いきたい~立ちション講座・概論 3

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3.いのちの音

 ……なんだか懐かしいなぁ、ほんの数ヶ月前のことなのに……。
見上げた空は、夕暮れに赤ぁく染まってて、ボクの体にも、そのおすそ分けをくれる。
真っ赤な夕日。昼と夜、この世とあの世を繋ぐ、不思議な時間。その後に来る夜はまだ怖いけど、この時間は、とっても好き。一日頑張った太陽に、「お疲れさま」って言いたくなる。
この日最後の大仕事、と言わんばかりに、一際朱が濃くなった。まるで、炎みたい。……なんだか、どきどきするなぁ。

「ん?」
ぼうっと空を見上げていたボクの足下に、なんだか熱い感覚がした。
「あ……どうしたの、キミ?」
そこにはいつの間にか仔犬がいて、ボクの足にじゃれついていた。
「よっ……」
屈んで手を伸ばし、抱きかかえてみる。くりくりとした黒い目を、夕陽にキラキラさせながら、舌を出して甘えた声を出してる。
「ボク、キミに何にもあげられないよ……」
その代わりってわけじゃないけど、ボクはその子をぎゅっと抱きしめ、しばらく体をなでてあげた。

(とくん…… とくん…… とくん……)

耳もとにかかる熱い息にあわせるように、心臓の鼓動が聞こえる。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
(とく…… とく…… とく…… とく……)

規則正しい音。確かな、命の音。
「……そうだよね。キミも今、生きてるんだよね。しっかり生きてるんだよね。キミの体の中にも、ボクの体の中にも、この夕陽よりもっと赤い、もっともっと赤い血が流れてるんだよね。そして、生きたいって気持ちがあるんだよね……。
こうやって、手のひらに、キミの、あの人の暖かさを感じる。
二つの目に、キミの顔が見える。
景色が見える。
あの人の顔が見える。
耳に、キミの声が聞こえる。
鳥の声が聞こえる。
あの人の声が聞こえる。
顔に、キミの息を感じる。
風を感じる。
あの人の息を感じられる。
鼻から、キミのにおいがする。
花のにおいがする。
あの人のにおいがする。
全部実感になって分かる!
体全部であの人を感じられる!
嬉しい。こんなに嬉しい事ってないよ!
……生きてるって、すごいよね……
すごく、嬉しいよねぇ……」

しんみりしちゃったボクの言葉を分かったみたいに、腕の中の仔犬は、
「きゃん!」
と、小さくないた。

「コロー! コロちゃーん!! ゴハンよー!!」
どこからか聞こえてきた声に、仔犬の耳がぴくり、と動いた。公園の外に目をやると、エプロン姿の女の人が、何かを探しているのが見えた。……あの人がこの子の飼い主さんみたいだ。
「ほら、キミのこと呼んでるよ。じゃあね、バイバイ」
手を離すと、あの子は一目散に女の人の所へ駆けていった。

……ボクもそろそろ、戻ろうかな。

家に戻ったボクは、冷蔵庫の中にある物であり合わせのおかずを作って、夕食を作って食べた。
あり合わせの物でご飯を作って食べるのは、別に初めてじゃないけど、お腹も確かに空いてるけど……
「一人だとやっぱり……味気ないなぁ……」
食べながら、何気なく窓の外を見る。一日の仕事を終えた太陽の代わりに、待ちかねたように広がる、夜の闇。この部屋の高さからは、街の明かりも見えない。電車の音、車の音も、その闇に吸い込まれてしまったかのように、聞こえない。ただ、べっとりとした、黒。
「…………っ!!」
もう消えることはない。無くなってしまうことはないんだ……そう分かってても、やっぱり怖い。
静かさをうち消すためにつけてるテレビ。この時間はいつも、にぎやかな番組が絶え間なく流れてる。面白いけど、一緒に笑ってくれる人がいないと……やっぱり……楽しめないよ。

ご飯を食べ終えて、片づけが終わっちゃうと、ぽっかりと時間が空いた。
いつもなら、一緒にごろごろしたり、一緒にもう少しお酒飲んだり、……したりするんだけど……。
「…………」
ボクは、ちょっと早いけど、お布団を出し始めた。ただし、自分のじゃなくて、もう一つを。

(ぽふっ……)

着替えずに、そのままうつぶせる。布団に顔を埋めていると……匂いがする。汗と、ちょっぴりタバコの匂い。掛け布団もかぶる。匂いに包まれて、少し、一緒に寝ている気がする。
「明日は、帰って来るんだ。絶対帰って来るんだ……」
言い聞かせるように声に出して、ボクはそのまま、うとうととまどろみはじめた……。



「ん……」
ふと、目を開いた。匂いの中、布団の景色が見える。あれ? なんだか明るい……そっか。電気つけたまま寝ちゃったんだ。服も着替えてないや。やっぱり、ちゃんと着替えよう……。
布団からもそもそと這い出て、パジャマに着替え始める。脱ぎながら気がついた。そうそう、寝る前におトイレに行かなきゃ。

トイレで、便器の上ぶたを開けて、考えた。
「(どっちでしよう?)」
そう。立ってするか、しゃがんでするか。もちろん、立ってするのが好きだけど、毎回って訳じゃないんだ。
ボクは、うーん……と少し悩んで、
「(うん。立ってやろう!)」
って決めた。
ふたを全部開けてから、下を足首まで脱ぐ。 便器を少しまたぐように立って、腰をちょっと前に突き出す。で、両手で『出口』をくっ……と広げて……力を……緩めて……
「あっ……あぁっ……」

(しょろしょろしょろ……)

この瞬間が、いつも一番好き。熱いものが出ていく感覚と、キレイな弧を描いていくおしっこ。
「あぁ……いいきもちぃ……」
ボクは、ドキドキしながら、うっとりとつぶやいていた。

「ふはぁっ……」
今日は特別うまくいったみたい。ボクは、全部出し終わった後も、しばらく出た後の感触を楽しんでいた。もちろん、その後は拭いただけど……
「あ……」
あんまり気持ちよくって、あんまりドキドキしたせいか……ちょっぴり、おしっこじゃないもので、『出口』のあたりが濡れてた。えへへ……

ボクは、ニコニコしながらトイレを出た。すっごくうまくいったこと、早く言いたいな! ほめてくれるかな? って思いながら。
でも……

「じゅ…………」
そこは、誰もいない部屋。
そっか、そうだったんだよね……。
うまくおしっこできた嬉しさも、みるみるうちにしぼんでく。ボクは、とぼとぼと、もう一度お布団に潜り込んだ。

(パチ、パチ、パ……)

いつも通り、蛍光灯のひもを三回引こうとして、気づいた。いつも夜寝るときは真っ暗にしてる。でも、それは側にあの人がいるから。今は……。
ボクは、最後の豆電球の、ほの赤い光をじぃっと見つめながら、今度は本当に眠りに落ちていった……。

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