D's NEST

お呪(まじな)い~コレクション・ハウスの夜3_4

4.懲罰の部屋

「こちらです」
再び、黒い男が歩き出して程なく、大きな扉があった。闇に慣れた目に、古めかしい木の扉だと映った。
「さぁ、どうぞ」
“ぎぎぎぎぃぃ……”
見た目通りの重々しい音を立てながら、男がゆっくりと扉を開く。中は小さなホールのようになっていた。燭台が他より多くつけてあるが、煌々とした明るさではない。その光に照らされて、矩形に並ぶ十数個の椅子と、そこに座る男達が見える。

一見、ごく普通のスーツをきちんときた男達だ。ただ、目には皆、白い仮面―デスマスクを連想させるような―を着けていて、細かな顔立ちや表情までは解らない。
なにより奇妙だったのは、それだけの人数が居ながら、全くと言っていいほど男達に『気配』を感じないことだ。
もし、傍らの男に、『あれは人形です』と説明されたら、即納得しただろう。
しかし、そうは思えなかったのは、由佳が部屋に入った瞬間、人数分の『視線』を感じたからだった。

ただ、その多量の『視線』の質は、由佳が『慣れて』いる物とは少し、違っていた。
軽蔑でもない、哀れみでもない、好奇でもない……。でも、視線の密度に驚くだけで、そんなに悪くない。

なんだか照れるような気分を味わっていると、男が促した。
「あちらへどうぞ」
男の手が示す先、矩形の隅に、空いている椅子があった。質素ながらも、使い込まれた飴色が、ぼんやりとした光りによく映える。

「……」
促されるままにそこに腰を下ろす。
すぐ隣の席にも、仮面の男が座っている。軽く会釈をした由佳だったが、隣の男は微動だにしない。

「では、始めさせていただきます」

一際高らかな声が響きわたる。そして、天を衝くように掲げられた男の指が、

“パチン!!”

乾いた音を立てて鳴った。すると……

「ちょっとぉ! なにすンのよ! 離せ! 離せったらぁ!!」

男の後方から声がした。見ると、眼前の男と同じような出で立ちをした男が二人、少女の腕をつかんでこちらに歩いてくる。引きずられている少女は、あらん限りの力で抵抗しているように見える。が、両脇の男達は、特に力を込める風もなく、淡々としている。

由佳は、その少女に見覚えがあった。いや、よく知っている。『敬愛する者』の一人だ。
自然と、口元がつり上がる。ぞっとするほど、冷たい笑みが、まるで、何年も会えなかった親友に出会ったときのように。
ぶるぶると体が震える。なんだろう? 解らない。しかし、なんだか、たまらない。たまらない高揚感だ!

『……! ……!!!』
眼前の『彼女』は、何かをわめいている。聞くに、はしたない悪口雑言だ。
“くすっ……”
改めて『確認』する、その『子供っぽさ』に、つい、吹き出してしまう。

「では、これより被告人の裁判を始めます」
再び、黒い男が高らかに言う。
裁判? 一瞬、由佳も訝しんだが、次の瞬間には、なぜか恐ろしいほど納得していた。
『そうか、ここは懲罰の部屋なのよ。“おいた”の過ぎる子供たちを、何が悪いのか教えてあげて、叱ってあげる所なんだ。ただ、普通に言っても解らないから、わざと仰々しくしてるのね。……あぁ、それにしても私、彼女に最高の“恩返し”ができるわ!』

それまでの自分に対する『おいた』を思い浮かべながら、由佳は満面の笑みを浮かべていた。疑問はいっさい消えていた。

「被告人の罪状は以下の通り。
一つ。学友に対する言われ無き暴力。
一つ。学業に対する意欲の著しい欠如。
一つ。教師に対する敬意の欠如。
……以上の罪より、平手による尻たたき五十回、パドルによる尻たたき五十回、杖(ケイン)による尻たたき五十回を言い渡す」

いつの間にか、男の手には古めかしい紙が握られていた。ゆっくりと開き、よどみなく読み上げる『罪状』は、そのような内容だった。

「それでは、この刑の執行人を募ります。最初の価値は、100とさせていただきます」

『罪状』を読み終えた正面の男が、視線を正面に戻し、言った。
「……150」
「180」
「200……」

由佳の周りに座っている男達から、次々と声が挙がる。どうやら、罪状の『懲罰』を行う権利を競り合っているようだ。ただ、言っている数字が金額なのかどうか解らない。
暫く静観していた由佳であったが、そのうち、再び、眼前の『彼女』が自分に対して行った『おいた』が、グルグルと回り始めた。
「うふ……うふふ……」
笑みがますます濃くなる。知らずに握りしめていた拳が震える。剥がれかけた爪がきしんで痛い。

「300」
「310」
男達はどんどん数字を上げている。由佳の心は、恐ろしく静かに澄み渡っていた。

「500」
はっきりと、大きくはないが、通る声で由佳は言った。
対抗する声は、ない。
「500。ほかに、ございませんか?」
驚きをはらんだような沈黙が暫く流れる。

「それでは、決定とさせていただきます。どうぞ」
正面の黒い男は、まるで予想していたような声で、由佳を前へ促した。

ゆっくりと、前へ進む。改めて『敬愛すべき彼女』に目を遣ると、なにやら器具に拘束されていた。いわゆる三角木馬…とは少し違う。体を「く」の字に曲げると、足首と手首がくるあたりに、それぞれ鎖がついている。
『彼女』はじたばたともがいているが、全くの無駄であることは、誰の目にも明らかだ。

「叩く度に、数を数えなさい。いきますよ」
幼い頃の自分に対する、母親の態度を、知らぬ間になぞりながら、由佳はゆったりと言った。
その声に、拘束されている彼女が反応する。
「その声……由佳?! アンタ! なんのつもりよ!! 何の恨みがあるか知らないケド、後でどうなるか、解ってンでしょうね……ッ!?」

肩越しに由佳を睨めつけ、噛みつかんほどの形相で言い放った言葉の最後は、尻すぼみになった。由佳の平手が、彼女の尻を打つ。
ばふっ、という気の抜けた音が響く。
「いっ……なにすンのよ!! ……ひっ!!」
抗議する声に、再び一発。
「数えなさい。でないと、ずっと一回目ですよ?」
満面の、こぼれんばかりの、そして、不気味な程に優しい笑みをたたえて、由佳は言った。その顔に、拘束されている彼女も、色をなくす。

『ばすっ』
「……!! ぃち……」
「……もっと大きく、聞こえるように。ね? 1」
『ばふっ!!』
「いっ……いち……」
「よくできました。じゃあ、2」
『ばんっ!!』
「……にぃ!」



「25」
「にじゅうご……」
そこではたと手を止める。
由佳は気づいた。『彼女』が、すさまじいまでの『敵意』を発していることに。反省の気持ちではない。この『理不尽』な状況を脱した後、どうしてやろうか? と言う気持ちだ。
由佳は、ふぅ、と小さくため息をつき、肩をすくめた。そして、次の瞬間、おもむろにスカートに手をかけ、一気にずりおろした。
薄紅に染まった、丸い尻が顔を見せる。
由佳は、それを見てさらににっこりと微笑み、一杯に指を広げた手のひらをうち下ろす。
『ぱん!!』
奇妙に澄んだ音が尾を引いて響きわたる。
「なぁっ!? ……ひぃ!!」
驚く間もなく、呼吸が止まったような悲鳴が上がる。
「どうしたの? 26でしょ? もう一回、はい、26」
『ぱぁん!!』
「ぎっ……にじゅうろく……」


「はい、50」
「ごじゅう……」
重い声が返ってくる。由佳の眼下には、絵の具のついた手のひらで、画用紙を塗りつぶしたように、まだらに赤く染まった尻がある。
その『赤』の出来映えに不満があるように、由佳はまた、困った顔をしていた。『彼女』が、ずっとある『言葉』をつぶやいていたからだ。「由佳のクセに、由佳のクセに……」

数を数えている裏で、確かに聞こえた。
「まだそんなことを言うの……?」
再び、ふぅ、とため息をつく。
「じゃあ、次は……」
『罪状』では、「パドル」と言っていたが、何なのか解らずに、疑問の視線を両脇に立っている、黒い男に投げた。
「どうぞ……」
目が合うか早いか、片方の男が、なにやら木でできた板のような物を差し出す。
強いて言うならば、掬う部分が異様に長い、長方形のしゃもじ、と言った
ところだろうか? 厚みも、2センチほどある。
握りの部分を持つ。大きさの割に、ずっしりと重い。樫か何かだろうか。
だが、まるで由佳のために作られたかのように、手に馴染む。

そして、右手にしっかりパドルを握り、向き直る。
「由佳のクセに、由佳のクセに、由佳のクセに、由佳のクセ……にぃっ?!」
『ばしっ!!』
尻の肉が波打つ。衝撃が、腕を伝う。
「あら? 数が聞こえないわよ? さ、もう一回。1」

『ばしっ!!!』
「ほ……う……。いち……?!」
「はい。2」
『ばんっ!!!』
「……に……ぃ」



「49」
「いひっ……よ……ん……じゅう……」
「ほらまた聞こえない。49」
『ばんっ!!!』
「ごっ……よんじゅ……きゅう……」
「はぁい、50」
『ばんっ!!!』
「ご……じ……う……」『彼女』の尻は、既にでこぼこに変形している。まだらな赤だった表面は、そこから派生した、紫や青が混じっている。
「はぁ……はぁ……はぁ……あは……あはは……」
涎と涙が混じり、力のない笑いとともに、床に糸を引いて滴る。

「あはは……くふっ……うははは……っ!!」
由佳には、その笑い声も、言い訳にしか聞こえなかった。
「笑ってごまかしても、ダメですよ」
再び、男に渡して貰った『杖(ケイン)』を構えて言う。

ケイン。見た目は紳士用の杖のようだが、幾分細く、竹のような節がついている。端には、またよく馴染む握りがついていた。
『ぴゅうっ……ぴしっ!』
空を裂く音ともに、ケインが新たな朱一文字を描く。
「あはは……うははは……えは……!?」
笑いが一瞬止まり、息が止まるような声が上がる。
「さ、最後よ。数えなさい。1」
「うふ……うふふ……ひは……い……ち?」
「できるじゃない。じゃ、2」
『ぴしっ!』
腫れ上がった肉が裂け、一際鮮やかな一文字ができる。
「ぴっ! ……に……」
『ぴしっ!』
「……サン……」



「50」
『ぴしっ!』
「ゴジュウ」
機械のように、無機的になった声が聞こえる。
奇妙な笑い声は止み、不気味なほど淡々としている。だが、もう『生意気な』感情は感じない。やっと身にしみたようだ。『彼女』は、手足の拘束具を外されても、起きあがる様子すらない。すると、それまで 由佳に道具を渡す以外は微動だにしなかった、二人の黒い男が、再び脇を抱えてずるずると引っ張り、闇の中へ消えた。
それを『暖かな気持ちで』見届けてから、由佳は席に戻る。

「有り難うございました。では、次の被告人を……」