なつみちゃんのプール

ニセ児童文学叢書
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「……このXが……だから……Yは……やって出せるのであって……」
(じーわ、じーわ、じーわ……)
先生の授業の声よりも、セミの声の方が、よく聞こえます。外はどんどん暑くなっていて、教室のみんなも、朝からもうぐったりしていました。窓の外に目を向ければ、雲一つない、深い青空が広がっています。なんだか、「えいっ」と石を投げれば、ぽちゃぁん……と音を立てて、頭上に大きな輪っかが広がるんじゃないかな? なつみちゃんは、そんなことを考えながら、窓際の席で、セミの声と一緒に、その水面(みなも)のような空を眺めていました。なつみちゃんは、この季節が大好きです。それは、この季節にしかない、そしてとっても楽しい、大好きな授業があるからでした。

「(早く終わらないかな、早く終わらないかなぁ……)」
なつみちゃんは、にこにこしながら思いました。そう、この授業が終わったら、その『大好きな授業』なのです。
わくわく、そわそわ、どきどき……いろんな気持ちが一緒くたになって、落ち着きません。授業が始まった瞬間から、あと四十五分……あと三十分……あと十五分……後五分……よぉし!
「……あれ?」
なつみちゃんは、目をぱちくりさせて、教壇と、壁の時計と、スピーカーをかわりばんこにながめました。チャイムが鳴らない。四十五分経ったのに……?
しばらく考えて、やっと思い出しました。なつみちゃんは、今年の四月から中学生。中学校の授業は一回五十分。小学校より五分間長いのです。だから後五分間、待たなければいけないのでした。
「うー……」
腰を椅子から浮かせて、もじもじ、もじもじ。なつみちゃんには、最後のたった五分間が、それまでの四十五分ぐらいに長く長く感じました。
やがて……
「はい。じゃあ、今日はここまで。予習復習をしっかりね。……お、次は、このクラスは体育だね。きっと水泳だから、気持ち良いぞぉ」
数学の先生のそんな声が聞こえました。
水泳! やった、やったやったやったぁ!! なつみちゃんは、なんだかめんどくさそうなクラスのみんなを後目に、もどかしげに水泳用具の入ったビニールバッグを抱え、それこそ一目散に更衣室に向かったのでした。更衣室。
早く早くと焦る手が、なかなか素直に服を脱がせてくれません。
やっと脱げた! さあ水着に着替えるぞ! ……と意気込む必要はありませんでした。どうして? だってなつみちゃんは、服の下にもう水着を着ていたんですから。だから後は、水泳帽をかぶればいいだけなのでした。水泳帽をかぶると少しはみ出る、肩まである髪の毛を手早く帽子の中に押し込んで、いよいよ準備は完了。なつみちゃんは跳ねるようにプールサイドに向かいました。ぎらぎらと照りつける太陽のせいで、プールサイドのコンクリートは、とても熱くなっています。
「あちちっ……」
なつみちゃんは、ひょい、ひょい……と、まるでスキップをするように整列場所へやって来ました。
(ひょい、ひょい、ひょい……)
じっと立っていることが、なかなかできません。その場で駆け足をするような格好で、みんなを待ちます。やがて、同じようなおぼつかないスキップを踏んで、みんながやってきました。体育の先生まで、ひょい、ひょい……と熱そうです。
「はぁい、みんな整列!」
プールサイドにみんなが揃ったのは、それからしばらく後でした。
「んじゃ、準備運動行くぞー」
やがて、体操が始まりました。なつみちゃんは、いよいよわくわくしてきました。体をあちこちに動かすたびに、

(じぃん……じぃん……)

と、お腹を中心に、大好きな『波』がうち寄せてきます。一つ波がじぃん……と来るたびに、運動したときとは違うドキドキがあるのです。
体操が終わり、消毒槽の中へ。きつい塩素のにおいと、冷たい感覚が、足首から下を包みます。

(じぃぃぃ……ん……)

そしてシャワー。みんなで浴びる大きな物ですから、あまり水は掛かりませんが、それでも、上から降り注ぐ冷たい水が、体のあちこちに当たるたびに、
(じぃぃぃぃ……ん……じぃぃぃぃ……ん……)

細かな『波』がうち寄せます。
「(はぁ……はぁ……)」
なつみちゃんの息は、少し荒くなっていました。さあ、プールサイドに腰を掛け、掛け水をしてから……

(ざぶん!)

肩まで水に浸かったときです。

(ぞざざざざざぁぁぁぁっ!!)

「(ふはぁぁぁんっ!)」
大きな、大きな『波』が、なつみちゃんの体中で暴れました。その感覚に、思わず声が出てしまいます。
「大丈夫? なつみちゃん?」
隣の女の子の、おかしそうな声が聞こえました。どうやら、水の冷たさになつみちゃんが驚いたように見えたようです。
「う……うん……だいじょうぶ……」
『ごめんね、違うんだぁ……』と、心の中で言いながら、なつみちゃんは夢見心地の声で応えました。
「よおし。じゃあ、まずは馴らしだ。ウオーキング50メートル、いくぞー」
先生の声に従って、みんながぞろぞろと歩き始めました。なつみちゃんも、それに続きます。
水の中は歩きにくくて、普通に歩くよりずっと力、特に下半身のそれが必要です。ぐっ、ぐっ、ぐっ……と、滑る足下を踏みしめるたびに、

(ぞぞっ……ぞぞっ……ぞぞっ……)

と、さっきよりも重さを増した『波』が、どすん、どすん……とうち寄せます。おかげで、なんだか腰から下が痺れてしまったようになりました。それでも、なつみちゃんは、五十メートルを歩き切りました。
「はぁ……んくうっ……ふうっ……ん……」
おなかを中心とした波は、ちょっとした痛みになって、おなか全体をおおっています。なんだか、腰から下が、自分の物じゃないみたいです。
でも、なつみちゃんは、それを苦しいと思う以上に喜んでいました。

だって、これがなつみちゃんの『楽しみ』なんですから。
「よし、じゃあ次は、クロール50メートル、いくぞー」
水泳の授業はまだまだ始まったばかり。次の指示が、先生から聞こえます。みんなそれぞれ、飛び込んだり、下から行ったりしています。なつみちゃんはもちろん下から。飛び込むなんてもちろん、下からプールの壁を蹴ることだって、おなかにはものすごい苦痛です。

(ざばざばざば……)

一列になってみんな泳いで行きます。でも、なつみちゃんはなかなか前へ進みません。足を動かせないのです。下半身は完全にしびれ、水面を蹴り進む事なんて出来ません。腕だけをぐるぐる動かしても、進む距離はしれています。それでも、半分の25メートルまでやってきました。その時です。
「あっ、なつみちゃん、ごめん!」
後ろを泳いでいた別の女の子が、なつみちゃんに追いついてしまいました。今のなつみちゃんには、ちょっとした刺激でも、とても大きく感じてしまいます。自分の手がプールの壁に触れ、後ろの娘の手が、自分の足に触れて……

(びりびりびりびりっ!!!)

前と後ろから、ものすごい電流が走った気がしました。
「うあああっ!!」
なつみちゃんは、プールの壁際に上半身をあずけ、ぐったりとしてしまいました。ふるふると、体全体が震えます。でも、これでこの苦痛を終わりにするわけではありません。今日は、これを終わらせる『場所』を、前もって決めていたからです。別にここで『終わらせて』も、それはそれで、水の中に広がっていく感じが良いと思うのですが、せっかく決めたことですから、もう少し……。なつみちゃんは、最後の気力を下のおなかに集中させました。
「はぁ……はぁぁっ……ふうっ……んくっ……」
「先生! 水沢さんの具合が悪そうです!」
「おい! 大丈夫か、水沢!? ……ちょっとあがって休んどけ!」
なんだか遠くで、クラスの女の子と先生の声がしました。その声になつみちゃんはかろうじて、
「……はい……」
と応え、ゆるゆるとプールサイドに腰掛けました。
「はあ……すう……ふうぅ……」
深呼吸をして息を整えようとするのですが、なかなかドキドキは収まりません。むしろ、呼吸をすればするほど、ドキドキは早くなるみたいです。
「あ……」
ふっ……と前に目を向けると、ぐんにゃりと景色が曲がって見えます。

わいわい……がやがや…… みんなの声、
じー……じー……じー…… セミの声、
吸い込まれそうな青空、
照りつける太陽、
足下に感じる水の冷たさ……
全部が一緒くたになって、自分自身も溶けていきそうな気分です。

「んっ……んんっ……くっ……」
ゆっくり……ゆっくりおなかの力を抜いていきます。ゆっくり、ゆっくり……

(かり……かりかり……)

後ろ手を着いていた指が、コンクリートを軽くひっかきます。それは、こわばっていた力をまるで惜しむような……全部が溶けていきそうな気持ちの中で、かろうじて自分がここにいるということを示すような……そんな仕草でした。

(かき……かり……かりり……)

「ふんっ……つふゅっ……んひ……」
どんどん、どんどん、お股の辺りが熱くなってきます。もう、少しです。

(かりかり……かりかり……かりり……)

「くあ!!」
思わず体が丸まった、次の瞬間。ちょろり……とした、熱いものが感じられたかと思うと……

(じゅじゅじゅじゅじゅ……しゅぅぅぅぅ……)

「あっ! あぁっ! んっ……うあっ……ふはぁぁぁぁぁぁ……」
一時間目の途中辺りからずっと我慢していた、熱い、熱いおしっこが、コンクリートを流れ落ち、プールサイドの排水溝へ吸い込まれていきました。

「ふぁ……んふ……あ……はぁぁ……んん……」

(しゅしゅしゅしゅぅぅぅぅぅぅぅ……)

かなりの間我慢していた物ですから、おしっこはなかなか止まりません。どんどんあふれていきます。

「あ……」
ふと視線を前に戻すと、泳いでいるみんなが、時々心配そうな顔をして、こちらを見ていました。
「(ああ……みんなが心配してくれてるのに……)」
いけないことだとはわかってはいるのですが、それを思うと、不思議とさらに、からだの奥が、なんだか熱くなるのです。

なつみちゃんは、ようやくおしっこが止まって、名残惜しそうにびくり、びくりと震える体を感じながら、ぼうっ……と空を見上げていました。

相変わらず、このままざぶん……と飛び込みたくなるような空が広がり、暑い日差しと共に、ちょっぴり湿った夏の風が、冷たい水と、熱いおしっこをたっぷり吸った、紺色のスクール水着を撫でていきます。水着を通り抜けた風はほんのり冷たく、なつみちゃんの、水泳とは違った理由で火照った体をしずめてくれるようでした。

(わい……わい……)
(じーわ、じーわ、じーわ……)

ぼんやりと遠くに聞こえるみんなの声と、相変わらず一生懸命鳴いているセミの声を一緒に耳に入れ、視線をはるか上の水面(みなも)に遊ばせながら、なつみちゃんは、とろん……とした目で、その『一番大好きな時間』を楽しんでいました。

「……さん……」
「……さわさん……」
「ねぇ、水沢さんってば!」
「ん……ふあ?」
何度目かの呼びかけに、なつみちゃんが夢見心地から醒めて振り向いたときです。後ろには、制服に着替えた保険委員の男の子が立っていました。本当に心配そうな顔をして、なつみちゃんをのぞき込んでいます。
「水沢さん、一緒に保健室に行こう? あんまり具合が悪そうだったから、僕、心配で……。あっ、先生にはちゃんと言ってあるから……」
どうやら、『お楽しみの時間』が、みんなにはさらに具合が悪いように見えたようでした。「ううん、違うの……」と言いたいところでしたが、保険委員の彼の、本当に心配している顔を見ると、その言葉はのみこんでしまうほかありませんでした。
「う……うん……」
なつみちゃんは、ちょっぴりばつが悪そうにうなずいて、男の子の後に続きました。

「じゃあ、僕は外で待ってるから」
そして再び更衣室。扉の前に男の子を残し、なつみちゃんは水着を着替えることにしました。
分厚いせいでたっぷり水を吸って、すっかり重くなったスクール水着は、脱ぐのが結構大変でした。

ようやく脱いで、それを絞ろうと手に掲げたときです。

(ふわり……)

つんと鼻を刺すような、けれどなつみちゃんにはとてもいい匂いが、水着からしました。そう、さっき自分がたっぷり出した、おしっこの匂いです。
「あっ……」
再び、あのドキドキがよみがえります。
「すうぅ……」
思わず、水着のお股の部分を顔に近づけ、直接匂いをかいでしまいます。くらくらするほど、いい匂いでした。ドキドキはなおも強くなり、たまらずなつみちゃんは、空いた右手を、おしっこの出口の方へ持っていきました。

(ぴちゃ……)

やっぱり、お股は別のおつゆで濡れていました。いつも、この『お楽しみ』をすると、きまってこの、透明で、ぬるぬるしたおつゆが、お股からにじむのです。どこから出て来るんだろ? いつもそう思って、指をそこに潜らせます。すると、じぃん……とした、おしっこを我慢しているときとはまた違う、何とも言えない電気のようなしびれが、体を駆けめぐるのです。どこだどこだと探す指が、どんどんどんどん、お股の中をかきまわして、びりびりびりびりと電気が走って……何とも言えない、とてもいい気持ちになるのです。

「あん……んふっ……くあぁぁぁ……」
変な声がどんどん出ます。にじみでるおつゆは、なつみちゃんが出口を見つけられないのをいいことに、どんどんあふれてくるようです。

(きゅちゃ……くち……ぬちゃ……)

探す指が、お股の中をかき回す音も、なんだかよけいになつみちゃんをドキドキさせます。いつの間にか、なつみちゃんの指の目的は、『おつゆの出口を探す』事から、『お股の中をかきまわす』事になっていました。

(くちゅ……じゅぷ……ぺちゃ……)

「ふあ……ん……ああっ……んんんっ……」
だんだん、足に力が入らなくなってきました。なつみちゃんは、そのままぺたり、と床に座り込んで、その『おつゆの出口探し』に夢中になっていました。

(とんとんとん……)「水沢さん?」
(とんとんとん!)「ねえ、水沢さん、大丈夫!?」

と、そこへ、更衣室のドアを叩く音と共に、男の子の声がしました。
そうです。なつみちゃんは今の状況をすっかり忘れていました。慌てて我に返って、
「あっ……うっ、うん、なんともないよ……ごめんね……」
と、すっかり荒くなってしまった息で応えました。それからは急いで服を着替え、今度こそきちんと水着も絞り、なつみちゃんは、やっと更衣室を出たのでした。



「三時間目も休んでいいと思うよ。先生には、僕がちゃんと言っておくから」
そして保健室。ベッドに横たわったなつみちゃんを見下ろしながら、男の子は優しく言ってくれました。
「う……うん。ありがと……」
一番の『お楽しみ』が出来たとはいえ、なんだかずるいことをしたような気がして、なつみちゃんには返す言葉が見つかりませんでした。
「じゃ、僕は教室に帰るから。……ゆっくり休んで、早く元気になってね」
保険委員の男の子は、そう言ってもう一度にっこり微笑むと、静かに保健室を出ていきました。
「はぁー……」
誰もいなくなって、しん、と静まり返った保健室。ベッドの上でなつみちゃんは、小さくため息をついてしまいました。
『お楽しみ』のドキドキと、みんなの……特にあの男の子の、本当に心配してくれている顔。二つが、ぐるぐるぐるぐると頭の中を巡ります。
「……悪いこと、しちゃったかなぁ…………」
しばらく考え込んでしまったなつみちゃんでしたが、やがて、ばふり! と布団を頭からかぶって、こう思いました。
「でもやっぱり、気持ちいいことの方が好き!」
保健室の外では、プールのように透き通った青空の下、たくさんのセミが、なつみちゃんのことなどお構いなしに、あいかわらず一生懸命鳴いていました。

-おしまい
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