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『Happy2 Birthday My (S)We(e)t Angel!』(5)

5.すれ違った時間

 駅まで歩く五分ほどの間、俺は自分が早足になっていることに気付いた。なぜだかはっきり分からないが、何かある、そんな思いがあった。

「おっす」
「………………あ、こんばんは、友部君。ごめんね、こんな遅くに……」
 改札から少し離れた薄闇の中に、彼女は居た。
「いいさ。とりあえず、ここじゃ何だ。近くに公園があるから、そこへ行こうか」
「うん……」
 写真を渡すだけなんだから、場所を移すはずなんて無いだろう。だが、そうしなければいけない理由があった。
 ……駅の照明に照らされた彼女の目が、涙に赤く腫れていたからだ。

「とりあえず、先にこれを渡しておくぜ。そら」
 家近くの公園。ライトの下のベンチに座り、定期入れから写真を取りだし、渡す。
「ありがと……。うわぁ……可愛い娘ね……」
「ああ。似合うのを選んでやってくれ。頼むぜ」
「分かったわ。じゃあこれ、預かっとく。品物と一緒に返すわ……」
「よし。よろしくな」
 本来の目的は、ここまでだ。だが、二人とも動かなかった。
「…………………………」
「………………」
 岩城は、うつむいたまま、膝頭を握りしめ、口をつぐんでいる。
 だがやがて、短く、絞り出すように言った。
「……訊かないの?」
「……連れてきたはいいが、どうしたらいいもんか、正直、迷ってたところだ。聞いて、俺がどうこう口を挟める問題じゃないだろうしな。……俺は、聞くだけしかできない」
「うふふっ……ほんと、全然変わって無いなあ、友部君。後先考えずに突っ走っちゃう所とか、変に干渉しない、優しいところとか……」
「……何にも考えないで、逃げてるだけさ」
「じゃあ、私の話も、聞き流してくれる?」
「ああ。助言を求められるのは、困るけどな」
「うん……」
 それから、しばらくの間をおいて、岩城は話し始めた。
「私ね……ふられちゃったんだ……」
「………………」
「すっごく好きだったのに……彼が喜ぶことだったら、何だってしてあげようと思ってたのに……」
「のに?」
「『女はそんなことをしなくていい。うっとうしい』ってさ。それからなんか、溝が見え始めて……」
「ああ」
「最後は、留守電の一言。『もう電話をしてくるな。こっちからもかけない。終わりだ。じゃあな』だってさ……笑っちゃうわ……」
「なるほど……」
 ヤケ気味に笑う岩城を、俺は約束通り、あえて流した。
「ねえ、友部君。昔はさ、二人で結構、エッチな話もしたよね?」
「そうだな。お前は、下ネタの話せる、数少ない女だったな」
「もうっ、もう少しマシな言い方してよね……」
「悪い。それで?」
「うん。一番嫌だったのは、彼とのエッチの時なのよ。友部君さあ、この娘とエッチする時、つっぱってる?」
「いきなりだな……。つっぱってるって、どういうことだ?」
「だからね、この娘の方が……そういえば、この娘、なんて言うの?」
「ゆーき、だ」
「ふうん……なんか、イメージ通りの名前だね。まあそれはいいとして、ゆーきちゃんが、友部君の気持ち良いところを、ずっと責めて上げてるとき……つまり、ゆーきちゃんが主導権握ってるときって、友部君、どう思ってる?」
「突っ込んだ話だな……」
「どう? 腹が立つ? それとも?」
 ……半泣きの真顔で迫られると、答えるしかないだろう。俺は、少し照れながら答えた。
「……腹が立つなんて事は、絶対にないな。嬉しくてたまらないと思うが?」
「うんうん。じゃあ、友部君がゆーきちゃんにしてあげてるときに、ゆーきちゃんがすごくおっきな声出したら、どう思う? うるさいって思う?」
 これもまた、訊かれた瞬間に、俺の頭の中でゆーきのあえぎが再生される。……結構大きい方だと思うが……
「それも違うな。あいつが感じてくれることが、俺は何より嬉しい。まあ、マンションだからな。多少は気になるが、喜びの方が上だ。実際、俺も気持ちよければ声、出すしな」
「……ゆーきちゃんと友部君、すっごく愛があるね。うらやましいな……」
「何をもって愛とするのかは、俺は何とも言えんが、違ったのか?」
「もうガチガチよ。こっちがしてあげたら怒る、おっきな声出したら怒る……『女に先にイかされるなんて、情けない』って言い切るのよ。終わったら、さっさと離れちゃうしさ。裸のまま寄り添おうもんなら、そりゃもう……」
「……なんだかなあ……」
 俺が言うのも何だが、それはセックスって言うんだろうか?
「最初はそれでも良いと思ってたのよ。『良かっただろ?』って訊かれたら、『うん』って答えてた。彼がそう喜ぶなら……って。でも……」
「勝手に相手がキレたって事か……」
「そ。中でも外でもカッコつけて、勝手に怒ってバイバイ。あれ? なんだ、一言で済んじゃったね」
「そりゃひでえ……はははっ……」
「あははっ……でも、友部くんとゆーきちゃんの話聞いたら、なんかせいせいしちゃった。そんな男、別れて正解かもね……」
「その点についちゃ、俺から言うのはやめとくぜ」
「ふふっ……分かってるわよ」
 「はあ……」という岩城のため息。何度も言ってるように、俺の意見は言わない。自分自身の例と、あいづちだけだ。それでも、俺に言ったことで、岩城は少しすっきりしたようだった。
「ねえ、友部君。ゆーきちゃんって、いい娘でしょ?」
「そうだな……。明るくて、元気で、前向きで……俺にない物を、みんな持ってる」
「だよねえ……そんな風に見えるね。そんな娘、どこでつかまえたの?」
「孤児院だよ」
「えっ……」
 俺は、対外的なゆーきの素性を、岩城に話した。神様が作った嘘だが、孤児という点は、あながちはずれではないと思う。ゆーきには、血を分けた肉親なんて、はじめからいないんだから。
「ふうん……よくテレビとかで見るけどさ、すっごく貧しくて、何にもない国の子に限って、底抜けに明るかったり、どうしようもなく無邪気で、純真だったりするよね。ゆーきちゃんも、そんな感じなのかな……。こりゃ友部君、絶対幸せにしてあげなきゃダメだよ」
「……そのつもりだ」
「妬けるなあ……もう、ごちそうさますぎて、もたれそうよ」
「もたれすぎて、吐くなよ」
「もうっ、誰がよ! あーあ、おかげで予定が狂っちゃったわよ」
「予定?」
「……友部君さ、大学のクラブにいたときのこと、憶えてる?」
「ん? 憶えてるが……何だよ、いきなり」
 岩城が言う『クラブ』とは、放送部のことだ。学生からのリクエストを受けて曲を流したり、昼休みに番組を組んで、司会の真似事をしたりして……バカをやって騒いでいたわけだ。
「友部君、結構人気あったんだよ。知ってた?」
「おいおい、嘘だろ?」
「ううん、ほんと。反響はほとんど無かったけど、みんなの話のネタにはなってたよ。あの人のおしゃべり、面白いって」
「そんな、いきなり言われてもなぁ……俺は、好きなことを好き勝手にやってたって想い出しか無いんだが……」
「そこそこ。惹かれるのはそこだよ。スタジオで見てると、一生懸命な友部君、なんか、カワイイって思っちゃう」
「うーん……カワイイ、なあ……」
 どう返していいもんだろうか? とりあえず俺は、首をひねった。
「でも、実際のしゃべりが面白かったのもホントだよ。ああ、友部君ホントに好きなんだな、って思うもん。さすが、趣味でもサークルを作ってるだけはあるなって……」
「岩城!」
 俺は、また反射的に怒鳴っていた。怒鳴ってから、自己嫌悪に陥った。
 岩城は関係ない。ただ彼女は、その原因となった話を、包み隠さず話した、唯一の異性だった。だから、どうしても繋がりが出来てしまう……。
「…………っと、そうだったね、ごめん……」
「いや、こっちこそスマン。しかし、それなら、なんでもっと俺はもてなかったんだ? 他の女から声を掛けられたことなんて、ほとんど……」
「もう、つき合ってる人がいるって思われてたんじゃないかな」
「あーあ、勝手に解釈しやがって……誰だよその、『俺の知らない俺の彼女』ってのは……」
「……友部君」
「うん?」
「昔はさ、学校から駅まで、よく一緒に帰ったよね。いろんな話しながら」
「ああ」
「でも、寄り道しなかったね。喫茶店へも、居酒屋へも、映画館へも……。せいぜい行ったとすれば、試験前に、一夜漬け用の参考書を、本屋で一緒に選んだことぐらいで……」
「……………………」
「どうして? 私、待ってたんだよ。友部君に誘ってもらうの。電話でもいっぱい話したけど、いつでも内容は同じ。休みの前なんて、ちょっと期待して電話を取ったこともあったけど、やっぱり、楽しい雑談ばっかり……」
「……きっかけがつかめなかったんだ。後は……怖かった」
「あのこと以来?」
「……そうだな」
「あれって、いつの事って言ってた? 大学二回になリたての頃に聞いたから……友部君、私と同じで、大学には現役で受かったんだよね。だったら……」
「十九の時だ。六年前か……」
「いいかげん、忘れてもいい頃よね」
「お前といた頃は、まだ、な」
「私なんて、せいぜい一年で忘れちゃうと思うけどなあ……」
「強いな、岩城は……」
「考えすぎ、考えすぎ! 気楽に行こうよ!」
 ポンポンと肩を叩く岩城。確かに、他人からすれば、鼻で笑って済むことかも知れないんだ。だが……。
「ゆーきちゃんには?」
「いつか……話そうと思ってる」
 今、その詳細を全て思い出すのは辛い。悪いが、もう少し、待ってくれ。
 ただ、俺は、その大学二回の頃の出来事をきっかけに、一種、『恋愛恐怖症』とも呼べる物になってしまったんだ。人を好きになるのが怖くなった。対外的には明るく振る舞う裏で、ある線より先は、絶対に踏み込ませなくなった。『俺を見つめるその目の奥に、何かある』と、疑ってかかるようになった。でも、『誰かを好きになりたい』という思いは募るばかりで……時間だけが過ぎていったんだ。
 ……だから、初めてあいつに……ゆーきに出会ったとき、その澄み切った目を見て、俺は思った。『こいつなら、思いっきり好きになれる』と。一種の打算が働いたとも言える。……ひょっとしたら、俺は、すごく卑怯な奴なのかも知れない……。
 複雑な気持ちを表す俺の顔は見ずに、岩城の言葉が続く。
「でも、ずるいわよねえ……嫌な恋した後に、友部君に会えて、ああ、やっと言えるかな……って思ったら、もう私の入る余地なんてないんだもの。私、運がないのかなあ……」
 『ずるい』という言葉がやけに痛いが、俺は調子を戻して答えた。
「いや、俺が売れた後で、良かったんじゃないか?」
「あははっ……売れたって……自分のことでしょ? それはどうして?」
「学生の時から思ってた。お前と俺って、やっぱ似てるんだ。似た者同士で傷の舐め合いしても、いずれは、な」
「似てる……かあ。そうかもね。でも、今の友部君に言われても、なーんか説得力無いなあ……」
「ふん……悪かったな」
「分かったわ。じゃあ、もういい。その代わり……一回だけ、ね……」
 立ちあがった岩城は、俺のほうを向いて一歩進み、静かに目を閉じる。
 俺は、その肩を抱き寄せ……

(ちゅっ……)

「……やっぱりねぇ……」
 額に短く唇を触れただけの俺を、岩城は、さばさばした笑顔で見返す。
「俺には、これが限度だ……」
「ううん。いいよ。もし、ちゃんとキスしてくれてたら、私、友部君のこと軽蔑してたと思うから」
「………………」
「じゃ、ね。写真、確かに預かったわ。ひょっとしたら、時間がかかっちゃうかも知れないけど、いつぐらいに届けたらいい?」
「そうだな。次の週末ぐらいがいいか……」
「了解。楽しみにしててね」
「ああ……」
「もうっ、しゃきっとしなよ! 家で、ゆーきちゃんが待ってるんでしょ?」
 ばんっ、と背中を叩かれ、俺は、時計を見た。……随分長い十五分だ。
「だいぶ、話しこんじまったな」
「そういうこと。早く帰ってあげなよ。……またね、友部君」
「ああ、またな」
 「駅まで……」と言いかけた俺を察したかのように、岩城は、「送らなくていいからねー」と背中越しに言い、すたすたと歩き出す。やがて、彼女は、夜の闇に溶け込み、消えた。公園に静けさが戻る。まるで、初めからいなかったように。まるで、夢のように……。
「っと、そんな場合じゃない! 急いで帰らないと、あいつ、心配してるだろうな……」
 俺は、慌てて家へと戻った。