影縫光(かげぬうひかり)~幻影・裏面 1

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1. 述懐

 私は、小さい頃から人の目を良く気にする子でした。恥ずかしい、はしたない、という『恥』の意識を徹底してたたき込まれたのです。
 そのためか、人付き合いも粗な物になっていき、私は本当の人付き合い、と言う物からは遠い人間になっていました。

 しかし、一つの自覚が私を変えたのです…………。

 過度の、いえ、もはや脅迫的潔癖性と思われたほど親の教育です。当然、トイレに関しては理不尽なほどでした。
 母に言わせれば、『不特定多数の人間が使い、衛生管理のなっていない公衆便所など言語道断』であり、それは学校のトイレとて同じでした。
 掃除をする、しないではなく、母にはその存在そのものが許せないといった風でした。
 自然、私は外でどんなに便意が催してきても、ひたすら耐える様になったのです。

 当然、トイレは朝のそれを除けば、帰宅後になります。
 仮に、外で用を足し、帰宅時にトイレへ行かなかった日があろう物なら、きつくとがめられた物でした。

 そんなばかな、と思われることでしょう。
 でも、ひたすら抑え込まれ、それに異を唱える人間が回りにいなかったため、それが当然だ、という意識が私の中に育っていったのです。

 勿論、ひたすら耐えるのです。トイレで用を足す時は至福の時でした。
 それまで必死に張りつめていた心のつっかえ棒を、ちょん……とつついて壊すのです。凄い勢いで出ていく排泄物に、私は躯を振るわせ、肛門から魂まで一緒に出て行くような感覚に浸っていました。

 ある日、学校から帰ってきたときのことです。母の姿が見あたりませんでした。買い物に行く時間でもないのに、と探していると、父の姿がありました。
 私は少し驚いて、『おとうさん、お仕事は?』と尋ねる前に、父が言いました。
「おかあさんは、もういないと思いなさい」
「おかあさんはね、しばらく帰ってこれないんだ」
 真剣な顔で、一言一言、噛み含めるように、父は言いました。
 突然そんなことを言われても、何のことか解りません。 私はただ、
「ふぅん……?」
と、理解しかねる風で聞いていただけでした。

 後になって解ったのですが、やはり母は重度の神経症……不潔恐怖でした。
 世の中の全てが汚らしく思え、細菌に蝕まれる誇大妄想に怯え、全てを拒絶し始めていたのです。見かねた父は……親族と話し合い、母を精神病院へ入院させたのです。
 外科的治療ではなく、心のそれです。いつ回復するのか解りません。
 それから……母のいない生活が始まりました。

 私は理不尽な強制から解き放たれたはずでした。
 しかし、私は用便を我慢する、と言う行為を止めませんでした。
 ……極限まで我慢している、あの脂汗の滲む感覚、大腸の便が口まで逆流するような錯覚を覚えさせる吐き気……そして何より、いざ排泄するときの、五臓六腑が全て液体と化し、体中の穴と言う穴から出ていくのではないかという、あの開放感……私は、それらの感覚の虜になっていたのです。

 いえ、気持ちの面から考えると、これまで抑圧され続けて育ったためか、『自分で支配できる他の物』がなかった私にとって、『排泄物』は初めて、『自分の意のままに出来る他のモノ』であり、それを自分の意志で『支配』する事に、喜びを感じていたのかも知れません。
 私は、『排泄』と言う行為に、『支配』するというサディスティックな願望と、『耐える』と言うマゾヒスティックな願望の両方を、知らずのうちに満たしていたのです。

つづく

 

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