がちゃっ 3

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「……そんな、急に言われても……」
「でしょうね。けど、唐突は承知の上よ」
「うー…………ん…………」
僕は、その『お願い』を聞いて、困惑という文字が目に見えるぐらいに顔をしかめた。

この世界では、さっき聞いた通り、男は、一定の範囲内でペニスをテレポートさせることが出来る。そして、いつどこでセックスをしてもいい。それが、一般的な性生活だという。
そんな中、ごく一部の女性は『直接肌同士を触れあいたい』という欲求を持っている。僕の世界では当たり前のことが、こっちでは異端も異端、不穏分子扱いらしい。それをにおわせるようなことを言えば、たちまち警官が飛んでくるそうだ。
理不尽すぎる! と憤慨する僕に、オカマさんは「そりゃあ、ボウヤは別世界の人間だもの」と、少し冷たく言った。

そして、さっきの女性も、『異端』の一派なんだ。
僕が招かれた理由はズバリ、彼女と、全身を使ったセックスをして欲しいということ。僕が二人の求めていた男であることは、あの満員電車の中で、女性に誘われてまごつく姿を見て、ピンときたんだそうだ。

「でも、そんな人間が紛れ込んでるって、よく分かったなあ……。お互いだけど、異世界のことなんて、想像だにしないことなんじゃないか?」
「オカマの勘は、鋭いのよ」
愚問とばかりにつり上がる、青ヒゲの口。ずいぶんなまとめ方もあったもんだ。どう返したものか考えあぐねるところに、彼はクスリと笑ってから付け加えた。
「それもあるけど、『どこでもドア』の研究段階で、そういった失敗もあったから、ね」
「あっ、なるほど……」
こっちの世界では、『どこでもドア』は完璧に実用化されているそうだ。
それじゃあなぜ、各交通機関が健在なのかというと、「長年慣れ親しんだ物からは、そう簡単に乗り換えられないわよ。それに寂しいじゃない? 旅情ってもんがないと」……と言うことらしい。そんなこんなで、あのドアは、緊急時には使われるけれども、普通の通勤や旅行には、めったに使われていないそうだ。ちなみに、刑務所などの、むやみに立ち入ってはいけないところには、空間がつながらないように特殊な磁場が張り巡らされているという。

「でも、なんて言うか……都合が良すぎない?」
「あら、セックスは嫌い?」
なおも考え続ける僕に、ニヤニヤとオカマさんが言う。僕は少し怒って返した。
「そういうのじゃないよ! それじゃあ、誰とででもいいみたいじゃないか!」
「身体から始まる愛もあるわよ?」
「うっ……」
「むしろ、アタシ達の世界じゃ、そっちが普通だけど……でもねボウヤ、これは真剣なお願いなの……」
「…………」
真摯な目で僕を見つめ、オカマさんは言う。僕は揺らぎ始めていた。普通に思いっきりセックスしてくれ、という美人がいる。これ以上ない据え膳だ。割り切ってしまえば、いい話だと思う。
でも……
「一つだけ、訊いていいかな?」
「あら、なあに?」
「僕は、元の世界に、戻れるのかな?」
新しくにじみ出した冷や汗と共に、僕は言う。
だって、いくらこの世界が通常の社会生活上で元の世界とうり二つだとはいえ、ペニスの外れない僕は、ここじゃ犯罪者だ。いや、もう前科者、おまけに脱獄犯だ。彼らの依頼が終わった後、まっとうな生活は出来そうにない。
「そんな心配、しなくていいのよぉ……」
ごつい手に握られた可愛らしい柄のハンカチで僕の汗を拭いながら、オカマさんはニコニコと言う。
「アタシ達の世界の『どこでもドア』は完璧って言ったでしょ? ボウヤの身体細胞にある、高次元情報を読みとれば、いつでも戻してあげられるわ」
「すごいな……」
元の世界での、あのドアを巡る狂騒を知っている身からすれば、夢のような話だ。感心したため息をつくところに、彼は一枚のカード状の物を差し出した。
「そしてこれが、超次元発信器。鳴らしてくれれば、いつでもアタシ達の方からドアで迎えに行くわ」
「…………」
至れり尽くせりだ。カードへ伸びる手に、もう一度真剣な声がする。
「このカードを受け取るって事は、アタシ達の依頼を受けるって事よ?」
「なんで、そこまで真剣なの?」
据え膳を前に伸びた鼻の下が、彼の表情の変化を見て一息に縮んだ。静かな声。
「……割り切った遊びって考えてるかもしれないけど、一時でもいい。真剣に、愛してあげて欲しいの。人のぬくもりを、きちんと教えてあげたいのよ。あの子……妹には……」
大切な肉親を想う目で、すがるように言う彼。
僕は、黙ってカードを受け取り、その手を固く握った。

つづく

 

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