たちにょは人のためならず?

ニセ児童文学叢書
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「調査は進んでいるか?」
「はっ……行為と結果の因果関係は判明しましたが、阻止方法まではまだ……」
ごく限られた生徒しか知ることのない秘密の会議室。数人のメンバーが深刻そのものの顔つきで会議を行っていました。議長らしき男が続けます。
「我々には時間がないんだ! 彼はもう、三年生になっているんだぞ! 彼の性質上、留年をさせるわけには行かないんだ! もう一度確認する。リミットまで、あと何回だ。出せ」
その声に答えて、別の女性は一層沈痛な表情になりましたが、渋々といった感じで、コンソールのキーを叩きました。
「…………」
画面に現れたのは絶望的な結果のみ。怒鳴られた幹部は口をつぐむしかありませんでした。
「何回と読める?」
アンタこそ、何回同じ事を言ってるんですか、イヤミですか……そんな不満をぐっと堪えて、彼は声を絞り出しました。
「あと……一回です」
「そうだ、あと一回だ!」
ほとんどお決まりのように机をばんっ! と叩いて、彼は立ち上がりました。
「いや、いらだっても仕方がないか……とにかく、警戒態勢を厳重にして、構造の調査に全力を挙げろ! 猶予はない! 諸君の速やかなる行動を期待する! 以上、解散!!」
緊迫した空気とともに、その場にいた者達は各自の持ち場へと散っていきました。
「……僕は、現状の維持で良いのですか?」
ふと、それまで一言も発言しなかったあるメンバーが、抑揚のない声で議長に訊きました。議長は、彼を信頼しきった目で見つめて「そうだ、よろしく頼むぞ」と言いました。

「はあ……」
部活の始まったテニスコート。館 翔子(たち しょうこ)さんは何十回めかのため息をついていました。先輩達の指導する声もつつぬけで、彼女は一つのことばかり考えているのです。「ああ、こんなはずじゃなかったのになあ……」と思ってみても、やっぱり身の入らないことには変わりません。ああこんなはずじゃなかったのに、もっと一生懸命部活に打ち込むはずだったのに……どうして……。入学して一ヶ月、何百回同じ事を考えたでしょうか。
「あっ! 館さん危ないっ!!」
「……えっ?」

ぱっかーーーんっ!!

やけに小気味のいい音と共に、頭に硬い衝撃が来て、館さんはへなへなと倒れてしまいました。そう言えば、今自分はラリーをしていたのでした。『悩むか動くか、どっちかにできればいいのに。こんな中途半端なことだから、いつまでも踏ん切りがつかないんだ。でも……』気を失う最後の最後まで、館さんはめそめそとした気分でいるのでした。

「だいじょうぶですか、館さん?」
戻ってきた視界に入ったのは、保健の先生でした。仁王堂 好子(におうどう よしこ)という、ものすごくいかつい名前の先生ですが、気だてはとっても良く、みんなにはすごく人気があるのでした。
「すいません、先生……」
「いいですよ、無理をしなくて」
そう言って好子先生は、起きあがろうとする館さんを手で制しました。寝直しながら、ここにかつぎ込まれた理由を思い出し、どうしても館さんはしゅん……としてしまいます。そこへ、いつの間にかくだけた調子になっている好子先生の声がしました。
「なにか、悩んでない? 見たところ、恋の悩みってところかしら?」
「えっ……!?」
そのものズバリをいきなり指摘されて、館さんはぎょっとしました。
「すごく、分かりやすい顔してるわよ。うふふ……」
大きな眼鏡の奥、少し小じわの走った目がいたずらっぽく笑います。おかげで館さんは、すっかり恥ずかしくなってしまいました。これが、好子先生の人気の秘密です。保健室を訪れる生徒は、必ずしも体調が悪い人ばかりではありません。色んな事で悩んでいる人がほとんどと言ってもいいでしょう。どこの学校でも、保健の先生はそういうカウンセラー的な役目を負っていますが、この好子先生の場合は、それがとても際だっているのです。どんなちっぽけな悩みもよく聞いてくれて、適切なアドバイスをくれるのです。おまけに物腰にいやみなところが少しもないので、いまのようにずばりと心に踏み込まれても、みんな、嫌な気持ちはちっともしないのでした。
「お相手、当てて上げようか?」
にこにこと館さんの顔をのぞき込む好子先生。まるで、自分だけの秘密の宝物を持っている小さな女の子のようです。館さんはいよいよ恥ずかしくなって、「うぅっ……」とうめきながら、耳まで赤くするしかありませんでした。
「三年の、瀬木君……でしょ?」
「ーーーーーっ!!」
もう館さんときたら、掛け布団の中に潜りきって身体を丸め、もがもがとうごめくきりです。でも、指摘されたのが嫌なんじゃあありません。確かに恥ずかしいです。すごくすごく恥ずかしいのですが、瀬木先輩のことは考えていたいのです。言って欲しくないけど言って欲しい。秘密にしておきたいけど知って欲しい。相反する気持ちがそれはそれは激しく渦を巻いて、館さんはそのまま、布団の闇の中にとろけ込んでいきそうでした。まったく、乙女心は複雑です。

「でも彼、人気あるわよねえ……」
「…………」
布団の中の館さんが、ぴたりと止まりました。そうです。そこが一番の問題なのです。瀬木先輩は、成績優秀スポーツ万能、人当たりもよく、男女を問わず、彼を嫌う人なんていません。でもなぜか特定の彼女がいるという話はさっぱり聞かず、お付き合いしたいという人も男女問わず山ほどいます。そんな瀬木先輩は、せいぜい真面目さぐらいしか取り柄のない館さんには、遠すぎる憧れの人なのでした。

「それでも、何とかチャンスはないかなって、思ってない?」
「…………」
どうして好子先生は、こうも自分の気持ちを読むのがうまいのだろう? 魔法使いか何かなんだろうか? そんな突拍子もない事さえ頭に浮かぶほど、館さんは布団の中で驚きました。
でも、確かにそうです。かなわぬものほどすごく焦がれてしまうのは、人の常というもの。ひとめ見かけたその日から、好きで好きで仕方がないのです。今までだって、どれだけ瀬木先輩に寄り添う夢を見たか知れません。その夢を思い出すと、館さんはとても悲しくなって、布団の中でまたしくしくと泣いてしまうのでした。
「ねえ、館さん。あなた、おまじないとか、ジンクスとか、信じる方?」
「……??」
突然、好子先生は変なことを言いました。館さんはわけが分からず、べそ顔を布団からひょこっと出しました。すると、目の前に先生の顔があったので、館さんは「きゃっ……」と息を飲み込んで、そのまま固まってしまいました。
「この学校に昔から伝わる、恋愛成就のジンクス。……聞きたい?」
もこもことしたくせっ毛から、ふんわりと香水の匂いがします。その香りにつられるように、館さんは「はい……」とうなずきました。

「よし、揃ったか。各人、結果を伝えてくれ」
それからしばらくの日が経ちました。場所は再び秘密の会議室。議長が調査の終わったメンバーを前にして、緊迫した面もちでいました。
「一点、ありました」
余計な前振りをつけず、一人が言います。「続けろ」という声の終わらないうちに、彼は報告をし始めました。
「保健の仁王堂教諭が、一人の女子生徒に教えていました」
「なんだ、それぐらいはよくあることだ。実行の確率でもあるのか?」
「そこです。不思議なことにその生徒は……例の『能力』の影響が見受けられないのです」
「ばかな……?!」
「確証はありませんが、よほど思念が強いのか……ともあれ、その生徒の性格を調査しました。よく言えば極めて真面目、悪く言えば熱中のあまり自ら視野をせばめやすいタイプです。その他のデータをかんがみて計算しましたところ、あのジンクスを実行する確率は……95%以上と出ました」
「なんてこった……!」
頭を抱えてうめく議長。やがて、一筋の光明を思い出したかのように言いました。
「まてよ、相手はやはり……」
「そうです」
うなずきあう二人の視線が、対面に座る別の男子生徒に注がれました。
「瀬木。お前から動いてもらう。なんとか、阻止してくれ」
「……分かりました」
瀬木君は静かにうなずくと、音も立てずに席を立ち、部屋を出ていきました。
「瀬木、お前が最後の望みだ……」
議長がつぶやいた言葉は、その場にいたみんなの思いでした。

「えぇえぇーーーっ?!?!」
それからまたしばらく。部活のために登校してきた日曜日。館さんは、ほんとうに腰を抜かして驚いていました。
だって、下駄箱に手紙が入っていたのです。それも、瀬木先輩から!

『館 翔子さんへ
ぜひお話ししたいことがあります。
屋上まで来て下さい。待っています。
瀬木 規孝』

館さんは、一気に体の芯までぽうっ……と熱くなってしまいました。それというのも、好子先生から教えて貰ったジンクスは、あんまりにも奇妙すぎて、どうやって実行しようかずっと悩んでいたからです。でも、向こうから来てくれるとなったらもう何も心配することはありません。このジンクスでとどめを刺しちゃおう……! 館さんの後ろに、ごうごうと燃えさかる炎を見ていただければ幸いです。
「よおし……!」
館さんは、これから部活であることも忘れて、テニスウェアのままで屋上へ駆け出しました。いくら真面目な館さんと言えど、瀬木先輩の呼び出しは何にも優るのです。だからちょっぴり、心の中で『クラブの先輩、顧問の先生、ごめんなさいっ!』とつぶやくにとどめました。

「…………」
屋上の一角に立ち、瀬木君は考えていました。
もうすぐ彼女が来る。でも、どちらかというとゆううつだ。いよいよ、自分が持つ『能力』のリミッターを外さなくてはいけない。そうすれば、目標の館翔子は、瞬時に、僕が彼女に揺るぎ無い絶対の恋愛感情を持っていると思うようになるだろう。相思相愛、運命の二人と認識し、あのジンクスなど、おこなう気もなくすだろう。

女子の間だけで広まっているというあのジンクス。『どうしても振り向いてもらえない好きな男の子がいるときには、屋上のある一角に彼を呼びだし、そこで立ちションを見せること』……まったくばかげている。だが、それはとんでもない導火線だった。

この校舎には、おそるべき仕掛けがしてあったのだ。ジンクスの示す屋上のポイントこそ、導火線の着火口。火となりうるのが、それは、ある一定の高さから落下する、ある液体だ。一定以上のアンモニア濃度を持ち、一定以上の塩分その他諸々を含む液体……つまりは、女子生徒の、立位にて行う尿の排泄行為。女の子の立ちションなのだ。

過去数回のデータを見せて貰った。なるほど、そのジンクスを行ったカップルは、例外なく結ばれている。だがしかし、それも超常的な理由ではない。おそらく行為に信憑性を持たせるためだろう、『導火線』が燃える見返りに、尿に反応したタイルから、一種の持続性フェロモンが滲み出ていたのだ。おかげでじわじわと行為は繰り返され……僕が今、ここにいるのだ。最後のジンクス実行を阻止するため、この学校に送り込まれた改造人間。裏生徒会のメンバーによる仕掛けの分析が終わるまで三年の時間を稼ぐため、つねに全校のある程度の好意を集めるように『義務づけられた』のが、僕なのだ。

「しかし、待てよ……」
そこで、瀬木君ははたと思い返しました。常日頃から、自分はみんなに、あのジンクスを行わないよう集団催眠をかけているに等しい。じゃあなぜ、館翔子だけ、それが効かないのだ? それほど、彼女の思念……自分に対する思いは強いのか?

「ばかな……僕がそれほど……真剣に想われているだと……?!」
そう思うと、瀬木君は無性に胸がどきどきしてくるのでした。会議室のモニターで見た館さんの顔が頭をちらついて、くらくらします。それは、ずっと機械のように任務を遂行してきた彼にとって、初めて感じる想いでした。

屋上と校舎を隔てる、分厚い扉の前。館さんは手にいくらかの汗を握りながら、ドアノブに手を掛けようとしていました。この向こうに先輩がいる。そして、緊張のせいか、さっきから激しい尿意が下腹部をせき立てています。準備は良し。でも、どうやって話を切り出そうかしら? なにせ、大好きな先輩の前で、オシッコをするなんて……普段の館さん、いいえ、普通の女子生徒なら頭をかすめだにしないことです。そういえば、私はこのジンクスをクラスメイトから聞いたことがない。いや、聞いてすぐにたちの悪い冗談と思って忘れたのかも知れない。そう思い始めると、何だか保健室で聞いた好子先生の言葉すら疑わしくなってきます。いやいや、でもあの好子先生に限って、生徒をだますなんて事は……
「あっ……」
そんなことで迷っているうちに、もうおなかはパンパンです。もし、ドアノブを握ったときに静電気が走ったら、そのショックでおもらししてしまうのではないかと思えるほどでした。

がちゃっ……

どうやら、大丈夫のようでした。視界に飛び込んでくる青空、新緑の香り立つさわやかな風の向こうに……先輩は、いました。
「館さん……」
「せんぱい……」
館さんは、瀬木先輩の顔を見た瞬間、疑念も何も全部風に持って行かれて、ふわふわと彼の元へ行きました。
瀬木君も、館さんの顔を見た瞬間、使命も能力も何もかも、全部忘れてしまいました。そうなると彼はもう、ほかよりうぶなただの少年です。じいっと、歩み寄ってくる館さんを見つめます。
「ああ……せんぱい……せんぱいぃ……」
春風は、館さんの頭のネジも何本か持って行ってしまったようです。立ち止まった彼女は、紅潮しきった顔に潤みきった瞳で眼前の彼を見つめ、おもむろにアンダースコートを脱ぎ、スカートを持ち上げていきました。
「先輩……見て下さい……」
「…………」
どうやって話を持っていこうかなんて、関係ありません。ただ、何の力を借りてもいいから、今この瞬間をつなぎ止めておきたい……そんな想いと、ものすごい緊張でもよおしていたオシッコが、あまりに嬉しさに脱力して……ああもう、どっちでもいいですね。

じゅじゅじゅじゅじゅぅぅ……

音さえ立てながら、薄桃のパンツを内側から濡らしていく熱いオシッコ。ぱたぱたとしぶきを立てて、屋上のマス目に落ちていきます。
「…………」
目の前の瀬木先輩は、真っ赤な顔で館さんの股を見つめています。心なしか、ズボンの前が膨らんでいるようにも思えました。館さんも、別のぬめりが奥からあふれてくるようでした。目の前の彼を想って自分を慰めたことも、一度や二度や三度や四度じゃないのです。
「はああ……ん……」
館さんはもうなんだか最高に嬉しくて、ああ、夢なら覚めないで、と思いました。
「館さんっ!」
「あむっ……?!」
突然、館さんの視界と呼吸がさえぎられました。オシッコを全部出し尽くし、絶頂にへなへなと崩れそうになっていた彼女を、瀬木先輩は思いっきり抱き寄せ、思いっきりキスをしたのです。

「んっ……! んぐっ……うぅうっ……」
がむしゃらで、無遠慮な、荒っぽい……でも、とても心のこもったキスでした。そうです、夢じゃありません。きちんと止められた詰め襟の制服。その下から、先輩の心臓がものすごい早さでときめいているのが分かったからです。
「(せんぱい……せんぱいぃぃ……)」
くちゅくちゅと互いの唇をむさぼりながら、館さんは、自分の中で溜め込んでいたものが全部流れてしまうような涙をはらはらと流していました。
「(ああ……なんて可愛らしいんだ、なんて……なんて……!)」
瀬木君だって同じです。これまで彼が集めてきた好意は、いわばにせもの。ほんとうに彼のことを想ってくれる人はいないんだ。僕は、そういう役目なんだから……彼自身、そう思い続けてきました。だから、女の子のこれほど真剣な告白……オシッコまで見せてくれる覚悟……そのすがるような顔……そしてキス……全て、初めてだったのです。胸の辺りにこみ上げてくる感情に、瀬木君は、『気付いて良かった』と思いました。

しかし……

ぐごごごごごごぉ……

「えっ……?」
突然、校舎全体がうなりを上げ始めました。そして、二人の立っている辺りから、ヒビが入っていくではありませんか!
「しまった……!!」
瀬木君は、ここへ来た当初の目的を思い出しました。ですが、もう間に合いません。ジンクスは規定回数実行され、導火線は燃え尽きたのです。
「なっ……何? 何なのぉ……?!」
幸せの山頂から、一気に千尋の谷を渡る綱の上へ。館さんはわんわんと泣きながら、瀬木先輩にしがみつくだけでした。
「館さん、いや、翔子ちゃん。そのまま、僕にしっかりつかまってて!」
「へっ……? きゃあぁあぁあぁーーーっ?!?!」
瀬木君はジャンプ一番、遙か上空へ飛びました。ええ。『跳んだ』のではなく、『飛んだ』のです。そして、がらがらと崩れ落ちる校舎の破片が及ばない、校庭の隅へと着地したのでした。
「うそ……」
瀬木先輩の腕に抱えられて、館さんはその通り目を白黒させていました。
「えっと……その……どこからが夢なんでしょう? せんぱい……? あの、私……ずっと……こうやって先輩に抱かれたりする夢を見てたのは本当なんですけど……?」
「夢じゃないよ。翔子ちゃん」
「あっ……」
そう言って瀬木君は、館さんをぎゅっと抱きしめました。お互いの胸の鼓動が、何よりの証でした。
「……やっぱり、あのおまじないのせいですか……?」
「違うよ。いや、初めはそのつもりだったんだけどね……」

そうして、瀬木君は館さんに全てを話しました。あのジンクスの本当の狙いと、みんなにかけていた能力のこと、自分は、校舎崩壊を阻止するために送り込まれた改造人間であることも……。

「そんな……じゃあ、私のせいで……?」
「いや、翔子ちゃんのせいじゃない。むしろ、僕は君に感謝してるんだ。君は僕に、人間らしい気持ちを思い出させてくれた。本当の感情を教えてくれたんだ。ジンクスもフェロモンも関係ない、ほんとの気持ちをね」
「…………」
それにしては代償が大きすぎると思うのは、作者だけでしょうか。ともあれ、そんな風に大げさに言われると、果たしてどう返して良いのやら。館さんはうつむいて上目遣いに先輩を見るだけです。
でも、次の瞬間には、その彼も上目遣いになって言葉をこもらせはじめました。
「だから……その……さっきは、いきなりキスしちゃって、ゴメンよ……。順番が逆になったけど……あの……僕と、つき合ってくれないか……?」
「……はい!」
大きくうなずいて、館さんは大好きな先輩に抱きつきました。

暮れる夕日を背景に、果てしなくロマンチックな二人。間に挟まるがれきの立場は、一体どこにあるのでしょうか。ないですね、今のところは。それから、いつの間に夕暮れになったのかなんて野暮なことは言いっこなしですよ。愛は時間を超えるのですから。




そして、翌日。
月曜日だと思って来たら学校が……校舎そのものがないのですから、みんなの驚いたことと言ったらありませんでした。しかし、先生たちには極秘のうちに連絡が回っていたので、混乱はさほどありません。すぐに校庭で青空ホームルームが開かれ、今後の対応が伝えられました。

しかし、かんかんに怒ったのが校長先生です。文字通りの学校崩壊を防ぐために、調査機関たる裏の生徒会を組織したのも彼なら、切り札として瀬木君を入学させたのも彼です。その瀬木君が失敗したのですからもう……

「あんな役立たずは退学だ!! どこへなりと消えるがいい!!」
二人の蜜月も、ほんの数瞬。あわれ瀬木君は、人知れず退学となってしまいました。

瀬木君がどこへ行ったのかは、誰にも分かりません。もとより彼の個人データは学内にはなく、素性を探るという意欲も、彼自身の能力でみんなの中から消していたのです。彼がいなくなった今、存在の記憶自体が消えていこうとしていました。闇から闇。それが、いつの時代も改造人間の宿命のようです。

でも、たった一人、彼女だけは違いました。

「せっかく両想いになったんだから! あきらめないわ!!」
館さんが、リュック一つで家を飛び出すのは、それからすぐのことでした。

恋する乙女は、強いのです。

翔子ちゃん、がんばれ!

-おしまい
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