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『いきたい〜立ちション講座・概論』(1)

1.いつもと違う週末

 「る、るるるーん……」
 鼻歌を歌いながら、ボクが振るのはフライパン。炒めてるのは、セロリと豚肉。セロリがしっとりするまでよーく炒めて、お塩とコショウで味付けして……。
 とっても簡単で、おいしいおかず。潤一さんの好物だから、ボクも作りがいがある。
「んー……いいニオイ! できたかな?」
 ひょい、とつまんで、味見、味見……っと。
「……うん! おいしい!」

(しゅんしゅんしゅん……)

 ちょうどご飯も炊けたみたい。おみそ汁も、お漬け物もよし! 準備完了っと!
 そろそろかなぁ……潤一さん……

「ふう……ただいまー!」
 ナイスタイミング!

「おかえりなさーい!」
「ああ、ただいま。ゆーき……あぁー……腹減ったぁー……」
「バッチリできてるよー!」
「いつもサンキュ! しかも、この匂いは、俺の好きなアレだな?」
「やだ……潤一さんのエッチ!」
「あん?」
「好きな『アレ』だって……んふふ……」
「ふふっ……面白い事言うじゃないか……」
「あははははっ!」
 おっきな手が、ボクの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 いつもあったかいなぁ……潤一さんの手……

「いただきまーす!」
「うーん……困るねぇ……このおかず……」
 勢い良くご飯を食べながら、潤一さんが言う。何だろ?
「うん? 味付け、塩辛かった?」
「いいや、うまいんだよ。おかげで、メシが進みすぎちまう」
「なぁんだ……良かった!」
「相変わらず、お手並みお見事!」
「えへへ……」

 二人で囲む、晩ご飯。
 ほかほかとしたご飯と、おみそ汁と、おかずの湯気。
 それから、潤一さんのいる空気。
 ほんとに、あったかい……。
 いつも待ち遠しい、いつも嬉しい、この時間……。

「ふぅ……ごちそうさま! うまかった!」
「おそまつさまでした!」
 二人でキレイに平らげるのも、いつものこと。ほんとに、作るのが嬉しくなるなぁ……。

「あっ、そうだ……ゆーき、今日、何曜日だっけ?」
「ん? えーと、木曜日だよ」
 後かたづけを終えて、二人でくつろいでいるとき、潤一さんがそんなことを言った。『仕事をしてると、曜日感覚が無くなるよ』って、潤一さんはよく苦笑いで言う。でも、明後日はお休み。ごくろうさま……そのつもりで言ったんだけど……
「あちゃぁ……もうそんなになるのか……。もうすぐじゃないか……うーん……」
浮かない顔の潤一さん。何かあったのかな……?
「どうしたの?」
「ゆーき!!」
「きゃっ!?」
身を乗り出してたずねようとするボクに、同じく、ずいっ! っと身を乗り出す潤一さん。
「なあ、ゆーき……」
「えっ? えっ? えっ?!」
 真剣な顔で、じっと見つめる目。
 ……やだ……なんだか、ドキドキしちゃうよぉ……ちょ……ちょっと『アレ』には、時間が早くないかな……でも、別にボクはいつだってイイけど……
「ゆーき、スマン!」
「はえ?」
 潤一さんが、突然、机に突っ伏してあやまり始めた。いったい、どうしたんだろ?
「……スマン。今週の週末……あさってからなんだけどな、俺、社員旅行に行かなきゃならないんだ」
「えっ……?」
「土曜日の朝に出て、帰りは、日曜日の晩になる。その間、留守番……頼む。な」
 本当にすまなそうな潤一さんの顔。その顔をぼんやり見ながら、言った言葉を理解するのにはしばらくかかった。

 潤一さんは今度の土日、家にいない。
 と、いうことは……
 そう。週末、家にはボク一人……ということ。
「…………」
 どういう風に返していいのか、ぼう然とするボクに、

(ぽんぽん……)

 おっきな手がかぶさる感覚がした。
 目尻に浮かびだした涙越しの視界に、苦笑いの顔が浮かぶ。
「ごめんな。土産買ってきてやるからさ。少し、辛抱してくれ……」
 さらさらと、頭をなで続ける手。あったかさが、じんわりとしみてくる。そのあったかさにボクは、
「うん……」
 半分の泣きベソでうなずいた。

 そして土曜日の朝。
「朝からそんな顔するなって。んじゃ、後よろしくな!」
 軽くおでこにキスをしてくれた後、大きなカバンを抱えて、潤一さんは出発していった。
 ばたん……と扉が閉まる音がして、部屋がしん、と静まり返る。

 「…………」
 もう慣れちゃった、朝の風景。
 お仕事のために出かけていく潤一さんと、帰りを待つボク。
 寂しいけど、いつも夜には帰ってくるし、週末はずっと一緒にいられるからガマンできる。
 でも、今日はいつもなら、そのお休みの日。しかも、帰って来るのは、明日の夜。その次はまた、月曜日。……次のお休みまで……
「やーめたっ!!」
 ボクはわざと声に出して言った。うん、イヤな方に考えるのやめ!
 ほんの一日、たった一日! 明日の晩には、絶対帰って来るんだ! 寂しくなんかない。いろんな事をしてれば、アッという間なんだから!

 それからボクは、いつにもまして素早く、洗い物やお掃除、お洗濯をすませた。
 ……ホントは、いつものペースで動くのが怖かったんだ。いつものペースだと、なんだか、潤一さんが出かけてるの、忘れそうだったから……。

「ぷぅ……」
 おでこににじんだ汗を腕でぬぐいながら、一通り部屋を見渡す。
「うん、きれい!」
 早送りみたいに動いたから、ちょっと疲れちゃったかな……

「さぁて……」
 つぶやいてから、ボクはふだん着に着替え始めた。日課のお散歩に行くんだ。
 着替えながら、窓の外を見る。
 ……今日も良いお天気。暑さもやわらいで、とっても過ごしやすい秋の日。 開け放した窓からは、ふんわりとした風が入って、ボクの肌をなでる。とっても気持ちいい。ボクはその風に急かされるように着替えをすませ、家を出た。

 地面をしっかり踏みしめながら。ゆっくり、ゆっくり歩く。
 通り過ぎる家の垣根からは、ほんのりと、キンモクセイの匂い。涼しい風に乗って、ボクの体の中を巡っていく。本当にいい気持ち。
 あんまり遠くなりすぎないの家の周辺を、ぐるっとひとまわり。時々脇道にそれてみたりすることもあるけど、前にずいぶん迷っちゃってからは、あんまり『冒険』はしないことにしてる。
 その日は、ぐるっと大回りしてから、いつもお買い物に来る、商店街の方へと入っていった。

 中途半端な時間だから、商店街の賑わいも少ない。ボクは、顔なじみになりつつある、いろんなお店の人にあいさつしながら、ゆっくり歩いていった。
「あ……」
 ふと、ボクの鼻を抜ける香ばしい香り。見上げると、ときどき潤一さんと一緒に来る喫茶店だった。
「ちょっと歩き疲れたから、ひと休みしようかな……?」
 そう思って、ボクはドアをくぐった。

(からん…… からん……)

「いらっしゃいませ……やぁ、こんにちわ、ゆーきちゃん」
「こんにちわ、マスター」
 あごひげのマスターの笑顔に、ボクも笑顔で返す。

 中途半端な時間のせいか、お客さんは、ボク一人。ウエイトレスさんも早めの休憩をしているのか、見あたらない。
「珍しいね。今日は、潤一君はいないのかい?」
 お水を差し出しながら、珍しそうに訊くマスター。
 そういえば、一人で来るのは初めてだったなぁ……。
 ボクは、
「うん。社員旅行……って言ってた。会社のみんなと旅行に行くんだって。でも、潤一さん、全然楽しそうじゃなかったんだ。どうしてかなぁ?」
 出がけの、弱り切った顔を思い出しながら、思ったままをたずねてみた。
 するとマスターは、あの時の潤一さんのように、ひげを困った風に曲げて返した。
「なるほど……そりゃ災難だな。せっかくの週末だってのに……。サラリーマンの宿命だなぁ……」
「どういうこと?」
 ますます分からなくなってきたボクに、ホットコーヒーを差し出しながら、マスターは続けた。
「うーん……なんて言うのかな、確かに多少は楽しい旅行なんだけど、気が抜けないんだ。えらい人がまわりにたくさんいて、いつも気を配ってなきゃいけない。心を楽しむ方に膨らませるんじゃなくて、すり減らしちゃう事の方が多いんだよ。だから、とっても疲れる。私も、元々は会社勤めだったんだけどね、それもひっくるめて、いろいろ嫌になったんで辞めたのさ」

 お仕事のことや、えらい人のことは分からないけど、『心をすり減らす』と言う言葉が、なんだかとってもイヤな響きで、少なくとも『あんまり楽しくない』と言うことは分かった。
「潤一君、きっと『仕事みたいなもんだ』って、言ったんじゃないかな? つまりは、そういうことなのさ」
「ふうん……」
「一緒に過ごせなくて寂しいだろうけど、辛いのは潤一君も同じだよ。ちょっぴり、ガマンしなきゃね」
「……うん……」
 苦笑いするマスターに、ボクは、コーヒーに砂糖とミルクを入れながら、ひとまず、うなずいた。

「ゆーきちゃん、何か食べるかい? そろそろお昼だ。お腹、空いてるだろう? 私がごちそうしてあげるよ。メニューから、好きなのを言ってよ」
 何となく空いてしまった間を持てあますボクの耳に、マスターの声が聞こえた。
「えっ……でも……」
 もちろん嬉しいけど、どうして……? 決めかねているボクに、マスターは、笑って言った。
「私の店ではね、みんなに笑顔でいて欲しいんだ。たとえひとときでも、心から安らいで欲しいと思ってる。特に、ゆーきちゃんには、笑顔が一番似合ってる。私はいつも、潤一君に連れられてくる、ゆーきちゃんの笑顔が大好きなんだ。バイトの女の子もみんな言う。あの娘、本当に楽しそうに笑うね、って。大げさな言い方だけど、ゆーきちゃんの笑顔は、見ている人も楽しくする笑顔なんだ。だから、そんな寂しそうな顔を見せるのは、今だけにしとこうよ。私は今のゆーきちゃんを喜ばせたい。でも、私にできることと言ったら、コーヒーを入れて、料理を作るぐらいだ。『君のその笑顔のために』なんて、格好つけすぎだけど、私に、ごちそうさせてくれないかな?」
「…………」
「ちょっと……くさかったかな? それに、あんまりやりすぎると、潤一君に怒られそうだな……はははっ」
 もごもごとヒゲの奥で照れて、ポリポリと頭をかくその顔に、
「……あはっ……あははっ!」
 ボクもつられて笑ってしまった。

「んじゃ、スパイシーホットドッグ、お願いしまぁす!」
「スパイシーホットドッグ、ね。かしこまりました!」
 やがて差し出されたのは、大ぶりのウインナーに、真っ赤なチリソースがたっぷりかかったホットドッグ。潤一さんと来るときに時々食べる、ボクの好きなメニューの一つなんだ。特にこの、たっぷりかかったチリソースが凄くおいしくて、材料をそろえて、家でも作ってみたことがある。けど、どうしても一緒にならないんだ。……なんでだろう?

 ボクは、ほおばる口元をピリピリさせながら、マスターにたずねた。
「ねぇ、このチリソース、お店で売ってるの?」
「うん。基本は、その辺の店で売ってる物と一緒だよ。でも、そこに私は一ひねり加えてるけどね」
 自信たっぷりに言うマスター。そっか、やっぱり何か入れてるんだ。なんだろ?
「教えて、教えて!」
「残念。こればっかりは、私の秘密だ」
 唇に人差し指を当てて、『ないしょ』のポーズ。うーん、残念……。
「でも、おいしいだろ?」
「うん!」
 本当においしいから、返事も大きくなる。
「そうそう、その顔だよ。おいしい物を食べて、よく寝て、よく遊んで、よく笑って……せっかく神様に貰った命、思いっきり楽しもう!」
 ボクの顔を見て、マスターも大きくうなずいた。

「ごちそうさま! あの、ほんとにありがとうございました!」
 帰り際、頭を下げようとするボクに、
「そんなに改まらなくて良いよ。私はいつものゆーきちゃんを見たかったんだからさ」
 ポンポンと肩を叩く、ごつごつとした手。にっこり微笑むマスターの顔に、ボクは、さげようとした頭を上げて、かわりに、
「うん!」
 もう一度、大きくうなずいた。