三ツ角(みつつの)鬼娘の力競べ

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これは、昔々のお話。いえ、もしかしたら今かもしれませんし、少し未来の話かもしれません。

ある山間の村には、数年に一度ぐらいに、少し不思議な出来事が起こるのが常でした。
それは、『鬼の子』が産まれることです。そもそもをさかのぼれば、ある一人のはぐれ鬼と、心優しい人間の娘が恋仲になったことが、その村の成り立ちで、村人はみんな、多かれ少なかれ『鬼の血』を継いでいるからだ、と言われています。

しかし、いかに村そのものがそうであっても、多数派はやはり人間です。『鬼の子』を授かった者は、表面的には祝福されますが、あからさまな差別こそ受けないものの、やはりどこか後ろめたい気持ちを持たねばなりませんでした。

ですから、その村で『鬼の子』が産まれたら、両親は、泣く泣くその赤子を、『鬼の山』の麓に、祈りとともに置き去りにするのでした。要は捨てたわけです。

その山には、鬼たちだけの集落がありました。そうです。捨てられた『鬼の子』たちが集まって出来た、もう一つの村です。

鬼、と聞くと、恐ろしい異形の者、という印象があるでしょう。でも、その『鬼の村』に住む鬼たちは、別に人間を襲って食べるわけでもなく、むやみに戦を仕掛けてきたりもしません。どの鬼も、男鬼も女鬼も心優しく、人間と同じように田畑を耕し、牛や馬を飼い、普通に生活していました。

見た目も、ただの人間と、ほとんど変わりがありません。そりゃあまあ、みんな多少はいかつめの面持ちをしていますし、耳も尖っていれば、牙だって、角だって生えています。でも、見た目と心が食い違ってることなんて、人間でも珍しくない話です。

習わし的に変わっていることがあるとすれば、そこはやっぱり鬼ですから、集落の中での序列を決めるのは、一種独特かつ、とても単純でした。それは、すばり『力競べ』です。

腐っても、と言うと少し変ですが、仮にも鬼です。みんながみんな、生まれながらにして大変な力持ちで、その力こそが、全てでした。

村の決まりは、至って単純。四年に一度、村中の鬼が集まって、重さにして米俵の二倍はある岩を、どれだけ長く頭の上に挙げられるか? それを競うのです。

一番力持ちの鬼は、次の『大会』が始まるまで、村の長になります。でも、だからって、いったん頂点にたどり着いたからと言って、独裁的になったり、他の鬼たちを無駄に虐げたりはしません。

長に求められるのは、麓に新しく捨てられた『鬼の赤子』を引き取って村に迎え入れることと、時々麓の村からこっそりやってくる人間の夫婦、はい、そうです、捨てた我が子の安否を知るためですね、その『たまの来客』をもてなすことだけです。

ただし、役目がどうあれ、長になることは名誉です。なので、どの鬼も、暇を見つけては鍛錬に勤しむのが、至って当たり前の村の風景でした。

さて。前置きが長くなってしまいました。ある年のことです。鬼の村が、ちょっとした騒ぎになりました。なぜかと言うと、長が新しく迎えた『鬼の赤子』が、三本の角を持っていたからです。ちなみに、女の子でした。

鬼たちに生えているのは、一本か二本の角。三本の角を持つ鬼なんて、全くいません。村の歴史をさかのぼっても、です。

「こりゃあ、大物になるぞぉ」

一人の男鬼が、感心気味に言いました。その珍しい女鬼の赤ちゃんは、三本の角にちなんで、『トモエ』と名付けられました。

トモエは周囲の優しさに包まれて、すくすくと育ちました。ちなみに、鬼の過ごす時間というのはとてもゆっくりしています。具体的には、人間が三年過ごすと、やっと一つ歳を取る、という塩梅です。

そして、やはりと言うべきか、トモエの素質には素晴らしいものがありました。ほんの童女の頃、まあ、人間で言えば十歳前後ぐらいと思ってください、その時にはもう、大の大人鬼が頑張ってやっと持てる重さの岩を、難なく持ち上げてみせました。

そこへ持ってきて、トモエは日々の鍛錬にも熱心でした。彼女の育てのおっとさんとおっかさんが勧めたせいもありますが、毎日、とても頑張りました。

やがて、さらに月日が経ち、トモエは見目麗しい乙女に成長しました。腰まであろうかという程長く伸ばした黒髪に、くりりとした愛らしい目、すっと筋の通った小さな鼻に、ぽってりとした厚みのある、艶っぽい唇。くびれるところはくびれ、出るところはしっかり出ている体つき。そして額には、誇らしげな三本の角。

誰がどう見ても『べっぴんさん』であり、それでいて、今や村一番と言っていいほどの力持ちなのですから、惚れる男鬼の一人や二人はいても、全然不思議ではありませんでした。実際、交際や結婚を申し込む者も、結構いました。ですがトモエは、どんな男鬼からの求愛も、断り続けました。

話は前後しますが、例の、四年に一度の力競べ。参加資格は、『十五歳以上(当然、鬼の年齢で、です)』となっており、十七歳になったトモエも、次の大会に出られる資格を得ました。

村中の鬼たちが、期待をしているのが、さすがのトモエも分かりました。ですが彼女には、積極的にはなれない、ある事情がありました。

それは、お下(しも)がとても弱いことです。トモエ本人と育ての両親しか知らないことですが、彼女は、お年頃にしてなお、おねしょが治ってないのです。今まで何度、布団に湖を描いて、自己嫌悪に陥ったことか!

当然と言うべきか、日々の鍛錬の時も、持ち上げる石が重ければそれだけ、力んだ拍子に漏らしてしまっていました。しかし、トモエは努力家でした。鍛錬の上にさらに鍛錬を重ね、尿意を辛抱できる時間を、少しずつ延ばしていきました。偉いですね。

それと、もう一つ。トモエが他の男鬼からのアプローチを断り続けているのには、きちんとした理由がありました。それは、既に彼女には、好きな異性がいたからです。

名前は、タク、と言います。角が一本の、とても細面ではありますが、ただでさえみんな優しい鬼たちの中でも、ひときわの慈しみの心を持っていました。トモエとタクは幼い頃からよく一緒に遊び、トモエは当たり前のように、

「わたしは、将来は、タクと一緒になるんだ」

と、信じて疑っていませんでした。それぐらい、タクのことが大好きでした。けれど、トモエが力をつけていくに連れ、彼の態度はどこかつれなくなり、最近では、目すら合わせようとしてくれませんでした。トモエはそれがなぜなのか、まるで分からず、寂しさを募らせる一方でした。

余談ですが、あんまりにも寂しいものですから、近頃のトモエは、夜になると決まって、タクのことを想いつつ、一人で慰めるのが癖になっていました。そして、気を遣ってしまうと、粗相をするのがお約束でした。いけない、こんなみっともない姿を、大好きな彼の前で見せるわけには……! それが、トモエが力競べに出るのを渋る、一番の理由でした。

けれど、力競べの日が近づくに連れ、周囲のトモエへの期待は高まる一方でした。仮に辞退したところで、誰も責めはしません。しかし、おっとさんとおっかさんの面目のことを考えると、トモエには、出ない、という選択肢は、もはやなくなっていました。

そしてとうとう、四年に一度の力競べの日が来てしまいました。トモエは、腹をくくりました。

村の広場。村鬼一同がぐるりと輪になって、その中央には、大きな岩。先に述べた通り、米俵二つ分はある巨岩。何人かの鬼が、挑戦しました。みんなそこそこの記録を出しましたが、やはり、村鬼達の期待は、トモエに集まっていました。

「次は、わたしが行きます」

ついに、トモエが名乗りを上げました。長い髪を上に結い、上半身はサラシ一つ。下半身はふんどし姿で、いかにもやる気満々のようでした。でも、彼女の内心は、不安でいっぱいでした。

持ち上げること自体は、そんなに難しくない。でも、長い間、あの岩を頭上に挙げ続けていれば、当然下っ腹に響く。漏れてしまう可能性は、とても高い。

ごくり、と、トモエは喉を鳴らしました。かなり緊張していました。それこそ、今この場で粗相をしてしまいそうな程に。

「(ええい、ままよ!)」

トモエは半ばヤケになって、巨岩に歩み寄りました。一同の視線を感じます。

「むっ……ふんぬぁっ!」

そしてトモエは、巨岩を抱え、持ち上げました。どよめきが起きます。そのまま、岩を頭上へ、いっぱいに腕を伸ばします。

「一! 二ぃ! 三っ! 四ぃ……!」

記録係の鬼が、数を数えます。確か、今までの最長記録は、十(とお)だったはず。なら、それを二つか三つ上回れば……!

「(はぅっ! あ、や、だ、だめぇっ……!)」

予想通り、猛烈な尿意がやってきて、トモエのお腹は、もうはちきれそうでした。そうです。『溜め込む』訓練は出来ても、肝心の『出口』そのものは鍛えられっこないんですから。

「八ィ! 九ゥ! 十ォッ! 十一ィ! 十二ィ!」

トモエに聞こえたのは、「じゅうさ」まででした。限界でした。次の瞬間、

じょばぁあぁあぁあぁあぁあぁ……!!

鉄砲水のような勢いで、トモエの股間から、小水が吹き出しました。同時に、頭が真っ白になっていきます。排泄の快感で、岩を持つ力など保てようもありません。

ざわ……と、村鬼たちのどよめきが聞こえます。別にトモエは、みんなに笑われることぐらい、どうってことはないのです。真っ先にトモエの脳裏をよぎったのは、他の誰でもなく、タクの顔でした。ああ、タクにも見られた。こんな晴れ舞台で、こんなみっともない姿を晒して、わたし……きっと、嫌われただろうな。もう、合わせる顔なんてないな。でも、どうせ……。

「ああ、わたし……ばかだったなぁ……岩に潰されて、死んじゃうんだ……」

ぐらり。トモエは体勢を崩しました。じょろじょろと、なおも吹き出す小水の生暖かさを感じつつ、トモエは、「さよなら、タク……」と、心の中でつぶやきました。そして、やけにゆっくり落ちてくるように見える、頭上の岩を見た時でした。

「トモエーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

まさしく、弾かれるように飛び出してくる影がありました。

「きゃっ!?」

次の瞬間、トモエは突き飛ばされていました。そして、ずしぃん!! と、岩の落ちる音。

「うがあッ!!!」
「えっ!? た、タク!?」

そう。トモエを突き飛ばしたのはタクでした。見ると、タクは、完全に岩の下敷きになり、周囲には血しぶきの花が咲いていました。トモエの小水は止まっていました。急いで、タクのそばに駆け寄ります。

「タクッ!! タクぅっ!! く、こんのぉっ!!」

トモエは、タクを潰した巨石を、まさしく虫でも払いのけるかのように、渾身の張り手一発で転がしてどけてしまいました。恐るべきは、怒れる鬼です。

とは言うものの、まさか、男鬼が全力で持ち上げるのがやっとの巨岩を、女鬼のトモエが片手で動かしたのには、村鬼達も、揃って口をあんぐりさせていました。

「タクっ! しっかりして、タクっ!!」
「無事だったか、トモエ……良かったぁ……。しかし、思ってたより、痛ぇなぁ……」
「ど、どうしてこんなっ!?」
タクを抱きかかえ、ぼろぼろと泣きながら問うトモエに、彼は、ニヤリと微笑みました。
「決まってらぁ……俺がトモエを助けねぇで、誰がやるってんだよ……。いいや、他のやつが出来たとしても、俺は譲りたかねぇな……だってよぉ、俺は、トモエが……」
そこで、タクの言葉が途切れ、目が閉じられました。
「……タク? ねえ、タクっ!!!」
愕然とするトモエ。死んだ。大好きなタクが。わたしのせいで……!!
悲しみの嗚咽を漏らし続ける彼女でしたが、そこへ、長がやってきました。
「案ずるでない、トモエ。タクは、気を失っただけじゃ。忘れたか? 我ら鬼は、生半可なことでは死なぬのだぞ? これぐらい、かすり傷じゃて」

「そ、そういえば……」
トモエは、自分の早とちりを、たいへん恥じました。同時に、タクが死んでいないことに、心底安堵し、その脱力ついでに、お腹に残っていた小水が、ちょろちょろとまた漏れました。

「ありがとう、タク……。好きよ……」
トモエは、気を失っているタクの唇を、そっと自分のそれで塞ぎました。そして、今度は喜びで、ぽろぽろと泣きました。

ぱち、ぱち、ぱち……
誰かが、手を叩きました。そのさざなみは、あっという間にうねりとなり、大喝采になりました。トモエはただ、まだ泣きながら、愛しの彼を、ずっと胸に抱き続けていました。

その後。力競べの優勝は、文句なくトモエだったのですが、彼女は、次期の長の座を辞退し、二番目に優秀だった男鬼に、その権利を譲りました。

トモエはひたすらにかいがいしく、タクの看病をしました。そりゃあもう、タクが、
「嫁かよ!?」
などと言ったものですから、逆にトモエは、
「違ったの!?」
と衝撃を受け、
「あ、いや、そういうわけでもなくてだな?」
なんて、あわててタクが繕うなどという一幕もありました。

とにかく、タクが回復して歩けるようになるまで、それほどの日にちはかかりませんでした。
もうほとんど大丈夫だろうと思えるようになった頃、タクが、トモエを、村で一番見晴らしのいい丘に連れて行きました。そろそろ、夕暮れと言った頃合いでした。
特に言葉なく、美しい夕暮れを二人で見やる中、ふと、タクがトモエに向き直りました。
「……トモエ」
「なあに?」
トモエが小首をかしげると、タクは、真っ赤な顔で、しどろもどろになりながら言いました。
「お、お、お、お前の粗相は! これから! 俺だけのものにすっからな!? いいな!!」
それは、すごく遠回しではありましたが、誰がどう聞いても、愛の告白でした。トモエだって、その言葉の真意が分からないほど、鈍くはありません。
「……そうして、ね?」
トモエも、耳まで真っ赤になって、目をうるませながら答えました。幸せで、胸がはちきれそうでした。どちらからともなく抱きしめ合い、二人は、長い長い口づけを交わしました。

かくして、鬼の村で新たな夫婦(めおと)が誕生しました。
その後の二人は、色んなお汁にまみれながら、目いっぱいの愛を交わし、末永く幸せに暮らしましたとさ。

おしまい。

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