ぶわっ 5

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5.あの女性が居る風景

「やあやあ、どうも、ご無沙汰しております! お世話になります!」
「こちらこそ、どうも…」
サラリーマンの挨拶、
「あら奥さん、お買い物?」
「ええ、ちょっと変わった物が欲しくなって、そこのお店まで。輸入物の変わった食材、ございますでしょ?」
主婦の会話、
「おう! オマエこんなトコで何やってんだ?」
「ああ、そこのゲーセンでな、百人斬りをやってたのさ…」
若者の会話…
老いも若きも男も女も、みんな一様にトレンチコート。そして、その会話全てに、(ぶわっ!)(ぶわっ!)(ぶわっ!)っという『ご開帳』がついている。
「ほほう! さすがに課長のアレは、ソリが違いますなぁ!」
「あぁら奥さん、下の毛、お剃りになりましたの? とっても綺麗だわぁ」
「ははは! おめぇ、相変わらずガマン汁垂れてんな!」
普通に思える会話も、その後にとんでもない内容が続いている。かと思えば、
「やっぱ、お股の食い込みは、荒縄よねぇー」
「えぇぇー? アタシ絶対生ゴム~!」
「二人とも解ってないわ! 何も着けないのが良いに決まってるじゃない!」
高校生風の女の子三人…何故「高校生」と解ったかというと、彼女たちのトレンチコートが、ご丁寧にも、セーラー服の柄だったからだ…が、凄まじい内容の会話をさも楽しそうに、かつ、それぞれの食い込み具合をコートの前を開けっ放しで周囲に見せびらかしながら闊歩している。そんな彼女たちに向かって、「全く近頃の若いもんは…」「あーあ、あんなに見せびらかしちゃ、全然意味がないじゃんかよ…」「道徳が乱れとるなぁ」なんて声が聞こえてくる。うーん…どういう『道徳』なんだろう…
普段は、ああいう女の子の裸も、生で見られれば有り難いものだ。縄やゴムなんかの、SMチックなアレンジがされていればなお良い。けど…今は、ただ怖い。それだけだ。僕はなおも走った。完全に息は切れ、頭もくらくらしているけど、関係なく走った。そして思った。そうだ、家へ帰ろう! この地下街を出て、電車に乗って家に帰ろう! でたらめに走っていた足に目的を持たせ、僕は駅へ続く階段を、一気に駆け上がった。駆け上がった、はずだった。しかし…

「どっ…どっ…どっ…どぉっ?!」

「どういうことだ?」と言うつもりが、またもや言えなかった。
そこは…さっきと同じ地下街。確かに僕は、階段を上った。後ろを見る。階下が見える。…そこもやっぱり、地下街。
「うっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」
僕はあまりの恐ろしさに大声で叫んでいた。叫びながら、狂ったように走り、地上へ続くはずの階段を上った。何度も、何度も。でも、そこに広がるのは、寸分違わぬ光景。地下街の雑踏と、それを埋め尽くす、コートの群だった…。



 やがて僕は、走り疲れて、とぼとぼと歩いていた。途中、いろんな人にぶつかり、そのたびに、文句を付けられ最後に、「ぶわっ」と『ご開帳』を拝まされた。でも、僕にはもうどうでも良くなっていた。そして思った。こうなったらヤケだ。ここをじっくり観察してやる! と。

僕は思い切って開き直ることにした。じっくり観察してれば、戻る方法も判るかも知れない。

そうして開き直って、その『似て非なる地下街』を見て歩くと、これが結構面白い。
まず、ブティックというブティックは、全てトレンチコートだけを売っている。僕の知っているそれは、単色の、しかも渋い色の物だ。しかし、店先に並んでいる物は…様々な柄…たとえば、目に付いたところで水玉とか、トラジマとか…がある。裾の形なんかもバリエーションがあるみたいだけど、基本はみんな、足首まで丈のある、ぼそりとしたものである事には変わりない。。
あ、いつも通る牛丼屋だ。けど…おわぁ! 外から覗いて、驚いた。店員は、何故かみんな全裸。靴とサンバイザーは着けてるけど、他は何も着けてない。で、極めつけが名札。普通は、シャツの左胸に着けてるけど…ここでは、左乳首に、クリップで挟んでいる! 女の子だけなら、まだ良いけど、男もやってるから、美しさもそこそこなり…ってところか。あ、別に牛丼をおっぱいに乗せて、そこから喰わせる…なんて事はないみたいだ。ちゃんと、普通の丼で出している。しかし…そういう下手な風俗まがいの所より、格段に変だよな。面白いけど。
道行く人は…やっぱりみんな、(ぶわっ、ぶわっ)とそこかしこで『ご開帳』をしてるけど、これもよく見ると、別に知り合い同士で出会ったときに限らず、誰彼となくやってるみたいだ。気に入った人がいれば、声を掛け、どばん! と見せる。相手もひるむことなく、どばばん! と見せる…かと思ったら、どうやら相手も向こうを気に入った場合、『お返し』をするようだ。おおう! お互い興奮しだしたのか、オナニーの見せっこをしだしたぞ! 若い者同士だと淫靡。歳の差があれば、背徳の香り。老年同士なら…ノーコメント。
気分はほとんど、新種の動物の生態を研究している学者みたいだ。

「ん?」
ふと、地下道のあちこちにある公衆便所に目が留まった。いつも結構お世話になる所だけど…ここも何か変だ。普通は、通路の途中が別れて、男子用と女子用に通じてるんだけど…その分かれ目がない。通路の幅自体も、倍ぐらいある。…お?

「あっ…あんっ…うあぁ…」
「うっ! うぐっ! し…締まる…! イク! イクぞぉぉあぁぁーー!」

そんな男女の声が、微かに聞こえてくる。もしかして…と、おそるおそる、中へ入ってみた。かなり広い空間で、はたしてそこには、『個室』があった。でも、いわゆるトイレの個室じゃない。パッと見た外見は一緒だけど、それぞれが異様にでかい。ちょっとした部屋ぐらいはありそうだ。その部屋が五、六個あって、それぞれから、甘い呻き声やら、獣のような声やらが聞こえてくるのだ。
「なぁるほど…『公衆便所』ねぇ…」
どうやら、オナニーのみせっこで済まなくなった人たちが、ここでやっちゃうらしい…。凄いや。

「(しかし…これからどうしよう? ここから出る事って、できるのかなぁ…?)」
ひとしきり『観察』を終え、僕は再びフラフラと歩きながら、呟いた。
開き直ってはみても、それは空元気に等しい。やっぱり怖いものは怖いんだ。それに…さっきから感じている、『視線』が気になって、なおのことだった。

そう。気のせいでも何でもなく、周りの人間が全て僕を見ているのだ。やっぱり、『普通』の服を着ている僕が珍しいんだろうか? しかし、その視線は…軽蔑とか、敵意とか、そう言う類の物ではなかった。何というかその…『この珍しい獲物を誰が喰うか? どのタイミングで喰うか?』ということを表す目のようだった。気分は、群れからはぐれて肉食獣のテリトリーに入ってしまった、草食獣の子供…と言うところだろうか。もちろん、この場合の『喰う』とは、おそらく、最寄りの『公衆便所』でのアレ…という事になるのだろうが、見たところ、この世界の人間の『そっち』のバイタリティーは半端じゃないようだ。僕なんかだと、精どころか、命まで吸い尽くされかねない。それは嫌だ。
どうしたもんかな…俯いて考えながら歩いていると、突然、
(ぼむん)
また、道行く人にぶつかってしまった。やけに豊かな胸の女性だな…と驚きながら、謝ろうとその顔を見たときだ。
「あっ!!」
「あら…」
ほとんど同時に声が出た。間違いない! 最初に喫茶店で会った女性だ!

つづく

 

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