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『あるひのてのひら』

 ぬくぬくとしたこたつの暖に包まれて、俺はぐったりとしていた。
 仕事から帰り、ゆーきの作ったうまい夕食を食うまではいい。ただ、その後が続かない。このあいだ買ったばかりの座椅子に身体を預け、半開きの目鼻を天井に投げっぱなす。ゆーきが洗い物をする音と、にぎやかなテレビの声がぼんわりと耳に入る。
 別に、何か嫌なことがあったというわけじゃない。一週間の折り返しを過ぎた辺りによくある、お馴染みの倦怠感、そして疲労だ。時間を思う間もないほどに忙しすぎるならまだしも、中途半端なのは困る。ふと我に返ると、どっときてしまうんだ。

「ねえ、じゅんいちさーん?」
 薄い視界にひらひらと踊る濃い影。「ふあ?」と答えた間抜け面に、「寝てたの?」と小首を傾げる顔が写った。俺は「いや……」とつぶやいて、少しその姿勢を戻した。
「お茶、いれたよ!」
「おっ……さんきゅ……」
 お揃いの湯飲みに入った香ばしい玄米の湯気をすすりながら、食後のひとときは過ぎる。じんわりとしみ通るお茶の熱さと、あいかわらず賑やかなテレビと、ときおり聞こえるゆーきのアハハという笑い声が、やっぱり俺にはボンヤリと聞こえていた。

 自分の身体のことだ。どのぐらい疲れているかということは、感覚で分かる。じわじわと蓄積するそれは、おろしたてのかみそりのように、薄く、だが確実に活力を削いでくる。さっきも言ったように、意識しなければそのうち週末が来る。だが、いったん気付いてしまうと……急に、体の中から寒気がこみ上げてくる。ぬくもりが欲しい、と思う。でも、そのかみそりは、ゆーきを抱く気力も削いでしまう。ちょっと情けないが、勃たなくなるんだ。そんなことを考えていた俺は、いつの間にか、テレビの音が消えていることに気付いた。

 天井の板目だけが見える薄い視界と、かすかに聞こえる電車の音。すぐそばから、視線を感じる。それがどんな顔をしているかは、見なくても分かる。きっと、不思議そうな、心配そうな、ちょっと眉を寄せた困り顔だろう。そしてその顔は、今の俺に何が足りないのか知っている。俺は、ごく小さく手招きをした。ややあって「うん……」というつぶやきが聞こえ、俺の上に、ゆーきがちょこんと座る。厚手のジャージ越しにも、こいつの身体は柔らかい。背中からやんわりと抱きしめる。それだけだ。交わるための愛撫じゃない。もっと純粋な意味での『愛撫』だと思う。存在を確かめ、肌を近くに感じ、はっきりと瞳を見る。性的高ぶりとは違う安心感というぬくもりを、俺はゆーきから貰うのだ。

 優しく、あるいはおそるおそる、でもじっくりとゆーきを撫でる。「ふ……ぅんっ……」と、ほんのちょっと、腕の中から悩ましげな声がする。そうさせるのは、ゆーきの手だ。少し前に気付いたんだが、手のひらが、ゆーきの、その……性感帯らしい。本当に人の身体は不思議だ。俺より二まわり程小さく、白く、細い……そして、毎日家事をしてくれているのに一向に荒れる気配のない、不思議な、可愛い手。滑り続ける俺の指を、どんどんと絡め、包んでいく。俺の手、ゆーきの手。人をつなぐ、二人をつなぐ、手……。腕から胸へ、胸から全身へ、求めていたぬくもりが行き渡るのを感じる。下半身はあいかわらずだが、それでいい。

 「ふうっ……ん……んんん……!」甘いうめきと身じろぎは、どんどんと激しくなる。よりはっきりとした愛撫を求めて、首筋や耳を俺の顔に近づけてくるゆーき。今日はうっかり、こいつに火を着けてしまったようだ。ちらりと振り向いた視線は、ちょっぴり申し訳なさそうで、でもやっぱり興奮に潤みきっていた。「これで我慢してくれな……」「あんっ……!」俺は、ゆーきの服の下へ手を滑り込ませ、たっぷりと性の愛撫をしてやった。勃たない日は、手と口でいかせてやる。これもいつものことだ。

 ……だがしかし、その晩はそれで終わらなかった。一回で済んだとは言え、なんだか、ゆーきに搾り取られた気がする……。こりゃ、明日の勤務が辛そうだ。いや、深い眠りにつけるから、いいかな?

「おやすみ、潤一さん!」
「ああ、おやすみ、ゆーき」


−Good Night...


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