「ぐーー……」
翌日。俺達は、クーラーをガンガンに効かせた部屋で、何度目か解らないガ行の音を唸りながら、再びイモムシになっていた。正直に言おう。原因は、日焼けと、筋肉痛だ。うかつだった。日焼け止めを持っていくのを忘れ、あれだけ遊んだんだ、焼けて当然だ。さらに、ゆーきを助けに行くときに、無茶な泳ぎ方でもしたんだろう、こわばりきった筋肉は、ぴくりとも動かなかった。
「あーー……うーー……」
一方のゆーきも、初めての日焼けに目を白黒させながら、イモムシ2号と化していた。……しまったな、変にシミになったりしなけりゃいいのだが……。
当然というわけでもないが、こんな状態では、仕事に行けない。行けても、できない。よって、この通り休んでいる。余談だが、欠勤の連絡をするとき……
「あ……あのぉ……どもべ……でず……おばよう……ございまず……」
やたらと濁点の多い声で話してしまった俺に、
「どうしたの、友部さん?!」
電話に出た同僚は、思い切りびっくりした声で答えた。
「あ……田中が……おばよお……。い……いやぁ……ごべん。ぎょう、がらだ、うごがんがら、やずむわ……ががりぢょうに、よろじぐ……」
「わ……わかった。伝えとくよ。おっ……お大事に……」
別に、迫真の演技で会社をだませた! ……なんて事を言おうとしてるんじゃない。同僚の反応が、必要以上にびびりまくっていたんだ。……こりゃ、出社したときに、どんな不治の病にされてるか分からんな……いや、この黒い顔で行けば、分かるか。で、欠勤理由を質(ただ)されたしかる後に、鬼係長の雷が二、三発……って所だな。
まぁいいや。今は……この苦痛に耐えるほか無いんだ……とほほ……。
「うーー……」
ふと、同じく転げ回るゆーきと目があった。はっきり分かるほど、ゆーきも日に焼けている。
「センセ、顔、黒い……」
「お前もな……」
互いに、クスクスと笑い合う。が、苦痛のため、それも力無い物になる。
「でもね、先生……」
「ん?」
日焼けで突っ張る顔に、いつもの満面の笑みをたたえて、ゆーきが言った。
「ボク、楽しかったよ!」
こいつは、気持ちがすぐ顔に出る。だからこの言葉も、嘘ではなくて、本当だ。……嬉しいこと言ってくれるぜホントに……。
「ゆーき、来い来い」
「?」
寝転がったまま、俺は手招きをした。言うとおり、ころころと転がってくる。
そして俺は、そっとゆーきを抱いて言った。
「さんきゅ、ゆーき。……でもな、一つ、帰ってきてから、忘れてることがあるぜ」
「なになに?」
腕の中で俺を見上げる目に、俺は、ちょっと照れながら言った。
「その……あん時……俺を、『先生』じゃなくて、名前で呼んだだろ? これからも……そうしてくれないか?」
『あん時』が『あん時』だったため、思い出されて恥ずかしい。柄にもなく、赤くなってしまう。
「あ……」
同時に思い出したのか、腕の中の目も大きく見開かれ、顔が赤くなっていく。
やがて……
「じゅん……いち……さん」
もじもじと、こもった声が腕の中で聞こえた。
「ん?」
そこを、わざとうながしてみたりなどする。
「うん! わかったよ! 潤一さん!」
今度は、いつもの元気な声で返ってきた。
「よろしい!」
それを聞いて俺は、ゆーきのおでこに、ご褒美のキスをあげた。
おしまい