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『がぼっ』(5)

5.ぎくっ

『どわぁっ!?』
 そう叫びたかったが、それすら出来なかった。
 なんでだ? さっき、向こう側にいただろう? 動く音もしなかったし……どうなってるんだ?
 唐突さに目が白黒していても、見えるところは見てしまう。
 身体にタオルは巻いていない。そのままだ。銀泉の透き通ったお湯越しにゆらゆらと揺らめいて見える肢体。よく締まってて……見事だ。顔は、利発、と言う表現が良く合うだろう。あ、左目に小さい泣きぼくろがある。
 視線が混乱して、あたふたしている僕を見てか見ずか、眼前の娘は、ニコニコして僕を見ている。いや……何か含みのある、イタズラっぽい笑顔と言った方がいいかな?
「ンフフ……良いこと教えてあげよっか?」
 そしてまた、ちょいちょい、と手をこまねく。耳を貸せ、と言うことのようだ。
「……?」
 全く先が読めない展開の中、僕は、思い切り怪訝な顔で耳を寄せた。
 顔を近づけたその時、ふと、不思議な香りがした。
 温泉の臭いに混じった、かすかに、甘い匂い。ちょうど、今が盛りのキンモクセイを、ぐっと優しくしたような、いい匂いだ。何が起こるのか解らない不安の中、一瞬、どきりとした。
 そして、僕の耳はその娘の口元。かすかに当たる息が、くすぐったい。
 彼女が、手を当てる。その口をついて、出た言葉は……。
『キミ、お風呂の中でオシッコしたでしょ?』
「ぱ」
 僕は、顔のパーツがてんでバラバラになったような顔をしたに違いない。
 でも、その娘は、ニンマリしながら続けた。
「いけないなぁ。球根は、自分から養分を出したりしないんだぞ」
 まさに度肝を抜かれたと言うのが正しいだろう。
……だって、ホントのことなんだから。
 そう。それは、丁度僕が首まで浸かって、水栽培の球根のキモチになっていたときだった。力が抜けきって、『そういえば子供の頃は……』なんて思ってしまって、イタズラ心でやっちゃったんだ。
 ……でも、なんで「球根のキモチ」がわかったんだろう? やっぱり、どうしても不審な所作が出るのかな?
 口をぱくぱくさせる僕に、彼女は、さらなる笑顔で続けた。
「何で分かったんだ? って顔してるね。でも、わかるんだなぁ。どんなにさりげなくしてるつもりでも、ね」
 笑顔の中の、イジワルなニンマリの度合いが濃くなる。
 しかし、すぐにそのぱっちりとした目に、満面の期待を込めて続ける。
「でもね、キミのキモチ、よくわかるよ。お風呂の中って、おしっこ、したくならない?」
 行為を糾弾するよりも、探していた同志にやっと会えた! というような顔で、彼女は僕に迫りながら言う。
「そ……そうだね。いけないとわかってても、こう、下半身に広がっていく、お湯とは違う温かさが、おもしろいよね……」
「うれしいなぁ!! 実はアタシもやっちゃうんだ。キミの言うとおり、とっても気持ちいいよね。あったかさもそうだけど、出し切って、力が抜けて、ぶるぶるって来る震えがまたいいんだよね!!」
 湯船の中でオシッコをする自分なりの理由を言った僕に、彼女は、我が意を得たりとばかりに、大浴場いっぱいに響くほどの嬉しそうな声で言った。
「えいっ!」
「どわっ」
 そして彼女は、その勢いで僕に抱きついてきた。