うらめしあずき 1

席替えのくじの中身を見たとき、曽宗さんはがく然としました。
自分の引いたくじと、番号との対応を示す黒板の文字、それから新しい席の周りの人の名前を見て…やっぱり、唇を噛むほかないようでした。
「曽宗さん、何番?」
「42番よ!」
吐き捨てるように言うと、曽宗さんは自分の机の荷物をまとめ、新しい席に行きました。

ばさっ!

ほったらかすように机の上に教科書類を置く曽宗さん。あんまり大きな音がしたので、他のみんなは何事かと思って彼女の方を見ます。曽宗さんの前の席に座る女の子だけが、平然とした様子で「よろしくね、曽宗さん」と、にっこり微笑みました。
「………っ!」
その娘の顔を見た瞬間、曽宗さんの顔は決定的なまでに引きつりました。
こめかみがぴくぴくと震え、きりきりという歯ぎしりの音が聞こえます。
「どうしたの?」
ふっと小首を傾げ、前の席に座る彼女が静かな調子で訊きました。
でも曽宗さんは、「フンッ!」と一言だけ言って、どっかりと椅子に座り、黙りこくってしまいました。その様子を見て、前の彼女はそれ以上話しかけては来ませんでした。

曽宗さんは、この時ほど自分のくじ運の無さを呪ったことはありませんでした。こいつと同じクラスになっただけでも嫌だったのに、よりにもよって、こいつの後ろの席になるなんて…! 「すいませーん、曽宗さんの席、書き間違えましたあ」…そんな委員長の声を期待しましたが、いつまで経っても「御司留」の後ろに書かれた「曽宗」の名前が書き換えられることはありませんでした。
そうして、大多数の人にとってホームルームは滞りなく終わり、放課後になりました。

曽宗さんは、御司留さんのことが大嫌いです。どこが嫌いかと訊かれれば、すぐにでも「全部」と言うでしょう。じゃあ、御司留さんはみんなに嫌われているかと言えば、そうではありません。むしろ、御司留さんはクラスの人気者で、彼女を嫌う曽宗さんのほうが、みんなからは浮いた存在なのです。
それでも、曽宗さんは御司留さんが大嫌いです。
なぜでしょう? 御司留さんは、有名な和菓子匠の家の一人娘で、いわゆるお金持ちのお嬢様です。でも、そんなことは全く鼻にかけず、それこそ和菓子のようにしっとりとして、かといってくどくない物腰が、みんな大好きなのです。
えっ? じゃあ、何で嫌いなのかって?
それは、ひとえに御司留さんが『和菓子屋の娘』だからです。

曽宗さんは、和菓子の主役とも言える「あずき」が嫌いなのです。とてもとても嫌いなのです。だから、いくら知らない人のいないほど有名な菓子匠『御志流琥庵(おしるこあん)』の娘といえども…いえ、だからこそ、小豆を使った菓子を売ってもうけているような人は、大っ嫌いなのでした。

そんな大っ嫌いな御司留さんと同じクラスになってからと言うもの、曽宗さんには心の安まる暇がありませんでした。普通にしていれば十分可愛い曽宗さんですが、教室ではいつもむっつりしてしまいます。ちょっぴりきつめの顔立ちも手伝って、曽宗さんの周りには近寄りがたい空気が出来ていました。そこへ今度の席替えです。彼女の顔は一層険しくなってしまいました。「もったいないなあ」という男子の声が、どこかから聞こえてくるようでした。

ところで、曽宗さんがそこまで小豆を嫌う理由というのは、実はとても単純なことが原因です。子供のころのこと、曽宗さんのお母さんがあずきを煮ていました。とってもうまく煮えたのですが、うっかり砂糖を入れ忘れてしまったのです。あんこを初めて見る小さな曽宗さんは、そうとも知らずつまみ食いをしてしまったのです。
…そのまずかったこと! おとなならあずき本来の味わいと言うものも分かるでしょうが、小さな子供のことです。でろでろとおぞましく、粉っぽいばっかりでちっともおいしくない、得体の知れないもの…それが、曽宗さんに植え付けられたあんこのイメージでした。いわゆる、トラウマと言うやつです。

他の甘いもの…ケーキなんかの洋菓子や、あずきを使っていない和菓子はむしろ好きです。なので、そうなると余計にあずきが食べられないことに、曽宗さんはいらだちを感じるのでした。

「…と、言うわけでだ。その人を憎むあまりに、その人に関係のある事物すべてが憎くなることを、『坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い』と言う。意味を書けるようにしておけよ。試験に出すからなー」

先生の声が聞こえます。どうやら今は、国語の授業のようでした。

さて、なんでもそうですが、一つのことをずっとずっと思い続けていると、自分でも何だか分からなくなることがままあります。
曽宗さんの場合は、「あずきが嫌い=御司留さんが嫌い」だった気持ちが、「あたしがこんなに嫌いな御司留さんを、みんななぜもてはやすのだろう?」という疑問を産み、「御司留さんはいつもちやほやされて気にくわない。いつかみんなの前で思いっきり恥をかかせてやりたい」と思うようになったのです。ゆがんでますね。
「それって、人気をねたんだ、ただの嫉妬じゃない?」と言われれば、それまでのことです。でもみんな、御司留さんを見る曽宗さんの顔が怖いので、知らんぷりを決め込むことにしているのでした。

そんなある日の放課後のことです。ショートホームルームも終わり、曽宗さんが、いつものむっつり顔で帰り支度をしているところへ、一人の生徒がやってきました。
「なあ、曽宗さんよ。ちょっとツラ貸してくれるか? 話があるんだ」
曽宗さんのむっつり顔が、緊張に引きつります。彼女を呼んだのは、緒茂さんという女の子。でも、御司留さんとは違う意味で、学内に知らない人はいません。いわゆる不良グループのトップで、男子や先生も手を出せません。他のみんなも、腫れ物に触るような感じで彼女には接します。
「なっ…何…? 緒茂さん…」
曽宗さんは、なかば忘れていました。緒茂さんも、同じクラスにいるのです。え? クラスメイトを忘れるな? そんな物だと思いますよ。下手に触ってとばっちりを受けるよりは、腫れ物は腫れ物らしく、そっとしておけばいいのです。意識的に触らないでおこうと思えば、そのうち、忘れる日も出てきます。
…話を戻しましょう。

「だから、ちっとツラ貸して欲しいつってんだ。いいだろ?」
曽宗さんもきつめの顔をしていますが、緒茂さんはそれ以上です。そんな目を前に断ろうものなら、何をされるか分かりません。
「えっ…ええ…別に…」
だから曽宗さんも、おどおどしながらうなずいたのでした。




「…それで、話って言うのは…?」
所変わって、ここは体育館の裏。誰もいない場所に、学校一の不良と二人っきり…曽宗さんは、ガチガチに緊張していました。
「話ってのは、他でもないんだ。御司留のことなんだけどな…」
「…?」
緒茂さんの口から、にっくき御司留さんの名前が出てきたので、曽宗さんは驚きました。その不良、緒茂さんが続けます。
「アンタ、ずいぶんアイツに恨みがましい目を向けるじゃないか。なんでだ?」
にぃっ…と笑いながら訊ねる緒茂さん。曽宗さんの頭に、御司留さんの顔がぱぱぱぱぱっ! と瞬いて、むかむかとした気分がよみがえってきました。吐き捨てるように言います。
「決まってるじゃない! 大っ嫌いだからよ! 何よあんなやつ! 菓子屋の娘だかなんだか知らないけど、ちやほやされちゃってさ!」
「で? 具体的に、なんか嫌がらせしたいんじゃないのか?」
「何で分かるのよ?!」
「なんとなく、な。それも、思いっきりみんなの前で恥をかかせたい…ってところかい?」
「そうよ! ありきたりのイジメ方じゃつまんないわ。だから、ショックでしばらく立ち直れないような事をしてやりたいの!」
曽宗さんも、恐ろしいことをきっぱりという物です。でも、緒茂さんはさすが不良と言うべきなのか、それを聞いて「よしよし」と言わんばかりにうんうんとうなずきました。そして、曽宗さんの言葉をかみ砕いて飲み込むような間を置いてから言いました。
「話ってのは、他でもないんだ。その話、オレも乗るぜ」
「えぇっ?!」
「オレも、御司留は前から気にくわなねえと思ってたからな。組もうぜ」
「…………」
「なんで、って顔だな。オレは知っての通り、先公やクラスの連中にマークされてる。単独で手を出せば、オレが危ない。だから、共犯者を作っちまおう…ってこった」
そう言って、緒茂さんは再びにやり…と笑いました。その、一言で言えば『邪悪な笑顔』に、曽宗さんは内心、縮み上がってしまいました。