上級立ちション講座2 二人で相談

光かがやく天使のしずく
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「いっただきまーす!」
「うん、結構美味くできてるな……。どうだ? ゆーき」
「うん! すっごくおいしいよ!」
「はははっ……それはどうも……」
ニコニコ顔でうなずくゆーき。あんまりいい顔で笑う物だから、多少行儀が悪くても、許してしまう。何にせよ、いつも美味そうに飯が食えるってのは、いいことだ。
「ほれ」
「あっ! ありがとう!」
勢いよくチャーハンを食べるゆーきのそばへ、熱い玄米茶をいれてやる。
「あちちっ……ふぅーっ……ふぅぅーっ……」
「ふふっ……ホントに美味そうだな」
「へへっ……うん!」
笑いあいながら、俺自身もメシが進む。しばらく、無言でチャーハンとお茶をかき込む俺達だった。

季節はすっかり秋。全開にした窓からは、暑すぎず、寒すぎずの風が吹き込み、日差しも、いい具合に角が無く、チャーハンの付け合わせとしては、ちょっと贅沢なほどだった。
「おかわり、あるぞ」
「はーい! おねがいしまーす!」
俺達、特にゆーきには、『食欲の秋』が一番ピッタリのようだ。



「ごちそうさまでしたーっ! はーっ……おいしかった!」
「ハイ、おそまつさま、ってな……」
それからさらに二人の食は進み、結構な量を作ったはずのチャーハンも、残らず胃袋に収まってしまった。
「おっと、片づけも俺がやるぜ。オマエは、ゴロゴロしとけって」
「えっ? いいの?」
「ああ。せっかくの休みだ。いつもやってもらってばっかりだからな」
「はーい! じゃあ、そうさせてもらいまーす!」
言われたとおり、ころん! と転がるゆーきを少し笑ってから、俺は、洗い物と片づけを済ませていった。

「はぁ……やれやれ、終わりっと……」
一通りを終え、どっかと腰を下ろす俺の膝に、ゆーきの頭がちょん、と乗ってくる。
「お疲れさま、潤一さん!」
そして、軽く息を着く俺を、下からのぞき込んで言う。いつ見ても、いろんな、ホントに良い表情をしてくれるぜ……。
「だから、気にするなって、な」
「えへっ……」
くしゃくしゃと、そのショートカットの髪を撫でると、嬉しそうな声が答える。
「はぁー……ボク、お腹いっぱいだなあ……いーきもちぃ……」
「ふふっ……」
本当に満足げに動くゆーきの頭を、俺は、倒れ込んだ自分の腹のあたりにのせてやった。
「わっ……あははっ……! 潤一さんのお腹、むにむにー! おもしろーい!」
「こら、あんまり頭を動かすな……! さんざん喰ったばかりなんだ……から……っぷ……」
悲しいかな、学生時代に比べてちょっと筋肉が落ちているようだ。ゆーきは、そんな俺の腹の上で、頭をグリグリ動かして、一人面白がっている。
「むにむにむにむにーっ! あははははっ! ……きゃっ?!」
「調子に乗るな! それっ!」
「ひゃっ……きゃ……あはははっ!! くっ……くすぐったいよぉっ! じっ……じゅんいち……さ……やっ……やめ……あははっ!!」
俺は、にゅうっと手を伸ばし、ゆーきを身体ごとたぐり寄せ、思いっきりくすぐりに掛かった。感度が良い分、くすぐったがり方も、結構なもんだ。
「そらそらそらそら! こちょこちょこちょこちょーーっ!」
「うひゃはははっ! はっ! あはっ! あははっ! こっ……降参、降参だよぉ……! あははっ! はっ! はひっ……!!」
「っと……ちょっと、やりすぎたかな? すまんな、ゆーき」
「はあっ……びっくりしたぁ……。ちょっと休憩……っと……」
「おっ……」
荒い息をついていたゆーきが、今朝目覚めたときのように、俺に覆いかぶさってきた。
「はぁ……ふぅう……うふふぅ……」
ちょっぴり驚いたような笑顔と、ほんのうっすらと滲んだ汗、俺の上で上下する、小さく、だが柔らかな、女の子の身体……。
「潤一さん、タマネギくさぁい……」
「オマエもな……。どっちがたくさん喰ったっけ?」
「あははっ!」
「お互い様、だろ?」
「んっ…………」
「…………」
俺は、その背中をゆっくり撫でながら、しばらく、二人して折り重なっていた。

それからしばらく、まどろみのデザートを喰いながら、俺は考えた。
このまま、ゴロゴロしていちゃつくだけでは、いつもの休日の過ごし方だ。
だが今日は、飛び石連休を、社員旅行の振替休日で埋めた四連休。その二日目だ。
「(この間の社員旅行の時には、コイツに寂しい思いをさせちまったからな……思いっきりお返しをしてやらないと……)」
ちなみに、『お返し』の一部は、昨日やった。ああ、昼間からな。散々。
……内容は、想像に任せる。だから今日は、昼まで寝てたんだ。腹も減って、しかるべき、だ。腰もまだ少し痛い。

「……って! こら、ゆーき! しつこいぞ……!」
「えへへ……お腹むにむに……おもしろーい……」
ゆーきは、俺の隣に移動した後も、いまだに俺の腹を手でさすっている。……くすぐったい……。
「(しかし、悲しいかな、ホントに太ってきちまったかもな……。どっかまた、遠出すっかなあ……。秋か……この間の夏は、海だったよな。ってことは……)」

「よしっ!」
「わっ?!」
俺は、勢い良く跳ね起き、目をぱちくりさせるゆーきを背に、本棚の中をあさり始めた。
「お、あったあった!」
「なになに? 潤一さん?」
「これだよ」
机を部屋の真ん中まで戻し、本棚から取り出した地図を拡げる。
「ゆーきよ、山に行こうと思うんだが、どうだ?」
「えっ?」
「せっかく、長い休みがあるんだ。いい天気だし、遠出しようぜ?」
「うわぁ……! どこ?! ねえ、どこどこ?!」
俺の顔と地図を見比べていたゆーきの瞳が、みるみるうちに輝きを増す。俺は続けた。
「まあ、正直、金もあんまりないことだしな。近場になるが……ここだよ」
俺の指は、ビジネス街の市を指し示し、そこからずっと北上して……ある山にたどり着いた。俺達の住んでいる辺りからは、電車やらケーブルカーを乗り継いで、三時間は掛かるところだ。
おっと、ケーブルカー、と聞いて、俺とゆーきが出会ったあの山を思い出す人もいると思うが、あそこと、今回の目的地は、全くの逆方向だぞ。こいつと出会った山は、どちらかというと都会的なイメージがあるが、こっちは、田舎の趣だ。昔行ったことがあるんだが、神秘的な印象さえある所だ。

「ふーん……おもしろそうだね! あ、でもぉ……冬山だったら、もうちょっと面白かったかもなあ……」
「なんで冬山なんだ?」
訊き返した俺に、ゆーきは、突然、大げさにうめきながら言った。
「たいちょー!! 自分は、自分はもうダメです! 眠くなってきましたぁぁっ!!」
……どうやら、小説なんかで良くある、雪山遭難のワンシーンらしい。最近、読んだんだろうか? ……ちょっと合わせてやるか……。
俺は、ゆーきと同じぐらいの大げさな声で答えた。
「眠るな! 眠ると死ぬぞぉぉっ!!」
「たいちょー! 自分は、自分は息ができません! マウス・ツゥー・マウス、人口呼吸をぉぉっ! んーっ……」
ゆーき隊員は、そう言って目を閉じ、俺に唇を突きだしてきた。

(ちゅっ)

「んむっ?」
「息の出来ない人間は、そこまでしゃべらないぞ?」
「へへ……ばれたか……」
唇の代わりに突っ込んだ俺の指を、残念そうに少ししゃぶってから、照れ笑いを浮かべるゆーき。
「とっ……とにかく、今から準備をして、明日の朝、出ようと思う。いいか?」
「はーい!」
「よし。じゃあ、今から買い出しに行くか!」
「了解であります! たいちょーっ!」
びしっと敬礼をするゆーき。……なんか、ごっちゃになってる気がするが、別にいいか。

「(それにしても……しゃぶられた指がやけに気持ちよかったな。あいつの舌使い、巧くなったなあ……。って、また何を思い出してるんだ、俺!)」
ゆーきのだ液に光る自分の指が、ほんのわずかに、窓からの秋の陽を反射した。
「…………」
そのきらめきに、俺は、さっきの微笑ましさとは別の、ちょっと……いや、結構意地悪な笑いをこぼした。もちろん、買い出しの準備をするゆーきには気付かれないように、ごく、そっと……。

それから俺達は、ちょっとした買い出しに出ることにした。
まあ、山登りと言っても、ごく緩いハイキングコースを行くだけだから、そう大した物は必要ない。せいぜい、弁当を作るための食材や、水筒、ゆーきのリュック……そのぐらいだった。
「ねえねえ、潤一さん! ピッケルとザイルはいらないの? 後、スパイクとか! あ、この保存食とか面白そうだよ!」
アウトドア用品のコーナーで、ゆーきはいつものように目を輝かせながら、あれこれ手に取り、指さし、俺に勧めてくる。俺は、少しあきれて言った。
「……だから、本格的な登山をするんじゃないって言ってるだろ? 気軽なハイキングだって」
「じゃあ……」
「おっと、冬になっても行かないぞ。そういう小説を読んだんなら、想像できないか? 楽しさうんぬんは別にして、俺達に出来るかどうか」
「……えっとぉ……」
大きなスパイクを持ったまま、天を仰ぐゆーき。じっくり想像してるようだ。
「……ごめんなさい、潤一さん……」
結果、どうやら怖い考えになってしまったらしい。ゆーきは、泣きそうな顔でぽそり……とつぶやき、ついには、ひしっと俺にしがみついてきた。
「考えすぎたよ、まったく……」
ゆーきの頭を撫でながら、俺は、苦笑いで答えた。

ともあれ、買い出しも無事に終わり、俺達は、家へと戻った。

(くいくい)

「……ん?」
夜。布団に潜り込み、まどろみから眠りへ落ちていこうか……というその時、パジャマのソデがひっぱられる感触がした。
「じゅんいちさん……」
隣を見ると、豆電球に照らされた、不安げに俺を見つめる、二つの瞳があった。
「いいよ。おいで」
「うん……」
もそもそと、俺の布団の中に潜り込んでくるゆーき。
今から抱こうって訳じゃない。色々あって、コイツは、夜が怖いんだ。だから、時々俺の布団に潜り込んで来て、俺にしがみついて眠る。俺の心音を聞いていると、安心するんだそうだ。……こういうところが、可愛くてたまらない、と思う。まあもっとも、眠ってしまえば同じで、今朝のような寝相になるんだけどな。眠れないまま朝を迎えるより、ずっといい。特に今日は、買い出しの時に怖いことを考えてしまったからだろうか、その細い身体は、微かに震えていた。……なおのこと、愛おしいと思う。
俺はゆーきをしっかり抱いたまま、ゆっくりと眠りの縁へ滑り落ちていった……。

つづく

 

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