男子があった。
「あいつ、今日はホームルームがあるから来たんだぜ、きっと」
女子が、わたしをかばって反論する。その時、かばわれているはずのわたしは、「ああ、そうだったなぁ」と、ぼんやり思っているだけだった。

そんな抜け殻のような状態で、授業の内容は頭に入るはずもない。
友達も、病み上がりだろうということで、必要以上に話しかけて来なかった。
そして、ホームルームの時間がやってきた。
「やれるか?」と訊ねる先生に、わたしは「はい、大丈夫です」と短く答えて、教壇へと上った。
「では、ホームルームを始めます」
いつもの、張り上げるものとは違う、静かな声。でもその声は、教室の隅々にまで、すうっ……っと響きわたった。一瞬のどよめき。そして……

クラス全員が、わたしを、見た。

「…………っ!!」
一クラス四十人。わたしを一人引いて、先生を一人足して……わたしを射る、合計八十の目、目、目、目、目…………。
「あ……ああ……あっ……」
鳥肌が立つ。歯の根が合わない。身体が震える。言葉が出ない。
数瞬が過ぎる。何も言わないわたしを、不思議そうに見る、八十の目、目、目、目、目……。
胸が締め付けられる。心臓が、口から飛び出しそうなほどに激しく脈打つ。
その脈動は、全身に行き渡る。頭に血が上る。景色が歪み始める。口々に、みんなが何かを言っているような気がする。
恐怖じゃない。緊張でもない。
それは……快感だった。
下腹部を中心に、爆発するように広がる熱。噴き出す汗。荒くなる息。半開きになった口からは、よだれがあふれそうになっていた。
そして……

どさり……

わたしは、その場に倒れてしまった。絶頂を迎えて……。

次に気がついたときは、わたしは、保健室のベッドに横たわっていた。どうやら誰かが運んでくれたらしい。
「あっ……」
ひんやりとした感触が、スカートの中から感じられた。ショーツだ。ぐしょぐしょに濡れたショーツが、べったりと張り付いて、ちょっと気持ち悪い。
でも、「誰かに見られたかな……」と想像してしまったとき、また、あの快感が自分の中で蘇るのが分かった。でも、場所が場所だけに、すんでの所で手を止めたけれど。
「はあっ……はああっ……」
くすぶり続ける衝動。おとついの『あれ』と同じだ。
わたしは、ぼうっとする頭で、『嬉しい』と思った。やっと全ての『原因』が分かった。自分の中の『真犯人』を突き止めたのだ。……でも、その犯人の名前、わたしをこんなにする欲望の名前は、言えない。わたしのなかには、まだ『それ』を犯人と信じたくない善良な身内……今までのわたしがいる。
「んっ……うあ……ぁっ……ん……」
しかし、いまだ収まらないこの興奮……さっきの教室での風景を想像するだけで震える腰は、まぎれもない『犯人』の行為だ。隠しようが、ない。
結局わたしは、その『犯人』がスカートの中に導く手と記憶の中のあの八十の目にベッドの中でもう一度犯され、絶頂を迎えた。そして、その後にやってきた保健の先生に早引きをすすめられ、素直にそれに従った。

急ぎ足で家に帰る。家に近づくほど、身体を通る風が、わたしの中のくすぶりを、より大きな炎へと燃え上がらせてくれるようだった。
鍵を開け、一目散に自分の部屋へ。
誰もいない。今、わたし以外、家には誰も……。
「うふっ……あははっ……はあっ……あ……」
わたしは、もつれる手で制服を脱いだ。いつもはハンガーに掛けてしわを伸ばしたりして手入れをするけど、今はそんなことはどうでもいい。適当に脱ぎ散らかした。
「……………」
下着姿になった。こうやってみると、張りつめきった胸を覆うブラジャーも、透き通るほどに濡れているショーツも全く地味で、『見られること』とは、まるで無縁だ。なんだか腹立たしくなってきて、わたしは、むしり取るようにそれを脱いだ。
いよいよ裸。もぞもぞとすり合わせる内股からは、くちゅくちゅという音がして、幾筋かの透明な線がそれに続いた。わたしは、最後の仕上げに、あのテープをデッキにセットした。『お気に入り』のあのシーンまでほんのわずかの時間が、わたしには本当にじれったかった。
震える指で、再生。さあ、本当に始まりだ……!

たくさんの男達に責められる、ビデオの中の女性。
激しい快感に、泣きながらもだえ、ついには、おしっこを吹き出させる……
わたしは気付いた。彼女の顔の意味が、やっと分かったのだ。
火を噴くほどに恥ずかしがる彼女。でも、その顔は確かに嬉しそうだった。泣きながら、彼女は恍惚としていたのだ。それは、ラストシーンで、彼女が道の真ん中でおもらしするときもそうだった。うずくまり、肩を震わせながら、立ち上がらない彼女。そのうつろな目は、後悔や失敗というより、危険であるがゆえにたとえようのない、激しい快感に打ち震えていたんだろう。
「もし、あれが、わたしだったら……」
今日、教室でみんなに見つめられてイッてしまった時の事を思い出し、ビデオの中の彼女をわたしに置き換えてみる。
すると、あの鳥肌と、ぞくぞくする感覚と、まっ白になっていく思考が、正しく再現できた。

わたしは、自分の気持ち良い所なんて分からない。
でも、わたしを今こうさせている、わたしの中の『犯人』……いや、ほんとの『わたし』は、おとついの『あれ』で、すっかりわたしの弱いところを把握してしまっていた。

複雑な形を示す性器の中、ヒダのこね方、さすり方。膣の入り口、一際感じる壁の所のさすり方。クリトリスの皮のめくり方、転がし方。平行して、胸の揉みしだき方、乳首のつまみ方……。

わたしは、『わたし』に全てを任せ、思う存分にいやらしい音と声をあげ、何回も何回もイッた。どれほどイッても、わたしと『わたし』の欲望は収まらない。むしろ、イけばイくほど、もっと欲しくなっていくようだった。

「あひっ! んっ! あんっ! はひっ! んっ! あぁぁっ!!」
『わたし』は膝を頭の両脇に抱え、宙に向かっておしっこをするような体勢をとっていた。
天井から見下ろしている無数の瞳に向かって、性器と肛門をさらけだしている。
その、わたしの恥ずかしい部分に、架空の視線が矢のようにつきささる。
「あひっ! んっ! あんっ! ……で……出ちゃ……! み……見ないでぇっ……!」
思わず口から出るわたしの叫び。
意志とはうらはらに止まらない『わたし』の指のうごめき。

そして……
「ううんっ! 違う! 違うの! 見てっ! 見てぇっ!! おしっこするとこ見てぇぇぇっ! あぁっ……!!」

ぴっ……ぷしゃぁぁぁ………………っ!

わたしは、そこから、思い切りおしっこを吹き上げた。
「はっ……あふっ……う……ううっ……」
その、激しく熱い怒とうのような流れは、びしゃびしゃとわたしの全身とベッドに降り注ぐ。
「んくっ……」
口に入ったおしっこを、こくり……と飲み込んでみる。しょっぱい、何とも言えない味がした。
「んふっ……あははっ…………あぁ……すごかったぁ……」
わたしは、おしっこまみれの身体で、しばらく、ずぶぬれのシーツと戯れていた。

つづく

 

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