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『中級立ちション講座・夏期特別補講』(2)

Act.2

「うーむ…………」
 屋上のビアガーデンで、俺は、あの時の浜辺のようにうなっていた。
 広い屋上に作られた座席は、またしても人、人、人……。
 失礼を承知で言わせてもらうが、一体どこから湧いて来るんだろう……。

「えーと、どこが空いてるかな……あぁ、あった。あそこにしようか、友部君」
「はい。んじゃ、荷物を置いて……と」
 傍目に満員でも、結構空きがあるもんだ。俺達は、四人掛けのテーブルを見つけ、椅子の一つに目印を兼ねて荷物をひとまず置いた。
「バイキングですよね?」
「ああ。そうだよ」
「んじゃ、とりあえずドリンクコーナーへ……」
 行こうとする俺を制して、諏訪さんが言う。
「ちょっと待った、友部君」
「はい?」
「先に料理を取らないか? 先にビールをもらうと、料理を選んでいるうちに、せっかくの泡が消えちゃうぞ?」
「あ……そうか……。じゃあ、そうしましょう」
 そうか……言われてみれば、確かに道理だ……気づかなかった……。

 改めて向きを変え、料理コーナーへ向かう。
 山と積まれた様々な料理は、一種、壮観だ。
「へえ……和洋中、何でもあるな……」
料理の種類に感心している俺に、
「ねえねえ、潤一さん。これ、どうしたらいいの?」
皿の山と料理の山と俺を見比べながら、ゆーきが訊いてきた。
「ああ、適当に皿を取って、好きな料理を自分で盛るんだ」
「おかわりは?」
「自由だ。何回でもやっていい」
「ホント?」
「ああ。好きなだけ喰える。ただし、残すなよ」
「やったぁ! うふふ……そうかぁ……」
にんまりと笑うゆーき。……こいつ、目が「全種類食べてやる!」って言ってないか?
「友部君、あきれなくても良いだろ? 食欲は、旺盛な方がいいよ」
「ま、そうですね……」
「でも、食べ過ぎないようにね、ゆーき君」
「うん! うふふふふ……」
返事はしたが、聞いてないな、ゆーきの奴……

 それからおのおの、好きな物を取っていった。
 俺はフライドチキンやポテトなんかの揚げ物中心。
 おう! 軟骨の唐揚げがあるとは、渋いじゃないか。好きなんだよな、これ……。多めに取ろう。
 一方の諏訪さんは、枝豆、ウインナー、キムチ等の定番ツマミに、後は寿司、煮物系。和食派なんだろうな。
 そしてゆーきは……皿を二枚持ち、端っこから順番に取って行っている……。本気で全種類制覇するつもりだろうか? 無理だとは思うが、こいつなら挑戦しかねないな……。

「ひとまず、こんなもんだろう。じゃあ、ビールをもらいに行こうか、友部君?」
「分かりました……大丈夫か? ゆーき……」
「とっ……ととっ……」
 ゆーきは文字通り料理を山盛りにして、そろそろと歩いている。……危なっかしいなぁ……。
「おかわりは出来る、って言っただろ? こぼすなよ、まったく……」
「えへへ……ごめんなさぁい……とととっ!」
皿に注意を向けたまま、照れ笑いをするゆーき。
それすらも可愛くて、つい許してしまうのが、コイツの反則その2だ。
「すいません、諏訪さん……」
「はははっ……慌てなくていい。ゆっくり行こう」
そういって諏訪さんは、先頭に立って人垣を分けながら、俺達の通る道を作ってくれた。ホントにスイマセン、諏訪さん……。

「やれやれ……」
 なんとかこぼさずに、席まで戻れた。続いて、ビールコーナーへ向かい、生ビールのジョッキと、オレンジジュースのグラスがテーブルに加わる。

 そして、飲み物を分配する。俺とゆーきに、ナマ中。諏訪さんは、オレンジジュース。え? ゆーきと諏訪さんが逆だろうって? いや、合っている。実は、諏訪さんは下戸なんだ。じゃあ何で飲みに誘うのかって? 俺も最初は不思議に思った。が、諏訪さんいわく、酒場の雰囲気が好きなことと、酔った勢いで、周りの本音を聞けるから……だそうだ。

「今週もお疲れさん。乾杯!」
「かんぱーい!」
 ともあれ、周りの喧噪にしてみれば、何百回目かの乾杯を交わす。がちり、とした音の後は、ビールは一気に喉へ滑り落ちる。
「ぷふぅー……うまい!」
 ……やはり、飲み屋の樽詰めビールは旨い。こればっかりは、雰囲気だけの問題じゃなく、れっきとした味の違いがあるもんだ。ゆーきもそれを実感したのか、
「おいしーい!」
口の周りを泡だらけにしながら喜ぶ。
「……ふふっ、ゆーき君、いい飲みっぷりじゃないか」
オレンジジュースをちびちびやりながら、諏訪さんも嬉しそうだ。
「うん!」
泡だらけの笑顔を、諏訪さんにも向ける。まったく、何につけても、甲斐のある奴だぜ……。
「友部君、女の子に毎日飲ませて、何やってんだ?」
 そう言って、諏訪さんが意地悪な顔を向ける。
「んな、誤解を招く言い方は、よしてくださいよ……」
「でも今更、プラトニックって訳でもないだろ?」
「ま……そりゃ……そうですけど……」
公衆の面前で、話がそこに及ぶと、さすがに恥ずかしいな……少し弱っていると、
「あー、潤一さん、顔赤いよ。もう酔ったの?」
にんまりとした、ゆーきの声が聞こえた。くそう、なんか悔しいぞ……。
「ははは、まるっきり逆だな、友部君」
「いや、お恥ずかしいッス……」

 それから、話は弾んだ。話の発端はほぼゆーきで、会社での俺のことなんかを、いろいろ聞いていた。諏訪さんや俺が答える度に、思い切り驚き、感心する。その表現は、お世辞じゃなくて本当だから、見ていてとても楽しい物だった。

「ところで、二人の出会いって、どんなだったんだい?」
 ふと、そんな話になった。……うーん、どうしよう。まさか、実はついこの間、ちゃんとした人間になったばかりです……なんて言えないよな。まして、きっかけが『立ちション』だなんて……。俺が考えあぐねていると、
「ボク、孤児院で育ったんだ! そこに、大学時代の潤一さんがボランティアで来ててね、いろいろ遊んでくれたの。それで、この間孤児院がつぶれちゃったのを機会に、潤一さんの所にボクが押し掛けたんだ!」
 よどみないゆーきの答え。……むう、そういうことにした訳ね、神様……。ずいぶん至れり尽くせりじゃないか。
「へぇ……大変だったんだね、ゆーき君」
感心する諏訪さんに、ゆーきは、
「今は、潤一さんがいるから、全然平気だよ!」
果たして酒のせいなのか、少し赤らんだ顔で満面の笑みを作り、返したのだった。ほんとに、お前って奴は……。
「でも友部君、大学在学中に出会ったって事は、少なくとも二、三年前だろ? じゃあやっぱり、彼女が中学生の頃に手を出したんじゃないか?」
「諏訪さん……オレンジジュースで酔わないでくださいよ……。それに、手を出したのは最近……あっ……」
「白状したな、友部君」
してやったり、という顔の諏訪さん。ちぇっ、また乗せられちまった……。

 それからも、宴は続いた。諏訪さんは、ジュースやウーロン茶で通し、俺とゆーきは、がんがんビールを飲んでいた。やがて……

「くー……くー……」
 ゆーきは酔いつぶれ、テーブルに突っ伏して眠っていた。傍らには、三杯目の中ジョッキが空になっている。……そりゃ酔うよ。普段は、350ml缶一本なんだから。
「そろそろ、お開きにしますか?」
「そうだね。彼女、大丈夫かな?」
心配そうにゆーきを見やりながら、諏訪さんが呟いた。俺は、
「大丈夫ですよ……よっと……」
言いながら、ゆーきを椅子から引っぱり出し、
「ふわ?……わわっ……」
何事かと驚くのを、強引に負ぶった。
「コイツはちゃんと連れて帰りますから。そうだ! お代、先払いで立て替えてていただいた分、払いますよ。いくらでしたっけ?」
財布を探る俺を、諏訪さんは制して言った。
「いや、今日は私がおごるよ。楽しい話をたくさん聞かせて貰ったからね」
「えっ……じゃあ、ごちそうさまです! ありがとうございました!」
 え? ちょっとは遠慮しろって? まぁ確かにそうだけど、せっかく向こうが言ってくれてるんだ。甘えられる物ならそうしたほうが、財政的に助かる。

「友部君。酔い覚ましに、一駅ほど、歩くかい?」
「えっ? ええ……」
 ビアガーデンを出たところで、諏訪さんがそんなことを言った。……別に、ゆーきは軽いから、気にならない。良いかもな……そう思って答えた。
 
 いつもの駅から、次の駅まで、歩けば十五分程だ。俺と諏訪さんは、会社の話や、上司の悪口なんかを言い合いながら、ゆっくり歩いた。

「幸せだな、友部君」
 突然、そんなことを訊かれた。
 俺は、なんだかよく分からずに、背中のゆーきを確かめながら、
「……どうでしょうね。毎日、振り回されてますよ。生活が、こいつ中心になっちゃって……」
少し笑って言った。それに諏訪さんは、
「それが幸せって物さ。誰かのために生きるってのは、良いことだ」
と返した。

 誰かのために……か。そう言えば、諏訪さんぐらいの歳の人は、社内でも結婚してる人が多い。家庭の話が雑談の話題によく上るのに、この人からは聞いたことがない。俺は思いきって訊いてみた。
「そういえば諏訪さん、ご結婚は……」
「いや、私はずっと一人身さ。今は、親父と一緒に暮らしてる」
世の女性陣は、どこに目を付けているのだろう……。俺はさらに訊いた。
「父親のために生きるのは、幸せじゃないんですか?」
「全く違う、とは言えないがね。惚れた女の子のために、の方が、より楽しいものさ」
「諏訪さん……」
 そう語る彼の目は、薄暗い街灯に、少し寂しげだった。いろいろ、あったんだろうな。きっと……。

「いい娘だな。彼女」
「……ええ」
「幸せに、してやれよ。この娘は、そうならなきゃいけない娘だ」
 幸せ。ゆーきの幸せ……何なんだろう? 俺は……与えること、いや、それを叶えることが出来るんだろうか?
「…………」
俺は言葉に詰まって、考え込んでしまった。そこに、
「だからといって、気負うなよ。妙な気遣いもするな。ただ、悲しませちゃいけない。それだけさ」
すぐに考え込む俺の癖を見切って、暖かな言葉がかかる。
「……はい!」
俺はただ、力強くうなずいた。




「……今日は、良い日だったよ。また行こう。じゃな、友部君」
「はい! お疲れさまでした。失礼します!」
 やがて駅に着き、ひらひらと手を振りながら別路線のホームへ消えていく諏訪さんを、俺は、姿が見えなくなるまで見送った。

 それからしばらく電車に揺られ、家の最寄り駅に着いた。店はほぼ全て閉まり、人通りも全くない。ただ、澄んだ虫の声だけが、夏の夜空を微かに震わせていた。遠く近く、その声を聞きながら、俺は、家への道を急いだ。その時……

「潤一さん……」
 ゆーきの声がした。
「お、気がついたか? もうすぐ家だからな」
が、俺の言葉に構わず、ゆーきは続けた。
「潤一さん……ボクの幸せはね……」
 その言葉に、俺はどきりとして足を止めた。……聞いてたのか……。
 俺は、その次の言葉の瞬間だけ、耳が聞こえなくなればいいと思った。しかし、聞こえてしまったその言葉は……
「ボクの幸せはね、潤一さんに、出会えたこと。そして、今、潤一さんが、側にいることだよ……」
「ゆーき…………」
 言葉が出なかった。ただ、目頭が熱くなっていくのを抑えきれなかった。もう、それだけだった。

 愛しい。こんなに愛しいゆーき。
 俺は、耐えきれずに泣きながら、再び歩き始めた。

 体が、どんどん熱くなってくる。……特に背中が……えっ?
「はぁ……はぁあ……ふうんっ……」
 ゆーきは、俺の背中に、激しく体を擦りつけていた。ぐにぐにと、小さな膨らみがスーツ越しにも分かる。
「どっ……どうしたんだよ、ゆーき!?」
 まさか、酔いすぎてどうかしちまったのか?! 驚く俺に、半ば夢見心地の声が返ってきた
「あのね……さっきから……ボク……オシッコ……したいの……我慢してて……はぁっ……したくて……したくて……んふっ……しょうがなかったんだけど……そしたら……それ……んっ……それが……なんだか、ドキドキして……変な……気持ち……気持ちにぃ……」
 悩ましげに訴えるゆーきの声に、俺の中では、もう一つの『愛しさ』が、ムクムクと膨れ上がっていった。すでに、酒で思考の部分麻酔はかかっている。
「(ま、家に帰ってから、『理性の鍵』を外すか……)」
俺は、歩きながら考えていた。しかし……

「ああっ……もっ……もうだめぇ……ボク……ボク……出ちゃう、出ちゃうよぉぉぉぁぁぁーーーっ!!」
 一瞬、俺に強くしがみついたかと思うと……

(じゅわわわわ………………)

 熱い、熱い流れが、俺の背中を濡らしていく。
 アルコールの力を借りたそれは、いつもより多いがゆえに長く、そして近くに感じるがゆえに強く、俺の思考を麻酔した。

「ゆぅー……きぃー……」
 地の底からのように深く、ゆっくり、俺はその名を呼んだ。
「んはぁ……ふぅっ……んっ……んんっ……ふあ?」
 泉の源を俺の背中に擦りつけ、ぴくぴくと体を震わせて一人もだえるゆーきは、すでに心ここに在らずだ。

(ばき……ん)

 その声に、俺の理性の鍵は、耐えきれずに壊れた。
 そして……

「今夜は……眠らせねーぞ!!」
 俺は、家までの残りを、全速力で駆け出した。


―おわり