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『We wish……』(6)

6.12月24日 金曜日 風景3

 その芝居は、仮面越しに放つ俺の視線をとらえて片時も離さなかった。
 つまらない芝居なら、たいてい途中に時計を見る。それはない。そこそこの芝居なら、ストーリーを頭で追いつつ、役者の演技についてちょっぴり俯瞰してみたりする。それもない。批評めいた言葉はひとつとして浮かぶことがなく、隣のウッチーの様子をうかがうこともなく、ただ、俺はその芝居に見入っていた。

 その芝居は、とにかく奇妙だった。
 客入れの音楽がスピーカーの限界まで高まり、ピンスポットが舞台に落ちる。
 街頭でチラシを配っていたのと同じ黒ずくめの男。そいつのこんなセリフで、全ては始まった。
「皆様、今宵はようこそ、当コレクション・ハウスヘ……」
 そうして、ぱきりと指を鳴らし……ある学生服姿の少女が舞台そでから登場した。
 その少女はいかにも軽薄そうで、考え得る限りの悪態を付きながら中央へとやって来た。いや、同じく黒ずくめの男二人に腕をつかまれ、ずるりずるずると引きずられて登場したのだ。その少女役のいかにもと言ったメイク……狂乱にも似た嫌がり方……悪態のセリフのむかつき具合……今すぐにでも俺は舞台に駆け上がり、ぶん殴ってやりたいと思った。
 しかし、本当にすごいのはここからだった。
 こん身の力で暴れる少女を、いともあっさりとねじ伏せる男。舞台奥の壁にかけられた黒い布がバサッ! と落ち……はりつけ台のような物が現れたのだ。まさに赤子のようにひねられた腕の痛みに顔をゆがませた少女が、客席に背を向けてくくりつけられる。両手両足を縛られ、身体全体で、ちょうどアルファベットのXを描く少女。もがけど叫べど、拘束具はびくともしない。その分厚い皮らしい焦げ茶が、照明に鈍く光る。わずかな照り返しが、俺の目にはゾッとするほどのまがまがしさを持って写った。
 いったい何が始まるのか? 固唾をのむ俺。周りの客も同じらしい。舞台上では全く滞り無く芝居が進んでいるのに、まるで、とんでもなくもったりとした……だが決して間延びしているのではない……別次元のような空間が出来上がっていた。
「きっ……?!」
 息を思いっきり吸い込んだような、少女の悲鳴。黒い男の一人が、スカートをおもむろにはぎ取ったのだ。折り目正しいスカートが、まるで折り紙でも破るかのようにあっさりと裂かれ、その尻を覆う、外見どうりの派手な……媚びを多分に含んだような下着がさらけ出される。だが、それもほんの一瞬。さらに男は、その下着をもむしり取った。ぶちぶちとゴムのはぜる音が奇妙に響き……壁には緞帳が張り巡らされていて音を吸うのに……まぶしい照明の中、白い尻がなおのこと映える。
「ひっ……な……なんなのよぉ……」
 そこで初めて、少女からセリフをしゃべった。得体の知れない恐怖におののく、か細い声。感情たっぷりに聞こえるそのセリフは、恐らく、憎まれるそれであろうという彼女自身の役どころを超越して、観ている俺達へ、等しく同情の念を起こさせるに十分だった。

「………!」
 息をのむ。哀れみが、残酷な好奇と、期待にふくらんでいくのが分かる。素で考えれば、悪趣味の極み……そんな気持ちが、俺の中に……おそらく他の客達の中にも……はっきりと芽生えた。舞台の上、黒い男がとりだした物を見て。

 それは矩形を引き延ばしたような、細長い木の板だった。卓球のラケットとしゃもじのアイノコのような……しかしかなりの厚み……2センチほどじゃなかろうか……がある。

 こうこうとした舞台照明に、男がその板を誇らしげにかざす。使い込まれた年期の放つつやが、俺には邪悪なまでに美しく見えた。

 これから、何が始まるのか。
 実はみんな分かっている。そうだ、それは……

 ひゅおっ……ぱぁんっ!

「ぎあっ……?!?!?!」
 空を切る音。硬と軟がぶつかり合う衝撃。生々しい苦痛の悲鳴。
 ……普通に考えても痛い。でもそういえば、舞台の上だとテンションが高まっているせいか、俺は殴られてもそれほど痛くなかった。あの役者はどうなんだろう? ……俺はまるで自分がその役であるかのような気持ちで、彼女を見ていた。

 ぱぁ……ん! すぱぁ……んっ……!

「ぐあぁあーーーっ! ぎっ……ううぅーーっ!!」
 乾いたぞうきんから無理矢理水を絞り出すかのような、それでいてどこまでも粘ついた、耳障りな悲鳴。いくら女がもがいても、はりつけ台は揺れるばかりで壊れることがない。ずいぶん頑丈な舞台セットだ。
「……………………」
 あらぶる息と、手に感じる汗。不快に思う気持ちはいつしか憎悪と化し、俺はその板を打ち込み続ける男の方に、内心で声援を送っていた。

 ぱぁん!! ぱぁんっ!!

「うっ……ううううっ…… ぐぶっ……うえぇっ……」
 何回打ち下ろされただろう? 衝撃に波打つ女の尻は赤黒く腫れ上がり、見るも無惨に変わり果てている。女本人も、叫び疲れ暴れ疲れ、ヨダレも涙も鼻水も垂れ流すままに、ぐったりとしている。

 休むな。もっと暴れろ。泣け! わめけ! 許しを請え! 助けてなんぞやる物か! 血を見せろ! そのあさましい体に流れるどす黒い血を、舞台の上にぶちまけろ!!

 ……紛れもない、俺の思考だ。俺は興奮していた。まるで、血に飢えた獣のように。
 頭に血が上っているのが分かる。すごい……芝居だ……。

 ふぉっ……!

 最後の一撃。あれが打ち下ろされれば、きっと女の尻は裂け、その汚らわしい血が流れ尽くすことだろう。

 早く、早く、早く、早く! 血、血、血、血、血、血、血、血、血!!

「待てっ!!」
「?!」
 突然、後方から声がした。
 その声で、俺は獣から一観客へと戻れたような気がした。

 夢から覚めたような心地で意識を向けると、闇の中、花道を駆けてくる人間の気配があった。

 その手に持っているのは……剣?
 真っ暗な中でもはっきり分かる。まるで物語の中から抜け出したような大振りの剣。小道具にしては、あまりに精巧だ。……と言うより、どうして装飾まで分かるんだ?

「せやぁっ!!」
『ぎゃぁあぁあぁあぁーーーーっ!!!』
 俺があっけにとられているうちに、その男は飛び込み一番、舞台上の黒い男達を全て斬り伏せてしまった。

 ばさり……

 そして、いったいどういう仕掛けなんだろうか? 後には、数枚の黒いローブだけが残るだけだった……。

「皆様、ありがとうございました!」
 にこやかな顔で、その男……普通に考えれば季節のちょっと早いトレンチコートを羽織った長身の男……は、深々と頭を下げた。終演……らしい。

 わぁあぁーーーーっ!!

 総立ちの拍手。こんな小さな規模の芝居では、まずないと言っていいほどだ。もちろん、俺もおしみのないそれを送る。

 やっぱり芝居はいい。
 このすばらしい満足の証に、仮面でも持って帰るか……と思った俺は、不思議なことに気づいた。
 仮面が、無くなっていたのだ。
「なあ、ウッチーよ……俺の仮面、とらなかったか?」
「いや、俺も自分のを探してるんだが……いつの間にか、無くなってるんだ。回収になんて来なかったのになあ……?」
「ふうん……」
 見渡すと、他の観客も同じらしい。皆一様に不思議がっていたが、そのうちあきらめて、めいめい帰っていった。
「俺達も出るか」
「そうだな」

「ありがとうございました、ありがとうございましたー」
 外では、裏方だろうか、化粧っ気のない、だが快活そうな女の子が送り出しをしていた。俺は、その彼女に言った。
「すっごくおもしろかったよ。お金、かかったでしょう? 良かったら、カンパを……」
「いいえ、お金は一切いただきません!」
「いいの?」
「ええ。なにより、無事でよかったですね」
「えっ? 何が?」
「あっ、いえ! 何でもありません……」
 裏方も芝居に酔ったのだろうか、何となく言葉に脈絡がない。俺は深く気にせず、「じゃあ、これからもがんばってね」と無難なあいさつでしめることにした。




「あー……堪能したぜ!」
「そーだなあ……」
 この充実感、この余韻。久しぶりと言うこともあるかもしれないが、本当に嬉しいものだ。
「なあウッチーよ、これから飲みにでも行くか?」
「賛成!」

 むさ苦しい男二人で、熱き語らいのクリスマス。
 ……こういうのも、いいもんだ。

◆ ◆ ◆


 最後の観客を見送ってから、優人と静は大きなため息を付いた。
「良かったですね、みんな無事で」
「そうだね……」
「それにしても、気を利かせてくれましたね、静」
「まーね。聞こえなかったけど、優人も同じ様なこと、してたんでしょ? たとえば、あいつら倒した後に共演者のフリして『皆様有り難うございました』とかさ」
「おや、大正解」
「何年一緒にいると思ってんのよ」
 胸を張る静に、優人は「やっぱりかなわないな」とだけつぶやいた。

『和むのは、もう少し後の方が良いんじゃないか? 後始末が残ってるぞ』
 “常世渡り”の声。その通り、眼前にはまだ、『現世にあってはならない教会』がそびえている。改めてその全景を観て、静が唇をかみしめながらうめく。
「教会は……こんな事に使われちゃいけないんだ……!」
 優人は、何も答えない。教会の前に捨てられていた赤子であった彼女の思いは、よく分かっていたからだ。
「静、下がってて。綾女さん、何度もすいません。もう一度、姿を消して貰えますか?」
 申し訳なさげな優人の声の後、再びあの呪文が聞こえ、彼の姿は通りの人々に全く見えなくなった。

『いつでもいいぞ』
「はい!」

 剣を構え、気合を溜める優人。
 柄を握る手に、言葉を伝える。

『常世なる物よ、現世から滅せよ!!』

「ふんっ!!」
 教会へ向かって放たれる、無数の剣撃。見えぬ刃が剣から生まれ、建物を千々に引き裂いていった。
「ふうう……」
 やがて、建物は跡形もなくなり、ただのコイン駐車場へと戻っていた。
「任務完了です。戻りましょう、静」
 静は、優人が剣を振るっていたときにしていたであろう顔を想像してしまい、少々自己嫌悪に陥りながら「……うん」とうなずいた。