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『We wish……』(8)

8.12月25日 土曜日

「………………」
 僕は、いまだに現実感のつかめないまま、ホテルを出た。
 本当に、『今』は昨日の続きなのか? 僕は、不安の拭えない視界で、黄色い太陽を見上げていた。
「はあー……さっすがボーヤ。今回も堪能させて貰ったわぁ」
 僕の隣から、トレンチコートの彼女の声がする。見遣る顔は、とてもつやつやしてしている。そりゃそうだよ。どれだけ搾り取られたか……。だから今、僕は自分が今生きているのかどうか不安なんだよ。
「さあボーヤ、行きましょうか」
「…………」
 どこへ行くのか? 今度は何をするのか? ……分からないが、もうどうでもいい。なるようにしかならないんだから。
 僕は、彼女に手を引かれるまま、歩き出した。
 その視界の隅に、昨日見かけた、別のトレンチコート姿の男が見えた気がした。ああ、やっぱりここは不条理世界なんだ……。

◆ ◆ ◆


「あー……どこまでも晴れやかなクリスマスの空! いいなあ……」
 ホテルを出たところで、静は大きな伸びをした。かたわらには、幾分消耗した風の優人。静の元気さを、あきれ混じりで見ている。
「マー君……そんな疲れた顔しないでよぉ……」
「……えっ? ああ、ごめんよ。別に、そういうわけじゃないんだけど」
「どんだけ照れてても、たくさんしてくれたもんね! えへへ……」
「外で言うな」
「はーい!」
 確かに恥ずかしくはあったが、嬉しくもある。自分は、この少女を愛していることに変わりはないのだから。優人は、そんな思いを結局苦笑いにして、静の手を引いて歩き始めた。
「しーちゃん、これから、散歩に行きましょうか」
「うんっ!」
「まったく、無駄に元気な奴め……」
 昨日から別の部屋に泊まっていた綾女も、このときばかりは術をまとわず、二人の後ろをついていった。

◆ ◆ ◆


 俺達がホテルを出たのは、もう昼前だった。
 精根尽き果てるまで愛し合い、宣言通りほとんど寝ていない。俺の方はかなりふらついているが、ゆーきの方はと言うと……
「んーふふふぅーふっふーん……」
 相変わらず俺の腕にしがみついて、同じくえびす顔……心なしか、昨日よりつやつやしている……で、俺のそばにいる。
「潤一さん潤一さん! これから、お散歩行こうよ!」
 ブンブンと腕を振り回しながら、ゆーきがはしゃぐ。その声に俺は残った力をふるわせて「ああ、行こうか」と答えた。




 祭りは、前日が一番盛り上がる……と、どこかで聞いたことがある。
 クリスマスも何となくそうだと思う。街を流れる空気も、どことなく落ち着きがあるようだ。しかしそれでも、一種神聖な雰囲気は残っているのだが。

「あれ?」
 ゆーきが、ふと足を止めた。
「どした?」
「ほら、あそこ、人だかりが出来てるよ」
「どれどれ……」

 駅前のちょっとした広場、そこには、数人の外国人のストリートミュージシャンが、様々なクリスマスキャロルを歌っていた。
「上手だね……」
「そうだな……」
 古典中の古典を朗々と歌い上げる彼ら。祝福の気持ちがたっぷり詰まったそのリズムは、この上なく耳に心地よかった。
「…………」
 いつしか俺達は、人の輪の最前列、演奏している彼らのすぐそばまで来ていた。ゆーきのサンタ姿も相まって、俺達は、たくさんの人の注目を集めてしまった。
「お嬢さん、一緒に歌うかい?」
「えっ?」
 いつの間にか歌を口ずさんでいたゆーきに、演奏者の一人が流ちょうな日本語で話しかけてきた。ゆーきの答えは、口より先に、輝く瞳が語っていた。
「うんっ! ボクも歌う!」
「OK! Let's come together!」

◆ ◆ ◆


「ほら、ボーヤ、聞こえる?」
「えっ……」

 彼女に連れられるまま歩く道、立ち止まったところは……駅前の広場。
 何か、人垣が出来ていて……歌声が聞こえてくる。
「近寄って、見てご覧なさいな。可愛いものが見られるわよ」
「…………」
 僕は、そろそろとその輪の中心をのぞき込んだ。
「わあっ……」
 するとそこには、嬉しくなるほど可愛らしい、サンタ姿の女の子がいた。

◆ ◆ ◆


 聖夜の本番だというのに、街は奇妙な落ち着きを見せていた。前夜の騒ぎ疲れかな……と、優人はそんなことを思いながら、静と二人、あてもなく歩いていた。
「あっ! マー君マー君! あそこ見て!!」
「えっ? どうしたんです、しーちゃん……?」
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、優人はやっとのことで静の視線を追った。
「ホラ! すっごく可愛いサンタさんが歌ってるよ!」
「ほんとだ……」
 駅前の広場に出来た人だかり。外国人のストリートミュージシャンが演奏している輪の中にある人影に、優人も思わず頬を緩ませ、いつしか二人してその輪に加わっていた。

◆ ◆ ◆


「うーい……さっすがに飲み過ぎたか……頭がいてえな……」
「右に同じ……」
 クリスマスの昼。俺とウッチーは、二日酔いの千鳥足で、駅に向かって歩いていた。昨晩、あの素晴らしい芝居を見た興奮をサカナに居酒屋へ行き、散々飲んだ俺達は、それでも飽きたらずに俺の家に酒を買い込み、二次会を始めたのだ。学生時代さながらの、無茶な宴会。堪能したが、胃もたれと虚脱感は拭えない。まあ、いいけどな。
「あー……やれやれ……」
 そんな、ぐらぐらとうごめく視界に、ある人垣がうつった。外人のストリートミュージシャンが、古典のクリスマスソングを歌っているらしい。
 しかし、それにしては盛り上がってるな……? そう思って、俺はちょっと背伸びをして、輪の中心を覗いてみた。すると……
「なあウッチー、こっち来てみろよ。純粋にいいもんが拝めるぞ」
「なんだ?」

◆ ◆ ◆


 ゆーきのかわいらしいソプラノが、冬の空に響きわたる。
 集まる人はどんどんと増えていくようで、みな一様に微笑ましい顔をして、小さく歌を口ずさんでいる。そこへ、ミュージシャンの大きな一声。
「皆さん! 最後の一曲です! どうぞご一緒にお歌い下さい!」
 そして、全員の歌声が重なった。

『We wish you a merry Christmas』

We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
And a happy New Year!
幸せな新年を!

Glad tidings we bring
歓びの便りを
To you and your kin;
あなたに みんなに
Glad tidings for Christmas
クリスマスの歓びを
And a happy New Year!
新年の歓びを!

We want some figgy pudding
おいしいプディング
We want some figgy pudding
おいしいプディング
We want some figgy pudding
おいしいプディング
Please bring it right here!
食べたいな!

Glad tidings we bring
歓びの便りを
To you and your kin;
あなたに みんなに
Glad tidings for Christmas
クリスマスの歓びを
And a happy New Year!
新年の歓びを!

We won't go until we get some
どこへもいかないよ
We won't go until we get some
どこへもいかないよ
We won't go until we get some
どこへもいかないよ
So bring it out here!
一緒に食べるまで!

Glad tidings we bring
歓びの便りを
To you and your kin;
あなたに みんなに
Glad tidings for Christmas
クリスマスの歓びを
And a happy New Year!
新年の歓びを!

We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
We wish you a merry Christmas
楽しいクリスマス
And a happy New Year!
幸せな新年を!

Glad tidings we bring
歓びの便りを
To you and your kin;
あなたに みんなに
Glad tidings for Christmas
クリスマスの歓びを
And a happy New Year!
新年の歓びを!



「メリークリスマース!!」

 小さな小さな、だが、ほんもののサンタの心からの声が、その日を、本当の聖夜にした。


おしまい。