D's NEST

がぼっ 2

2.くらっ

『ありまおんせんー……ありまおんせんー……』
のんびりとした車掌の声と共に、有馬温泉駅に着いた。実は、いつもの喫茶店に近い駅から私鉄だけでも行けたんだけど、旅情はJRの方があるし、運賃が安くつくからいい。よけいなこだわりと言われれば、それまでだけど。
「さて……と」
勢いでここまで来たけど、どうしよう?
ここには、子供の頃、親に連れられて来たことがある。でも、一人では勿論初めてだ。時間はあっても、まともな宿なんかとるほどのお金は、やっぱりない。
でも確か、泊まらなくても温泉に入ることのできる場所があったはずだ。
「えーと、確か……」
改札を出て、うろうろしながらしばらく考え込んでいた僕の目に、看板が飛び込んできた。
《有馬ヘルスセンター無料送迎バス乗り場》
「……ああ、ここだここだ」
時刻表を見ると、ちょうど後三分ほどで来る。ラッキーだ。
一人ウンウンとうなずきながら歩く様は、周りからすればかなり変だったろうな、と、僕が気づくのは、しばらく後のことだった。

マイクロバスに揺られること数分。目的地にたどり着く。中途半端な時間と言うこともあってか、周りは静かだった。
「大人一枚」
まるで動物園のチケット売場のような窓口で、入場料兼入浴料を払う。
「千八百円です」
プータローの風呂にしては、少々辛い値段だ。でも、引き下がるわけには行かない。そして早々と、我が敬愛する福沢センセイは、新渡戸センセイ一人と、夏目センセイ三人に化けた。
「はい、どうぞ」
そして彼らと共に渡される、タオル。いいサービスだとは思うけど、袋に
『おたおる』
と書かれていて、僕は少し吹き出してしまった。

大旅館然とした――実際、ホテルも兼ねてるんだけど――入り口をくぐった時、僕は、めまいに襲われた。大方の予想はしていたが、人、人、人……だ。
昔、指の股と自分の名前の字数を当てはめて、『爺婆殿姫、爺婆殿姫』なんて姓名判断のような遊びがあったけど、それ風に言うなら、『爺婆爺婆、爺婆爺婆……』と言う感じだ。勿論、家族連れも多かったけど。
「うーん、やっぱり、自分ぐらいの年の奴は、一人でこんなトコに来ないんだろなぁ……」
別の意味で白銀の風景を眺めながら、僕はこっそりひとりごちた。
それでもめげずに、一歩中に入って、改めて中を見回すと……
温泉まんじゅうを筆頭とした土産物屋、薄暗い一角にあるゲームコーナー、おそらく無名であろう芸人や演歌歌手が歌う演芸場……。温泉宿としては、ほぼ完璧だ。多分に偏見は入ってるけど。
『うん。やっぱり温泉はこうでなくちゃな』なんて変な感慨を抱きつつ、僕は人並みをかき分けながら、大浴場へと向かった。