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『上級立ちション講座』(1)

1.二人でお目覚め

 「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁぁ……っ!」
 俺は、闇の中を走っていた。
 いや、正確には、まったくの闇ではなかった。
 ほの明るい、熱い闇。背後から聞こえる、爆発音。
 巨大な火山が、気まぐれなその怒りをぶちまけていた。

 真っ赤に燃えた火山弾は、まさに雨あられと降り注ぎ、あちこちに火柱を立てている。

(ずどぉ……ん!)

「うわぁぁっ!!」
 すぐ近くに、一発。
 もう、どこをどうでもいい。とにかく、逃げなくては! そう思った。
 しかし……

「……うおわっ?!」
 無我夢中で走り続けていた俺は、けつまずいて派手にこけた。
 闇を仰ぐ目に、特大の火山弾が、来た。
「(にっ……逃げ……逃げ……!!)」
 だが、俺は動けなかった。腰を抜かしていたんだ。
 頭上から、巨大な火山弾が、まるで、スローモーションのように、ゆっくりと、俺に、向かって……

(ずぅぅ……ん……)

「ぐ……えっ……!!」
 あぁ、コレで俺は死んだな、ひき殺されたカエルみたいに、グチャグチャにつぶれて、死骸も溶岩に焼かれて残らないんだ……と思った。
「……んっ……んんっ?!」
 だが、俺の上の巨大な熱い岩は、俺を押しつぶさなかった。
 確かに、その岩は見た目通り重い。どれほど力を込めようと、ビクともしない大きさで、俺の息を途絶えさせるに十二分だ。
 だが、不思議と体に触れる感触は柔らかく、これほどの重ささえなければ、むしろ心地良いんじゃないかとさえ思えた。でも、やはりその岩は重く、熱い。体中から汗が噴き出し、それすら蒸発していく。

 なんてこった、このまま、じわじわと死ぬのか? この熱い大きな岩に下敷きにされて、息苦しさの中、体が焦げていく様を実感しながら、苦痛にまみれて死ぬのか?!

(ぐぅぅぅぅっ…… ぐぅぅぅぅっ……)

 ふと、奇妙なうめき声が聞こえた気がした。闇からではない。……そうだ、この岩から聞こえて来るんだ。この岩は生きてるのか? 俺を殺して喰うつもりなのか?
「たっ……たのむ……どいて……くれぇっ……!」
 意志があるのなら、俺の言葉も分かるかもしれない。詰まる息で必死に叫ぶ。しかし、俺の上の岩は、

(ぐぅぅぅぅっ…… ぐぅぅぅぅっ……)

という、奇妙な唸りを上げるばかりだった。
 ダメか……やっぱり俺は、このまま死ぬのか……そして、得体の知れない生き物の、エサとして一生を終えるのか……
「うっ……うぅっ……あっ……あぁーーーっ!!!」
 天を仰いだ叫びは、闇に吸い込まれるばかりだった……。




(びくん!)

「ぁ……ぁあっ……あ……?!」
 天井が見える。そして、中心には蛍光灯。視線を巡らせた壁には、窓。そこから差し込む光……。
「…………?!」
 俺の部屋だ。じゃあ、今のは夢……?
 ホッとして起きあがろうとしたところ……
「んっ……?!」
 体が動かない?! じゃあ、アレは夢じゃないのか?
 あの熱さも、まだ感じる……!
 冷や汗が、額を伝った。
「うぅぅ……ん…… むにゃ……」
 パニックになりかけたところへ、ふと、俺の体の上から声がした。
「んっ……? ……おわぁっ!?」
 そこには、掛け布団よろしく、俺の体にピッタリとかぶさって眠る女の子がいた。
 ちんまりとした身体に、ごく短いショートカット。男の子みたいだ。
 でも、着ているパジャマは、女の子用。そして、自分の身体に感じる感触も……紛れもなく、女の子のそれだ。柔らかくて、気持ち良い。
「…………」
 徐々に、頭が冷静になってくる。
「そっか……お前だったのか……ゆーき……。まったく……おどかすなよ……」
 安堵の呟きを漏らしながら、ぽふぽふとその髪を撫でる。
 すると……
「うぅ……ん……おかわりぃ……! むにゅ……」
 そんな寝言が聞こえた。
「(……ったく……なんて古典的かつ、幸せな夢を見てるんだか……。ま、コイツには、それが一番似合ってるけどな……)」
 俺は、もう一度ゆーきの身体を撫でてから、こうなるに至った経緯を思い出した。

 こいつと出会ったのは数ヶ月前。ある春の日の朝だった。
 何度か説明してるかも知れないが、元々こいつは人間じゃなかった。ある思念……それも、普通なら鼻で笑って終わりそうな小さな想いが、無数に集まって、その想いを遂げるために『仮の身体』を持って地上をさまよっていたモノ。
「むにゅむにゅ……おいし……」
 もぞもぞと、俺の上でゆーきが身じろぐ。パジャマ越しとはいえ、その感触は気持ち良い。朝ということもあって、どうしても、男の朝の生理現象が加速されてしまう。……気付かれなきゃいいんだが……

 そう。その想いとは、性にまつわることだった。
  『男の子のように、きれいな立ちションをしたい』という女の子達の昔の想い。性差の意識が薄かった頃の、今から思えば、恥ずかしいぐらいの小さなこだわり。ゆーきは、その想いを遂げる相手を捜して、この地上をさまよっていた。
 そして、あの日。ある春の日の朝。俺は、全くの偶然にこいつと出会った。
 最初は、変な奴だと思った。不気味で、逃げたりもした。だが、その真っ直ぐな瞳を見るうちに……気持ちが揺らいできた。いや、惚れてしまっていた。
 しかしこいつは……想いを遂げた途端、空へ帰っていった。目的を果たしたんだから、それで良かったはずだ。でも俺は……コイツにもう会えないと分かって、初めて悲しいと思った。あんな瞳、そう滅多に見られないのにな……と、残念でならなかった。
 そんなことを考えていた、またある日。彼女が思いを遂げたあの場所で、俺は、ゆーきと再会した。何でも、こいつも人間になりたがっていたらしく、神様に頼んで、願いをかなえてもらったそうだ。
 俺は、この時ほど嬉しいと思ったことはなかった。行くあてがないのなら、俺が面倒を見てやる。一緒に暮らそう! ……と、いうわけで、二人の同棲生活が始まったというわけだ。

 コイツの可愛さ、純粋さを語るには、言葉は非力だ。ただ、俺は、コイツのために、できる限りのことをやってやろう……そう決めている。
「うーん……じゅんいちさぁん……ごはん……もっとぉ……」
 再び、俺の上で身じろぐゆーき。
「(……ぷっ……。とりあえず、久しぶりに俺がメシを作るか……)」
「ふぅあ……? んー……むにゃ……」
 ゆーきの下から這い出て、布団を元通りにしてやる。
「さて、と……食材は何があったかな……?」
 洗顔のたぐいを済ませてから、冷蔵庫を開け、中を見る。
「……うん。ハム、ニンジン、タマネギ、ピーマン……冷凍庫には……余ったご飯もある。OKだな」
 俺の料理のレパートリーは、実は限られている。今から作ろうとしている焼きめしと、雑炊、後はポトフ―いや、単に野菜のコンソメ煮と言った方が良いかも知れない―だ。ゆーきの手に掛かれば、あり合わせの物でも、いろいろ出来るんだが、起こすのは可哀想だ。俺は、チャーハン作りに取りかかった。

「うーん……いーにおい……んー……あ……?」
 野菜の炒まるいい匂いが漂い、そろそろ出来上がりだと言うとき、ゆーきの目覚める声が聞こえた。
「よう、起きたか? ゆーき」
「うん……おはよう、潤一さん。あっ……! ごめんなさい! ボクがご飯作らなきゃいけないのに……!」
「気にするなって。せっかくの休みだ。たまには俺に作らせてくれって。……変わり映えのしない、いつものチャーハンだけどな」
「ううん。そんなことないよ! そうだ、潤一さん。何かボクに手伝えること、ないかな?」
 俺より遅く起きてしまった事に、ばつの悪そうな顔をしていたのはほんの一瞬で、すぐに、俺を手伝おうと立ち上がるゆーき。何事もうじうじしないのが、コイツなんだ。
「いや、こっちはもう出来上がりだ。そうだな、布団を片づけて、テーブル、出してくれるか? あとは、顔を洗ってこい」
「うん、わかった! よっ……いしょっ……とぉ……」
 布団を抱えてよたよたと歩くゆーきの姿が、やけに可愛らしい。……手にフライパンを持っていなければ、後ろからちょっかいを出したくなるぐらいだ。
「あれ? 潤一さん、どうしたの?」
「……ん? あぁ、スマンスマン……」
 テーブルを拭くふきんを取りに来たゆーきに声を掛けられ、俺は我に返った。
「?」
「…………」
 頼む、ゆーきよ。そんな、小首を傾げて、俺をじっと見つめないでくれ。
「(朝から、何を考えてるんだよ……ったく……)」
 俺は、気持ちの切り替えを兼ねて、ちょっと大きな声で言った。
「よし! 支度サンキュ! んじゃ、喰うか!」
「わーい!」