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『上級立ちション講座』(4)

4.二人でお昼寝

「さて、休憩はこのぐらいにして、行くか!」
「ん!」
 名残惜しげにこびりつく土ぼこりをはたきっこする時、ちょっとしたイタズラ心で、ゆーきのお尻を必要以上にはたき、少しなでてみたりする
「あ……やんっ……」
「さあ、行くぞぉ!」
「もぉっ……あっ! 待ってよぉ!」
 恥ずかしがりながら、ちょっぴり怒るゆーきにはあえてとぼけ、俺は、山頂への歩を進めた。

 山頂までは、まだ少しある。さっき補給した水分が、程良く体力を回復してくれた。この調子だと、着いたときの飯がうまいだろう。
「ふん、ふふふーん……」
 ゆーきは、相変わらず元気良く、俺の少し前を歩いている。なんだか、顔の嬉しさが増しているようだ。「なんかあったのか?」と訊ねずにはいられない俺に、ゆーきは、
「さっきお茶飲んだらね、ちょっとお腹が空き始めてきたんだ! だから、お弁当食べるのが楽しみ! へへへ……」
 照れくさそうな、でも本当に待ち遠しそうに、ゆーきの笑顔が弾ける。
 俺の頭の中に、ニコニコしながら口いっぱいにおにぎりを頬ばるゆーきの顔が浮かぶ。
「……はははっ、そうだな。でも、慌てて転ぶな……」
「きゃんっ!」
 振り向き気味で、自然に早まり気味に歩いていたせいだろう。「転ぶなよ」と俺が言うより先に、ゆーきは、けつまづいて転んでしまっていた。
「おい……! 大丈夫か?!」
「あははっ……だいじょぶ、だいじょぶ……」
「ほれ、つかまれ」
「ん……ごめんね、潤一さん……」
「ったく……」
立ち上がらせる為に手を引いた俺は、思わず、「あっ……!」と声を上げてしまった。
「どうしたの?」
「ゆーき、お前、ここ……指先、怪我してるぞ!」
「えっ? そう? あ……ホントだ……」
 どこかでひっかいたんだろうか、ゆーきの指先には、米粒ほどの血がにじんでいた。大騒ぎするほどの物じゃないが、雑菌が入ったりすると、厄介だ。
「ゆーき、ちょっと待て。手当してやるから……」
「んー……大丈夫だよ、このぐらい。ご飯作ってて切っちゃう事もあるし。なめとけば……って……あ……」
 ゆーきが言い終わるより先に、俺はその手を取り、怪我をした指先を口に含んだ。土ぼこりと、かすかな血の味が、口の中に広がる。
「だっ、だから……そんなにヒドくないってばぁ……っ……ん……あっ……」
 に丹念になめていくと、ゆーきの声が、ほんの少し戸惑いがちになる。手を俺の口から引き抜きたいのと、任せたいのと……迷っているのが、俺の舌から分かる。
「……っと、こんなところかな。待ってろ、バンソウコウ出してやるから」
 俺は、そんな反応には気付かない振りをしながら、荷物の中からバンソウコウを出して、ゆーきの細い指に巻いてやった。
「これでよし、と。さあ、山頂までもうすぐだ。行くぞ!」
 だが、ゆーきは、手当が済んだはずの指先をぼんやりと見つめて、動こうとしない。
「どうした? そんなに痛いか?」
「…………えっ? あっ! あははっ! ゴメンゴメン! ちょっと、ボーっとしちゃって……」
「……行くぞ」
「はーい!」
 努めて平静を保ち、俺は、ゆーきの先に立って、山頂へと進んでいった。

「はあ……はあ……っと……着いたぞ、ゆーき……! 見てみろよ……」
「ふわぁ……! すっごぉ……い!!」
 それからほどなく、俺達は山頂へとたどり着いた。
 ……もっとも、それほど大したことはない距離だったし、特に険しい場所でもない。現に、周りはベンチが数カ所にあり、気軽にくつろげるようになっている。眺めと空気がとびきりいい、簡単な公園と言ったところだ。
「遠くまで、よぉく見えるな……」
「そうだねぇ……なんか、おっきなキャンバスに描いた絵を、ずぅっと上から眺めてるみたい……」
 自然と深呼吸をしながら、秋空へ向かって言葉を投げる。
「んー……っ……!」
 大きく伸びをして、このまま大の字に倒れ込みたいところだったが、ここの地面は芝生じゃない。そうするかわりに、近くのベンチへどっかりと腰掛ける。
「さて……」
「さて!」
 どこからともなく、お腹の鳴る音が聞こえた。……どっちかは、言うまでもないだろう。いそいそとリュックを下ろし、弁当を取り出す。
 竹の皮に包まれたオニギリは、ご飯の水分で、全体がしっとりと汗をかいている。その、細かに立ち上る霧に乗って、木の香りと、海苔の香りがさらに食欲を刺激する。
 水気に濡れて、きらりと光る、木の肌。
「…………」
 不埒なほどの早さで、俺の連想力が働き、一つの結果が導かれる。
 ……まあ、それはさておくとして、今はメシだ、メシ……。
「いっただっきまーす!!」

 喰う描写については、省かせて貰おう。なんせ、さっき俺が想像したとおりなんだから。ああ、心配しなくて良い。『慌てて喰って、喉に詰まらせる』っていうお約束も、きっちりやってくれたよ、ゆーきの奴は……。

「ぷはぁ……っ! あー……おいしかった! ごちそうさま!」
「やれやれ……そいつは良かった……」
 食後の熱い茶をすすりながら、満たされた腹とともに、一息。ベンチに大きくもたれかかり、二人して空を見上げる。
「きれいだね……」
「ああ……」
 夏の、深く落ち込んで行きそうな空ではなく、明るく広い、秋の空。
「ねえ、潤一さん」
「ん?」
「こうやってると、なんだか、空が毛布みたいに思えてくるね」
「毛布か……」
「うん。夏空はさ、プールみたいで……飛び込めたらなあって思うけど、秋の空は、薄くて、気持ちいい毛布みたい……」
「はははっ……うまいこと言うじゃないか」
「へへへっ……」

「あっ! 潤一さん! あれあれ! あそこ見て!!」
「ふぁ……あ……あぁっ……?!」
 満腹感が誘う眠気に、空の毛布が覆いかぶさってくる。
 それにおとなしく包まれようかと思っていたところを、たとえた本人のゆーきが、強引にひっぺがした。
「あれあれ! ボクの指先の方!」
 ゆーきが指差す先には、独特の鳴き声とともに、大きく羽を広げて滑空する鳥がいた。
「おっ……トンビかぁ……」

(ピー……ヒョロロロロ……)

「きれいな声……。気持ちよさそうに飛んでるね……」
「そうだな。トンビなんて、久しぶりに見たぜ」
 ふと、ゆーきは空のトンビをじっと見つめ、口をすぼめた。
「ぴー……ひょろろろろぉ……」
(ピー……ヒョロロロロ……)
「ぴぃぃ……ひょろろろろぉぉぉ……」
 ゆーきの鳴き真似に答えるかのように、頭上のトンビは、くるりくるりと円を描いて飛び、山々に響く声で鳴き続ける。
「ぴぃぃぃ…………あっ……」
 だがやがて、勝負に飽きたのか、トンビは、俺達の見えないところへと飛び去って行ってしまった。
「行っちゃった……」
「まあ、いいもん見せてもらったな。あのまま寝てたら、見逃すところだった」
「あはっ……良かった!」
「はははっ……」
 ぽんぽんとゆーきの肩を叩きながら、俺は改めて、さっきまで被っていた毛布……頭上の秋空を見遣った。
「潤一さん、お茶、飲む?」
「ん? ああ、さんきゅ……」
 お茶の湯気が、落ち葉の匂いに思える。
 深呼吸すれば、土の匂いは身体を巡り、俺の身体を空へと溶かす。
 つまりは、またもや眠気に似た気分が来たわけだ。……仕事に備えて半ば義務で寝るのと、寝たいときに寝る気持ちってのは、随分違うもんだ。
「ねえねえ、あと一杯ちょっとで水筒が空になるけど、潤一さん、いる?」
遠くの方で、ゆーきの声がする。
「いや、俺はもういい。お前、飲めよ」
「はーい」
 こくこくと、お茶を飲み干すゆーきの喉の音。色っぽさを思うのは……いや、まだ早いか……。
「……けぷっ……。ちょっと多かったかな……? まあいいか。軽くなったし……って……わっ……?」
「膝……借りるぞ……食後のお昼寝だ……」
 言うが早いか、俺はゆーきの膝に倒れ込んだ。
「んふっ……はーい、分かりました。ごゆっくりどーぞ……」
「なんだそりゃ……」
「へへへっ……」
 ふわり……と柔らかなゆーきの太もも。男の子のような外見だとは言え、やっぱりコイツは、間違いなく女の子だ。身体のどこをとっても、暖かく、柔らかな、可愛らしい、愛おしい、俺の、大事な、かけがえの、ない…………

「……さん……じゅんいちさん……」
「……んぁ?」
「結構冷えてきたよ。そろそろ、帰った方が良いんじゃないかな?」
「あっ……そんなに寝てたか、俺? もっと早く起こしてくれても……」
「えへっ……だって……潤一さんの寝顔が……ね……」
「何だって?」
「んーん、何でもないよ! それより、今から帰ったら、ちょうど晩ご飯の時間だね。あっ! お買い物に行ってないから……」
 俺を起こさなかった理由はいまいち聞こえなかったが、顔を真っ赤にして言葉をまくし立てるってことは、何か照れくさいことを言おうとしたんだろう。まあいいか。
「そのへんは、アドリブ利かせようぜ? なんだったら、途中で何か喰ってもいいしな」
「あっ、それもそうだね!」
 モジモジしていた顔が、パッと笑顔になる。相変わらず、器用な奴め。
「よし、んじゃ、帰るとすっか!」
「うん!」
 ベンチに根付いてしまった尻を強引に持ち上げ、伸びを一つ。
 明日も快晴であることを知らせるような、透き通った夕日。それに照らされるゆーきの笑顔。ふっ……と頬を撫でた、あいつの膝枕を思い起こさせる、柔らかな秋風……。
 俺は、ほんの少し、口元を吊り上げていた。