ファイナル・クエスト 7

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7.憂鬱の正体

「…………………………」
クリープは、また、窓の外から景色を見ていた。いや、見ていたと言うよりは、『目をそこに置いていた』と言える。

彼女の瞳には、景色が写ってはいたが、彼女はそれを認識しようとしなかった。
小鳥のさえずりも、風の囁きも、『耳を震わせる何か』であって、『音』ではなかった。
今の彼女は、まるで抜け殻のようだった。時折窓のそばを離れるときも、その動きは、定められたレールの上を動く機械のようだ。

……あの時流した涙と共に、魂まで抜けてしまったようだった。そんな状態で、彼女は、そこにいた。
感情も、思考も、湧き起こらない。ただ、『そこにいる』だけだった。
どのぐらいたったのだろう?
ほんの少しかも知れないし、随分長いのかも知れない。それも、分からない。
ふと、背後にそれまでとは違う『空気』を感じた。
「何……?」
きりきりきり……という音がしそうな程、ぎこちなく、ゆっくりと後ろを向く。
……そこには、赤い姿の男、青い姿の女、緑の姿の老人がいた。
……あいつじゃ、ない。彼らは口々に何かをわめいていた。

「ふわっはっはっはっは!! ついに見つけたぞ! 悪しき魔女!! 正義の名のもと、天に成り代わり、勇者たるこの我らが成敗してくれん!! いざ!! 覚悟!!」

そんな『言葉』のようなものの後、三人はそれぞれに散った。青い女が一歩下がり、身構えた赤い男が、一歩前に出る。緑の老人も、手を何かの形に構え、女と男の中間ほどにはいる。そして……
「うおりゃぁぁぁーーっ!!」
剣を振りかざし、男が襲いかかってきた。
「……………………」
クリープは動かなかった。頭の中にあるのは、彼らが「あいつ」ではないという事実だけ。
それならば……
「……いらない……」
ぼそりとした声と共に、テーブルの上の物を払いのけるような仕草で、その手が空を切る。すると
「おわぁっ!?」
「きゃあっ!」
「ひえぇっ!」
ごう音と共に突風がまきおこり、三人はまとめて吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。
「ちっくしょう!! やりやがったな……! じじい! ぶちかませ!」
「ほいさ! イカヅチよ!」
老人が叫び、クリープを指さす。突然、天井から青白い光が閃いた。
「……なんじゃと!?」
しかし、その光は、目的を遙かに離れた場所を焦がしただけだった。

魔女は強かった。どれほど斬りかかろうと、火を浴びせようと、殴りかかろうと、氷を浴びせようと、転ばされ、消され、弾かれ、溶かされた。消耗した体力や怪我は、僧侶が治癒してくれたが、それにも限度があった。
「キリがねぇ……」
「まさにバケモノじゃ……」
「もう、治せないわよ……」
それぞれに消耗しきって、肩で息をしている。が、眼前の魔女は、まるで今までのことなど無かったかのように、悠然と立っている。
「……くっそう……もう破れかぶれだ! ……おぉぉぉぉ…………っ!!」
戦士が最後の力をかき集め、とっておきの一発を放つべく、気合を溜めていた時だ。魔女に、変化が現れた。
「…………!!」
クリープは、背後にまた違う『空気』を感じた。
……これは……間違いない! これは!!
「……あ…………」
フラフラと、その『空気』を感じる入り口まで行こうとする。

「……おい、様子が変じゃぞ……」
その変化を感じた魔法使いが、戦士に耳打ちする。
「……なんだ……嘘みてぇに隙だらけだ……」
「チャンスよ!」

ゆっくり、ゆっくり背後に回る。……先ほどまでの壁のような物は、もうない。まるっきり、そこらの村をうろついている少女のようだ。
「隙あり!!」
「きゃあぁぁぁっ!!!」
戦士の長剣が、ずぶり……と、いともたやすく少女を背から貫いた。

どさり……と、つんのめるように倒れる魔女。そこを、僧侶と魔法使いが腕を持って引っ張り、無理矢理起こす。
「へっへっへ……よくも散々やってくれたなオイ。たっぷりお返しさせていただくぜぇ……」
にやりと口元を吊り上げ、眼前の魔女を睨み付ける。が、彼女の顔はやはり、魔女ではなく、迷子になった子供が泣いているような顔だった。
「命乞いなんて聞いてやらんぞ……くくく……オイ! やったぞ!!」
肩越しに入り口を見やり、そこにいた者へ言葉を投げる。

「……あっ! ついにやったんですね!!」
入り口から、タダシが駆け込んできた。
「ああ!!」
力強くうなずく戦士。
「やった!……へへっ……今までのお返しだ! いい気味だよ!」
笑みをたたえるタダシの顔を認めた瞬間、
「あんた……」
泣き崩れそうだったクリープの瞳が、大きく見開かれた。じっと、その顔を見つめる。
「……なんだよ、その目は。まるで、僕が悪いみたいじゃないか!!」

クリープは答えない。ただ、じっと、まっすぐ、タダシを見つめている。
時間が、止まった。いや、ほんの一瞬のうちに押し寄せた想いが、あまりに多すぎたのか……
「僕が……悪い……みたい……」
様々な色を見せる花火のように、それまでの想いが、弾けた。

自分と話すときの、嬉しそうな笑顔。
食事の時の、照れくさそうな顔。
薬の実験の時、倒れた自分を介抱してくれた時の、くしゃくしゃの泣き顔。
……そして、ベッドの中で、そっと腕にしがみついてきた、今にも崩れそうな、不安そのものの顔。
寝付いたときの、何とも言えない、幸せそうな顔……

様々な顔が、重なる。

自分はどう思っていた?

『しょうがないなぁ……』と思いながら、一緒にいて、楽しかった。嬉しかった。彼女は自分を必要としていると思った。そしてそれが……それを……自分は、それを、自分は……

「僕が……悪い……みたい……ぼくが……わるい……ぼくが……ぼくが……うわあああぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

そして再び時間が動いた。
「さぁて……お別れの時間だ……死ねぇっ!!」
とてつもない罪悪感にさいなまれ、うずくまるタダシの僅かな視界に、今まさに振り下ろされんとする剣が見えた。

「やめてください!! お願いです!!!」
タダシは、目の前にあった足に夢中ですがりついた。
「殺さないでください! お願いします! ……そりゃあ、良くない噂が立ってるかも知れません。でも、でも本当はいい娘なんです! だって、見ず知らずの僕に、どこから来たのかも、まして自分で自分が分からないような僕に、いろいろ世話を焼いてくれたんです! 良い娘なんです! だから、殺さないでください! 迷惑を掛けるようなことがあったら、僕が止めます! 止めてみせます! だから……だから……!!」

自分でも何を言っているのか分からない。
ただ、守りたい。その一心で、彼女を抱きしめ、叫んだ。

「なぁに言ってるの……? タダシ君……」
凍る寸前まで冷えた水滴のような冷たい言葉が、丸めた背筋を伝う。
「え……?」
赤くはれた目で、見上げる。
「もう待てないって、言ったよねぇ。何が何でも、マスターアップして貰わないと……」
売り物のセルロイドの仮面のような、薄っぺらな笑いを張り付けた男は、戦士ではない。
「部……部長……?」
「社運が掛かってるって、言ったわな……」
再び、つららが両耳を貫くような感覚がした。そこにいたのは、魔法使いではない。
「千人の生活がかかってるって、言ったわなぁ……」
「社長……!」
「残業で発生する経費だって、馬鹿になんないのよ……」
僧侶の癒しの言葉とは思えないものを発する女性は……
「特に光熱費がねぇ……」
「リ……ンコ……さん……」

全てが、繋がった。

「そうだ! ……これは、僕がプログラムしたゲームの中だ!! そしてここは、ラストボスの魔女の城! 物語の結末は……魔女の……死……」

「そいつ、早く殺させてよ? タダシ君……」
「ゲームができんと、社員がのぉ……」
「経費って、無限じゃないのよねぇ……」

「嫌だ!! 殺せない!! 殺せるわけないよ!! ゲームが完成しなくたっていい! 彼女には僕が必要なんだ!! そして、僕も……僕もこの娘の事が……この娘の事が……!!」

抱きしめる腕に力を込め、タダシは泣いた。幻なんかである物か。顔にかかる彼女の息づかい、体の温かさ、胸の鼓動。そして……背中に回した手に伝わる、鮮血の熱さ……。幻でたまるか! 強く、そう思った。

「そら、また逃げる……」
「近頃の若いもんは……」
「やぁねぇ……オタクって……」
「何でも中途半端に投げ出して……」
「目上の意見も聞かずに……」
「都合のいい部分だけ聞いて……」
「物事を都合良く解釈して……」
「笑ってれば済むと思って……」
「何でも許してもらえると思い込んで……」
「現実を見ようとしないで……」

ひょうのように冷たく、固い、言葉のつぶてが降り注ぐ。

「違う……違う!! 違う違うチガウ違うチガウ違うチガウ違うチガウ!!! 僕は……僕は……!! ……やめろ……もう……やめてくれ…………やめて……やめ……うっ……うぐっ……うあっ……」

いつの間にか、タダシはクリープに体を預けて泣いていた。
その体を守るように、少女はそっと、青年を抱きしめた。

「やめてくれ……やめて……もう……やめろ……やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

全てをもってして、全てを払いのけ、タダシは叫んだ。
ふわり……と、体が軽くなる感覚がして、全てが白くなっていく。

そして、タダシは、意識を失った。

つづく

 

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