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『柔らかな殺意』(6)

6.翁

『黒澤様』
 屋敷内の奥まった一室。闇色の光の中、淡々とした声が響く。
「……なんだ?」
 その声に、先ほどまで眠っていた老人が、ゆったりと目を覚ます。
『お客様が、お見えです』
 先ほどと同じく、合成されたような声が返ってくる。
「……ほ。また来てくれたか。……して、如何様な娘かの?」
 むくりと起きあがりながら、闇に向かって言う。
『……ご覧ください』
 『闇』がそう答えると、天井から、モニターが現れる。そこには、トレンチコートに不釣り合いな長剣を持った長身の男と、上下をジーンズで固めた、快活そうな少女の映像が映し出された。
『会話の内容から察しますに、幼なじみの類かと』
 付け加えるように呟く『闇』。
「元気そうな娘じゃ……。儂の『孫』に、ならんかのぅ……ふふふ……」
 少女の方を凝視し、好々爺然と微笑む老人。だが、その細まった目の奥からは、明らかに異様な光が放たれていた。
「……ご苦労。では、行くとするかね……」
立ち上がり、指をぱちり、と鳴らす。すると
『(はい……)』
 『闇』の気配が二つになる。その新たな『闇』は、黒澤に従って、部屋の隠し通路へと消えていった。

“ひゅぅ……ん”

 目的の階へは、すぐに着いた。静かに開いた扉の先は、地下の入り口と同じような、小さな空間だった。しかし、壁紙や絨毯など、内装がきちんと施されている。次の間と言って良いようだ。目前には、豪華な扉。
「…………」
 互いに、目くばせする。明らかに、人の気配を感じる。静は銃を構え、優人は剣の束に手を掛ける。

“ばんっ!”

 蹴破るように部屋に転がり込んだのは、静。
「(あっ……!)」
 言葉は、吸気となって、優人の肺に収まってしまった。静を右斜め手前に見る位置。まずい。何かあったときに、とっさに庇えない位置だ。しかし……なってしまった物は仕方がない。隙を見て、入れ替われるか……
 考えをまとめ、静に注意を向けたまま、改めて周囲を見渡す。
 えんじ色の絨毯、周囲に並べられた本棚、黒光りする、大きな机。……そし て、その机に悠然と座る、老人。間違いない、黒澤翁だ。
「こんばんわ、お二方。私の屋敷にようこそ。……お待ちしていましたよ」
 朗らかな印象の下に、冷たい物を感じる声だ。
「随分、解りやすいご招待の方法でしたね。黒澤翁」
 眼前の老人の顔と、地下で『会った』女性たちの顔が重なり合う。怒りに剣の束を震わせながら、努めて、冷静な声で返す。
「こちらこそ。……ところで、私の『孫娘』達には、お会いになられたかな?」
「……え?」
 あえて、とぼけてみせる。
「どうだね、『彼女』達は。美しいだろう……? 私が彼女たちの『時』を止めた。少々、後戻りさせた上でね。永遠の幼子。実に、愛らしい……」
 そんな優人を見透かすように、翁が続ける。
「何故です?」
 押し殺した声で、問う。震えは止まっていた。その代わり、束の模様が手に写り込むほど、力がこもっている。
 すると、翁は、ふっ……と、息を一つ吐いてから言った。
「君にはまだわからんかもしれんな。
 『老い』について考えたことはあるか? 日々衰えて行く体、弱っていく思考。尊敬から、侮蔑、哀れみへと変わっていく視線……。
 抗うつもりはない。人とはいつか老いて、土に還る物。どうにもならん。
 ……だが、そうは解っていてもやはり恐ろしい。確かに儂は、今までに様々なことを成してきた。名声も得た。だが……いざ、明日をも知れぬ体になってみると、儂の周りには、誰も、居なかった。言い様のない孤独だ。
 私は……孫が生きていれば、と思ったよ。儂の孫。静香。たった一人の孫。今生きていれば、丁度話ができる頃だろう。儂は……孫を天に召した病と、以来、静香の母を子供の産めない体にした運命の不運を呪ったよ。
 しかし、天を呪ったところで、老いは止まらん。あぁ、せめて、孫のような幼子に看取られて逝きたい……心の底から願った。
 鬱々とした日々が過ぎていく中で、儂はふと、最良の方法を見つけた。そうだ、居なければ、作ればいい。娘を集めて、幼子にしよう、心の時間を少しばかり戻して、そこで時間を止めて。そうだ、それが良い!
 ……それから、儂は考えた。どうすれば、不必要に老け込んでしまった娘の心を、幼子のようにできるのか?儂は思い出した。若い頃に読んだ、『異界の者との契約』についての本だ。若い頃は、『代償』というやつが恐ろしくて手が出せなんだが、今となっては、問題はない。魂とて、死んでから取られるものなのだから。
 ……『契約』は成立した。儂は、最後の望みを叶えるための『力』を得た。それから、『孫娘』を募った。様々な娘が来た。……しかし、『何か』が違っていた。幼子の証として、その場で『力』をして粗相をさせてみた。するとどうだ、彼女たちは確かに幼子のように笑った。しかし、それは間違いだった。
 気が、狂れていたのだ。『力』の加減か、その娘の心が拒むのか……解らなかった。ともあれ、たとえ姿形を幼子にしたところで、心が違っていては、意味がない。さりとて、このまま捨て置くのも勿体ない。……そこで儂は、その娘の『時』を止めてやった。そして、専用の部屋を与えた。心はなくとも、それはそれで美しいからな。
 だが、焦りは日々募る。結果、多少方法は変わったが、それを何度も繰り返した。……それだけじゃ」
 最後に、翁はにっこり微笑んだ。
「…………」
 優人は、何も言わない。何も、言えなかった。純粋な怒りではない。むしろそれは、弱まりつつある。確かに、結果として翁が行ったことは、到底許される物ではない。……だが、とうとうと語る翁の目、口調、響き……節々に、とてつもない孤独、悲しみが伺える。自分の人生を、丸ごと後2回分こなした者だけに解るだろう、深いものだ。
 しかし、だからといって、今現在起きていることを許すことはできない。ならば、せめて、一太刀で終わらせよう……そう思い、優人は静かに『常世渡り』を抜いた。その時だ。
「長々と独演会有り難う! 誰かに看取って貰いたきゃ、さっさと老人ホームにでも行けばいいのよ! 看護婦さんが嫌だってんなら、今ここで! アタシが引導渡してあげるわ!」
「待て! 静!」
 静が銃口を翁に向け、優人が止めようとする。瞬間、

《喝!!!!!!!》

 好々爺然とした顔を、一瞬、般若のそれに変え、翁が吼えた。
 屋敷全体を震わせるような、だが、後に残らず、染みわたるような声だった。
「そんなの、父さんに怒られた時の方が……」
 大きいわよ、と、続けようとして、静は立ち止まった。いや、動けなかった。
「しまった! ……瞬間催眠か!!」
 優人も、気づいたときには遅かった。相手の心の一瞬の隙を衝き、暗示をかける、瞬間催眠。その力が、生来の翁の胆力に由来する物なのか、あるいは、翁の話した『異界の者との契約』による『力』なのか……おそらく後者だろう。それほど、見事に決められていた。
「ぐぅぅ……」
 必死にもがく優人を見てか見ずか、翁は、ゆっくり立ち上がり、静の方へと向かった。
「これを、運命の巡り合わせと言うのかな……お嬢ちゃんは、『しずか』と言うのか……。あぁ、仮に儂の静香が生きていて、年月を経たならば、こんな、腕白で、やんちゃな娘になったのかのう……」
 いとおしむように、しわがれた手が、『しずか』の頬をなでる。
「…………」
 なでられている静も、一瞬、置かれた状況を忘れる。節くれ立った手、にこやかな目、慈しむ声。自分にも、おじいちゃんがいれば……そうさえ思わせる。
 ……だが、次の瞬間、静はそれが幻だと、改めて認識した。
 翁の手が、ピタリと止まる。ギリギリと音を立てて、からくり人形が笑うように、翁の顔が歪む。好々爺とは、かけ離れた、醜い、笑顔。
「さぁ、儂の、永遠の孫になっておくれ。『しずか』。赤子になるんだ。お前は、たった今から赤子だ。……それを証明して上げよう……」
「やめろ! 静に、静に手を出すな!!」
 呪縛から逃れようと、必死にもがく中、精一杯の言葉のつぶてを投げる優人。
「……陳腐だね、君は。夢にまで望んだ最高の結末が、ここにあるのだ。みすみす逃す理由は、何処にもない。違うかね?」
 しかし、そのつぶては、肩に付いた埃のように、あっさりと、そして、さも当然のように払われてしまう。
「……さぁ、赤子に! 赤子になれ!!」
 翁が、右手を、静の下腹部で広げる。

“ぞくん!!”

 静の体を、悪寒が駆け抜ける。
「え……?」
 最初は解らなかった。だが、悪寒は体内で結露を成し、徐々に下腹部へ集まっていく。
「あ……あう……ひ……」
 『露』は容赦なく集う。下腹部が膨張していくのが解る。
「い……いぃ……や……だ……」
 せき止めようと、必死に力を込める。だが、まるで、そこだけ別の体であるように力が入らない。熱さが、感じられる。
「嫌だ……イヤだ!……イヤダイヤダイヤダーーーーッ!!」

“パンッ!”

何かが、弾けた。そして……

“シャァァァァ……”

 熱い感覚が、下半身を覆う。ジーンズが、濃淡の二色になる。足下にも、濃いえんじの、丸い模様ができる。

「静……!」
 優人は見た。静の泣く姿を。だが、その涙は、彼が初めて見た物だ。
 いつもの喧嘩で、わんわん泣く時のそれではない。堅くつぶった目、きつく噛んだ下唇。そこに、たった一筋流れる、涙。顔の色と相まって、まるで血の涙のように見える、紅い、涙。そして、糸の切れた操り人形のように、崩れ落ちる。

「ふ……ふふふ……ははは……うフ……クはは……ウフフフフゥィヒィヤァァァッ!可愛イ、可愛イヨ! 『しずか』! トテモイトオシイ! ウフ! ウフ! ハーッハハハ!! サァ、赤子ノ印ダ。儂ガ、オムツヲ着ケテアゲヨウネ……ソシテ……時ヲ戻スノダ……ヒィーーハハハハ!」
 それは、それまでの『翁』なのだろうか、と疑うような奇声が響きわたる。そして、『翁』が、静を抱えようとした時だ。

「うおぉぉぉぉぁぁーーーーっ!!」

“ぱんっ!”

 怒髪の怒りが、優人の呪縛を解いた。
「ほほウ……。自ら儂ノ術を解イタか……」
 優人に向き直り、ぬらりと笑う『翁』
「……許しません……」
 剣を正眼に構え、呟く。
「ホう……何ヲ、どウ、ユルさんのカね?『犠牲者』ニなりかワッテ……『義憤』とでも言うのカね?」
 ニヤニヤと返す『翁』
「……この蘭宮優人、普段は、怒らないようにしているんです。激しい怒りは、悲しみしかもたらしません。相手にも、そして、自分にも。相手の事を考えると、本気で怒る事なんて、できませんでした。……えぇ確かに、ここへ来た当初は、『義憤』でした。奉仕の気持ちを踏みにじられた、メイド志望の女性達の最期は、どんなに無念だったのだろう? 理不尽に連れ去られた女性の気持ちは、遺された家族は、どんなに辛かっただろうか? 思うにつけ、遣る瀬ない気持ちでいっぱいになりました。その無念を晴らしてやりたい。そう思って、ここまでやって来ました。……ですが! 今この瞬間! 残念ながら、それらの比率は少なくなりました! あなたは、たった一つ、絶対にしてはならないことをしました。……あなたは、静を、泣かせたのです! 僕は! その『私怨』において、あなたを倒す!!」
 身を沈め、一足で飛びかかろうとしたときだ。
「フん……くダらん……!」
『翁』は、ぴたりと優人を指さした。
「!!」
 何かが来る、直感で危険を察知し、正面へ飛びかかろうとした力を、脇へ逸らす。

“ぞんっ!!”

 直後、背後の壁に亀裂が入り、音を立てて崩れる。いや、『亀裂』と言うより『裂けた』と言うべき崩れ方だ。
「ナ……なニ?! 避けタ、ダと?」
 驚嘆の声を上げたのは、『翁』だった。明らかな焦りと共に、続ける。
「そんなはズはなイ! 偶然だ! 綾女! 数ヲ出せ!」
 何者かの名を叫び、再び指を指す。
「(来た!)」
 今度ははっきり見えた。群を成して襲い来る、陽炎のような、刃。
 スローモーションのように、ゆっくり、見える。
 ……“次元の刃”。物が存在する空間その物のズレを、意図的に作り出した物だ。『存在の切れ目』であるから、それに触れた現世の物は、例外なく断ち切られる。
「(どうする……?)」
 優人は考えた。横へ飛んでも、今度は避けられそうもない。さりとて、垂直になど、跳べる高さでもない。
「(………………)」
 万事休すか、と、苦々しく舌打ちをした時だ。
『唱えろ!』
 声がした。自分の声……ではない。金属をすり合わせたような声が、腕から体に直接響く。そして

《我が身を、常世へ!》

 優人は唱えていた。優人の姿が、剣を中心に、まるで水面に映る像のように、一瞬揺らめく。次の瞬間

“ぐおんっ……ばちっ! ……ぞんっ! ぞんぞんっ!!”

 ある物は打ち消し合い、ある物は再び、場違いな壁や本棚に牙をむいた。
「うおおおおっ!!」
 そのまま、『翁』に飛びかかる。
「な……!!」

“ずぶり……”

『常世渡り』が、『翁』を貫く。
「うっ……ぶはっ……」
 優人の肩口に降りかかった物は……血ではなかった。黒い、埃のような粉だった。
「見事だ……」
 ゆったりとした声が、獣の断末魔と同時に聞こえる。
「一つ……教えてくれんか……」
「なんです……」
「なぜ……“次元の刃”を知っている……?」
「僕の名前……花の『蘭』に、お宮参りの『宮』で、『らみや』と読みます。それは表の読み。裏の読みは……『らんぐう』です」
 噛み含めるように、呟く優人。
「『らんぐう』……? ラングウ……そうか、ラング! 古の、次元の覇者、ラングの末裔か……!」
 驚きに見開いたその目からも、黒い粉がこぼれ落ちる。
 “古の次元の覇者・ラング”……遙かな昔、次元を操る二本の剣をもって、数多の冒険譚、伝説を作った戦士の一族である。
「そうか……。時に、優人とやら、お主に、幼子は居るか?」
「……いいえ……」
「ふふふ……幼子は……良い物だぞ。……純粋で、汚れを知らぬ。……無邪気で……愛らしい。一心に儂を……見てくれる。一心に……儂を……好いてくれる。愛おしい……本当に……ふふ……ふはははは……!!」

“ばさり……”

 そして、翁は、崩れ落ちた。後には、ガウンと、黒い埃の山が残るのみだ。

 優人は、「翁だった」埃の山に向けて、ぽつりと語りかけた。
「……あなたの孤独、悲しさ、わずかですが、感じさせていただきました。……ですが、それを埋めるために、邪な力に頼ろうとした時点で、あなたは、ご自身でその願いを捨てていたんですよ。いつまでも思い出にすがっては、いけないんです……」

「……静……」
 そして、気を失っている静を抱き起こす。未だ顔は上気して紅い。
「……辛い思いをさせて、すまない……」
 柔らかく頬を撫でる指で、目尻に残る涙を拭ってやる。
 そのまま、ゆっくり抱きかかえ、部屋を出ようとしたときだ。

“ビーーッ!ビーーッ!ビーーッ!”

 警報音が鳴り響き始めた。同時に、部屋の周辺に、多数の人の気配が現れ始めた。正面に見える扉から、特に足音が多く聞こえる。当然、使えない。来た道を戻ったところで、庭先までしか行けないだろう。……ここまでか……。
静を抱く腕に、力を込め、優人は、舌打ちをした。すると
『もう一度、唱えろ。今度は少し長く飛ぶ。意識を強く持て……』
さっきと同じ、金属をすり合わせたような声が聞こえた。
「え……?」
一瞬、驚いたが、この状況が少しでも変わるなら、なんでもいい。そう思って、優人は再び唱えた。

《我が身を、常世へ!》

 次の瞬間、二人の姿はかき消えていた。