柔らかな殺意 2

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2.『仕事』

 優人の勤めるオフィスから、5分ほどしか離れていない飲食街。昼は食事を摂りに来るサラリーマンでごった返し、夜は夜でまた賑わう。
そんな一角の地下に、その喫茶店はあった。
『Cafe U.U.』
階段のそばには、西洋風の木の看板が架かっている。看板には、コーヒーポットと共に、洒落た字体で店名が彫り込んである。(カラン……カラン……)

扉を開けるベルの乾いた音が、店内に響く。
店の中は、木の趣と、茶色で統一されている。入って正面の突き当たりに5 席ほどのカウンター。そこまでには4人掛けの丸テーブルが2つに、二人掛けの同じく丸テーブルが2つ。決して大きくはない広さだ。照明はやや暗めに落としてあり、雰囲気はある。課長の言うとおり、カウンターの片隅でバーボンなどを一人あおっていれば、絵にならなくはない。
ただ、そんな洒落た店内も、今日はどことなく沈んで見えた。不思議に思いながら、カウンターの方へ進む。
「こんばんわ。マスター」
優人がぺこりと頭を下げた相手。名を、ユニシス=上原と言う。この店の店長だ。大柄で、筋肉質の、がっしりとした体躯。赤銅色に焼けた肌、たっぷり蓄えた髭、伸ばしたそれを、無造作にくくった髪。どう見ても、元サラリーマン……という風情ではない。山で熊と互角に渡り合える……と言ったら、信じられそうだ。
そんな男が、様々な洋酒や、コーヒーカップが並ぶカウンターの中、デニム地のエプロンを着け、パイプ煙草をふかしながら、その手にはミニチュアのように見えるポットで、器用にコーヒーをいれている。
「おう、優人。待ってたぞ……」
ポットとパイプを置き、カウンターの男が、白い歯の見える笑顔を優人に向ける。
「あれ? マスター、パイプ……新調したんですか?」
コートを脱ぎ、椅子に腰掛けながら優人が言う。
「ん? おぉ、これか。そうだ、いいメシャム(海泡石)のがあったんでな。ちっと張り込んでみた。いいだろ?」
誇らしげに見せるその白い石のパイプには、神話でもモチーフにしたのだろうか、物語の一場面のような情景が、細かな細工で施されていた。工芸品に全く疎い優人ですら、相当の値段だろう、と言うことが推測できる。
「こんなに高そうなの、飾っておいた方はいいんじゃないですか?」
「ちっちっち……甘いな。道具なんてな、使ってこそよ」
余裕の笑みで答えるユニシス。少しの和んだ間の後、優人は、出された水を一口含み、切り出した、

「……さて。緊張もほぐれたところで、本題に移りませんか?」
「へっ、誰が緊張してるって……?」
「僕です。久しぶりですのでね……」
「よく言うよ。まぁいいさ。……優人、今日の店、どっか変じゃないか?」
マスターが神妙な面もちで言う。
「確かに……人が少ないですね。寂しいな……」
キョロキョロとあたりを見渡し、呟く。
「難しいヤツでも……?」
泳がせていた視線を、カウンターの向こうに返す。
「当たりだ。ずいぶんやられちまった。正直、相手がデケぇ」
「聞きましょうか……」
優人は笑顔を一段引き締めた。

「最近、若い女の失踪事件が頻発してるのは知ってるな?」
「えぇ。マスコミのみなさんが、散々書いてますね」
「そうだ。で、色々依頼があって、調べてみたんだが……」

マスターの話は、ここ数日頻発している、若い女性を狙った失踪事件についてだった。連続して十数件。マスコミも、もう飽きたと言わんばかりの扱いしかしていないが、一向に手がかりが掴めない。
業を煮やした親族らが、この店に『依頼』に来た。最初は軽く思っていたが、調べに言った人間が皆、消息を絶ってしまった。
辛うじて戻ってきた者の口から聞いたのは、驚くべき犯人の名だった。

黒澤翁。政界の大物だ。表舞台からは引退して久しいが、その威光は今なお強い。しかし、黒澤翁と言えば、現役政治家時代の様々な功績から、名宰相と呼ばれていたはずだ。だが、ここ数年、様子がおかしかったのだという。
メイド募集のふれこみで、若い女性を次々と集めていたというのだ。
そして、その募集に応募した女性が、最初に行方不明になった女性たちだった。
「政治家さんなんですから、何をやっててもおかしくないですね」
肩をすくめて。優人が笑う。
「いや、だとしたら、もっと巧くやる方法はあるはずだぜ。マスコミにだって、漏れねぇはずだ。何かこう……」
「焦り、ですか?」
「そう。ひどく焦ってるような気がしてならねぇ。単なるヒヒ爺の色遊びじゃねぇ。『何か』を感じるんだ。勘……だがね」
目の間をつまんで揉む。推測するときに見られる、このマスターの癖だ。
「その時のマスターの勘、よく当たるんですよね」
「今回ばかりは、そのジンクス、破りてぇな。正直、気持ちのいいモンじゃねぇからな」
「気持ちのいい仕事、なんて無いでしょう?」
「いや、行方知れずになった女の中に、娘と同じぐらいの子も居るんだ。もし、俺の娘も……と思うとな。正直、怖ぇ」
屈強そのものの顔も、この時ばかりは不安むき出しの親の顔だ。
「彼女に、メイドになろう、なんて殊勝な心がけがあれば……ですがね。それに彼女なら、襲われたって逆に相手をのしそうですよ」
少し意地悪っぽく笑ってまぜかえす。
「ま、そうだな。ハハハ……」
力のない笑いが返る。
「……脱線しちゃいましたね。で、何人行きました?」
グラスの水を再び含み、改めて顔を引き締める。
「見ての通り。半分……てとこか」
困り果てた顔で、マスターが店内を見渡す。
「みんな、そこに行って……ですか。大事ですね」
同じく眉をひそめて唸る優人。
「だから、お前さんの出番って訳だ。幸せだなオイ、先人たちがつけてくれた道をゆったり歩いて、後はメイン・ディッシュって訳だ」
カウンターの下から地図を取り出しながら、皮肉めいた事を言う。
「メインディッシュだけの料理っても、結構味気ないですよ。食前酒のピンク・ジンから、食後のコアントロー&ライムまで、きっちり愉しみたいですね……」
それをさらりと流しながら、優人は身を乗り出して地図を見た。

「黒澤邸の場所は、説明するまでもねぇな。街のど真ん中、方向音痴も迷わねぇ。で、一番近い『出口』は、43番だ。こっから出ると、塀の外側に出ちまう。が、今回は、そこから横穴を掘った。これで内側の、ここに出る」
「良かった。一瞬、どうやって入るか考えましたよ」
「安心するのはまだ早え。内側にはお約束通り、監視カメラがびっしりだ。死角はほぼない。……が、『先人たち』のおかげで、数台にはダミーの映像が流れるようになっている。ここと……ここと……ここだ」
節くれ立った指が、黒澤邸の見取り図のうち、数カ所の点を順に指し示していく。
「至れり尽くせり……って訳ですね」
頭の中にポイントをたたき込みながら、呟く。
「その代わり、失敗は許されねぇぞ。……で、だ。ここに、地下への隠し通路がある。不思議なのは、ここだけカメラがないんだ。入ってください、と言わんばかりにな」
「何かあるよ、って、向こうさんから言ってるわけですね。解りやすいなぁ、もぉ……」
「笑うのは勝手だが、しくじるなよ」
思わずこみ上げる笑いを押し殺す優人に、マスターが再三釘を差す。
「あぁ、失礼。で、パターンから行くと、ここが『本丸』への直通通路……ですね」
「ご名答。だが、ここまで行ったヤツは、誰も無事じゃ済んでない。『素直に』消息を絶つヤツ、頭のネジを10本ばかし飛ばしてくるヤツ……やっぱ、そんな奴らの姿見るのは、辛ぇな」
深く、ため息を付くその目は、哀しげで、潤んでさえ見えた。
「…………」
いつもの豪快さが消え、俯く彼の顔など、久しく見たことがない。優人は、きっと自分の何倍も辛い思いをしてきただろう彼の心境を想像してしまい、いたたまれない気分になった。
「やらない、なんて事は言いませんよ。ここまで聞いたんですからね。いつもの時間に出ます。部屋の鍵、頂けますか。それまで一寝入りします」
僅かな沈黙の後、優人ははっきりと言った。
「よし。よく言った。しかし、お前さんの部屋も、やっと使ってもらえて嬉しいだろうな」
後ろの開き戸から鍵を一つ取り出し、カウンターに置く。
「埃、溜まってるでしょうねぇ……」
苦笑いをしながら、優人は部屋の惨状を想像した。
「いや、静が掃除してるぞ」
「それはそれは……」
思いがけない、と言った風なのは、双方同じだった。

「そうだ、優人。腹ごしらえに、なんか喰うか?」
席を立とうとする優人に、思い出したようにマスターが言う。しかし、優人は不満顔だ。
「どうせ、別料金なんでしょう?」
「あたぼうよ。店の経営と、『仕事』の斡旋はあくまで別だからな」
自慢げに胸を張る。
「威張れませんって……そうだ、代わりに何か一杯、頂きましょう。寝酒にね」
思い直して再び座り、様々な洋酒が並ぶ棚に目を遣る。
「仕方がねぇな。今回は特別だ。成功を祈って、俺がおごってやろう!」
「流石。じゃあ……テキーラを貰いましょう。テキーラ・アネホ」
考えるフリはしたが、言う前から決まっている。樽で熟成させた、テキーラだ。
「相変わらず、妙なのが好きだな。俺はどうも、あのすえたようなクセが好きになれねぇ……」
ぶつぶつ言いながら、オールド・ファッショングラスに、ロックアイスと、薄い琥珀の液体が注がれる。
「そのクセがいいんですよ。あ、それから、塩とレモンも……」
背中に慌てて付け加える。
「言われなくてもあるぜ。ほら」
岩塩とレモンの輪切りが乗った皿が、グラスと共に差し出される。

「んじゃ、成功と無事を祈って……」
「乾杯」
マスターのバーボンを注いだグラスと、優人のグラスが、カチリ、と鳴った。

「……ふぅ……」
レモンをつまんで塩をつけ、口に放り込んで噛みながら、ストレートのテキーラをあおる。優人が最も好む飲み方だ。熱い感覚が、酸味と共に胃の中へ滑り落ち、徐々に体が熱くなってくる。
その感覚を味わいながら、塩付きレモンとテキーラを交互に口に運ぶ。皿の上のレモンが無くなる頃、グラスのテキーラもない。そして、いい具合に体の力が抜ける。

「……じゃ、行きます」
そういって優人は立ち上がり、振り返らずにカウンターの奥の階段を降りていった。

つづく

 

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