3.愕然
その日は、何故か逃げるように家に帰ったのを覚えている。別に女子トイレを覗いたわけでもなく、特にやましいことは無いはずなのに、家まで全速力で走って帰った。
それは……そう。『見てはいけない物を見てしまった恐怖』と言えるかも知れない。一目散に自分の部屋にこもり、ベッドに突っ伏して、僕は震えていた。
その恐怖は、得体の知れない物だった。
別に、授業を抜け出して、トイレで淫らなことをするのが許せない、という様な、変に道徳ぶった所から来るでもなく、おしっこを我慢することと、その臭いに興奮する、という世間一般からすればアブノーマルと言われる性癖に対する嫌悪感による物でもなく、とにかく得体の知れない恐怖だった。
布団を頭までかぶり、固く目を閉じても、彼女の、あの恍惚とした顔と、脚に輝いて見えた雫の筋が脳裏に浮かんでくる。
そのうち、通りすがりに臭ったおしっこの臭い……あの香ばしい香りまでが蘇ってくるようだった。
……えっ?
『香ばしい……?』
今僕は「香ばしい」と言ったのか?「臭い」じゃなくて? 慌てて自分で問い直し、あの光景を反芻してみた。
あぁ……僕はどうかしてしまったのか?
何度思い返しても、あれが「良い香り」に思えてきた!
どうしてだ……どうしてだ……
「おしっこの臭いなんて物は……」
そう呟きながら、僕は何を思ったか、穿いている自分のブリーフを脱ぎだした。
勿論、一日穿いていたのだから、汚れている。それを僕は……顔に当てた。
「くんくん……ほら、やっぱり臭い。くんくん……ほら。くんくん……」
そう呟きながら、僕は何度も何度も臭いを嗅いでいた。
「くんくん……ほら、こんなに匂う……もっと確かめて……ああ……いい匂いじゃ……?」
僕は愕然とした。
自分の汗と尿の匂いが、「いい匂い」に思えてきて、それが彼女の放った匂いと重なり合って……
いつしか僕は、自分の性器を勃起させていた。
「………………」
信じられないほどに怒張した自分の性器を見おろし、も のすごい速さで脈打つ心臓を感じながら、僕はまた、呆然としていた。
どんなポルノ雑誌を見ても、今までこんな事にはならなかった。
……おそるおそる、僕はそれに手を伸ばした。
びくんっ!
「はっ!」
体中を痺れが走る。
自分の物が……こんなに……痛いほど張りつめたことはない。
僕はベッドに腰掛け、一心に自分の性器をこすっていた。
「あっ……あぁっ……ンッ……はぁぁ……」
傍目には狂態でしかない自分の姿を見たくなかったのか、固く目を閉じた瞼の裏に、彼女の、うっとりとした顔と、足に伝う雫が、何度も何度も、火花のように甦る。そのたびに、ますます僕の性器は張りつめていった。
「あッ……いっ……痛いっ……は……あっ……うっ……はぁぁぁぁっ!!!!」
いつしかベッドに横たわって、がくがくと腰を振り、女のような嬌声を上げながら、僕は自慰にふけっていた。
僕が勝手に想像した、彼女の嗜好と歪んだ快楽が、頭の中をどろどろと満たしてゆく。
堪えきれない興奮と刺激。
僕の中には、数瞬のうちに射精の限界量が充たされた。
いつもならその場で果ててしまっているはずだった。
(ま……だ……よ…………)
頭の中の彼女の、苦痛とも、悦びともとれそうな声が、現実の僕にも伝わってくる。
「う……ぅうっ!!」
想像の中の彼女の苦痛は現実の僕にも伝わり、内側から飛び出そうとするものをも制止させた。
その苦痛を一緒に味わっている彼女も、歓喜の表情で苦痛に悶える。
(そう……、我慢……しなきゃ……。わ……わ……たし……も……くるしい……の……)
妄想の彼女は脂汗をかきながらも、うつろな瞳で僕の事を見守っている。
「は……はぁ……はぁ……」
今にも溢れだしそうな思いを、どくどくと音を立てて、彼女の苦痛に満ちた顔に向かって解放したかった。
幾度となく、そんなやりとりを、想像の中の彼女とくり返す。
次第に意識はもうろうとなる。その替わりに、彼女が内に秘めていた事、訴える事が出来なかった思いが……どす黒い雨雲のようなイメージをとって、僕の中に湧いてゆく。
やがて……
(あぁっ! ウ……ぅんッ!!)
「うわぁぁっ!!」
……彼女がオシッコを吹き出させるのと同時に、すさまじい勢いでもの凄い量の精液をまき散らし、僕は果てた。
「はぁ……はぁ…………あ…………」
果てしない脱力感の中で、僕は妙に醒めた目で思った。
「やっと……わかった……」
そうだ、彼女に感じていた、不思議な感覚は…………。
僕と彼女は、ある意味で共鳴していたのかもしれない。 ……勝手な思いこみと言われればそれまでだけど、あの娘と話をしてみよう、してみたい、と僕は思った。
そして僕は、明日の放課後、校門で待っていようと決めたのだ。
・
・
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僕は待っている。彼女に声を掛けるために。そしてこう言うために。
『一緒に帰りませんか。そして、良かったら貴女のこと、教えて下さい』
……と。
僕はずっと待っている。
ずっと立っていても、疲れない。
暑くも、ない。
お腹も、減らない。
日も、沈まない。
でも、僕は待っている。あの娘を……。