0.前振り
突然だが、皆さんは自転車に乗るときどうするだろうか? そう、例えば自転車置き場に停めてあった自分の物に、改めて乗る時だ。 自転車は、自分に対して右側にあるとしよう。 ……左足を左のサドルに乗せて? 足をクロスさせるようにして右足で地面を蹴りつつ? ひょいっ……と。なるほど。 え? おかしいかって? いやいや、僕も街中で見ていると、みんなそうだって知ってる。おかしいのは僕の方だ。 僕は、どうもあの乗り方が苦手なんだ。 いざまたぐときには、一旦止まって 『ぃよいしょっ!』 っとかけ声を出してしまう。年寄り臭い? ……ほっといてくれ。これでも一応気にしてるんだから。 でも、癖というのは恐ろしい物で、改めようとしてもなかなかそうは行かない。 で、この乗り方だが、動作がかなり大きくなるのが欠点なんだ。大股で、脚をぐるりとやるもんだから、回し蹴りか、力士の四股みたいになってしまう。 そうなると、混み合っているところでは当然、人を蹴ってしまうこともある。勿論故意ではないんだから、いざこざになったりすることはない。……気の短い人は、露骨に舌打ちするみたいだけどね。そんなのは捨て置こう。 この僕の癖から、話は始まる……。 1.1回目
「ぃよいしょっ……と」 駅前にある馴染みの喫茶店前。時間は朝。僕は、いつも特にすることがないので、ほぼ毎朝、自宅から自転車でこの喫茶店に通い、モーニングセットを食べている。ここのコーヒーが旨いからだ。 何? する事がないとはどういうことだって? ふっ、僕は気ままな自由人なのさ。 僕は風、縛られることなど決してなく、思うままに〜♪ ……そうだよ、プー太郎だよ! 良いじゃないか、ちくしょう……。 とにかく、いつものように店を出て、さぁ帰るぞと、自転車にまたがろうとした時だ。 「ぃよいしょっ……」 ばふっ 妙な音がした。しまった、また誰か蹴っちゃったかな……と思った。 「あっ、すいません……」 反射的にそう言いながら、僕は一つ、おかしな事に気づいた。 ちょっと待て。『ばふっ』……って、何の音だ!? 『問題:先ほどの音と、現在の諸他の状況を照らし、君が何を蹴ったか類推せよ。』 即座に、僕の頭の中には、こんな問題が出された。しかし、こういう問題を解くことに関しては、僕の頭脳はそこらのスーパーコンピューターより速い。 「(ダウンジャケット? いや、今は春先だ。そんなことはない。厚手のスカート? それならもっと重い音がするはずだ。そうだ、紙のような……買い物袋? いや、その下は人間の肉体の感触だった。紙と……お尻……考えられる物は少ない。しかし待て。そんなことがあるのか?)」 一瞬で考えをまとめ、結果として困惑の表情をしている僕が、蹴ってしまった人の顔を、ふっ……と見た。 そこには、背後から心臓を直接握られたような顔をした女性が居た。 すらりとして、僕と同じぐらいの背で、髪はセミロング。OL風の人だ。 やがて彼女は真顔に戻り、 「いっ……いえ……」 と呟いた後、逃げるように駅の方へ走っていった。 「……逃げなくても良いじゃないか……?」 足早に駆けて行く彼女の後ろ姿を、僕はちょっと傷つきながら見送った。 分厚いトレッキング・シューズを履いていたにもかかわらず、僕の足には、さっきの奇妙な感触が残っていた……。 2.2回目
それから数日後。その日のことなんかすっかり忘れて、僕はまた、いつもの喫茶店の前にいた。ただし、時間は夜。同じ喫茶店に2回以上行くのも、僕には珍しくない。 「一日の終わりのコーヒーも、また良きかなってね……よいしょっと」 ばふっ 「……え?」 どんなビデオデッキよりも速く、記憶が巻き戻される。この妙な音と感触は、そうあるモンじゃない。 急かされるように後ろを振り向く。 やっぱり! あの女性だ! ……しかしちょっと待て。様子が変だ。 直立不動のまま、硬直している。 心なしか目が潤み、肩を震わせている。 まずいな……泣くほど強く蹴ったかな? 僕は急に不安になって、その女性に声を掛けようとした。 「あ……あの……大丈夫……」 僕がそう言い終わる前に、 「はあぁっ……」 「わっ!? ちょ……ちょっと!」 その女性は、全身の空気が抜けるような声を上げて、へたり……と崩れ落ちてしまった。その時、「サァァァ……」という、何かの流れる音が、雑踏に紛れて聞こえた気がした。 「まずいな……どうするよ……」 へたりこんでいる女性のそばにたたずみ、僕は困り果てていた。道行く人が、好奇の視線を投げかけ始めている。まずい。非常にまずい。 『問題:自分の置かれている状況を考え、適切な処置を考えよ。』 駅に運ぶか? いや、今は帰宅のラッシュアワーだ。乗客ならともかく、幾ら具合が悪そうとはいえ、そうでない人を運べない。 病院に運ぶしかないのかなぁ……僕、金無いぞ……いやそういう問題じゃなくて…… 「うーーん……あっ! そうだ!」 僕は、自分が今どこにいるのかを忘れかけていた。ここはいつもの喫茶店、奥にソファーの席がある。店のマスターに頼んで、そこでしばらく様子を見よう。 「マスター! ちょっと、奥の席、貸してくれないかな?」 僕は、さっき出てきたばかりの店の扉を開け、声を張り上げた。 「ん? 飲み足りないのか……あん? どうした、その女の子は?」 ちょっと驚いた顔をして、髭面のマスターが応える。僕は、簡単に事情を説明する僕に、マスターは、快く頼みを聞いてくれた。 ……そして僕は、ひとまず女性を負ぶって、店の中へ入っていった。 3.3回目
「よっ……」 奥のソファーに女性を横たえ、冷水を含ませたおしぼりを額にあてる。 「ふぅぅっ……んっ……」 勘違いされるような声を上げる彼女に、僕は思わずあたりを見渡してしまった。 でも、良かった。それほど顔色も悪くない。呼吸がちょっと荒い気もするけど……。 しばらくそのままにしておいて、一度額のおしぼりを替えようとしたときだ。僕の手が、つっ……と、彼女の頬に触れた。 「はぁんっ……」 ぴくん……と彼女の体が震え、うっすらと目が開いた。 そして僕を認めるや、彼女は……抱きついてきた。 「げ!?」 『問題:この状況に至った原因を類推せよ』 ……解答不能。エラーである。つまり、完全に僕の頭はパニクっていた。 僕の鼻を、甘い髪の臭いがくすぐる。 耳からは、荒い息づかいが聞こえる。 胸には柔らかな感触……気持ち良い。 「あ……あかくっ……あうあうあうあう……」 石になっている僕の耳に、こんな囁きが聞こえた。 「連れてって……」 かすれるような、妙に艶かしい声だった。 「ひえっ? ……どっ……どどどどどこへ?」 ろれつの回らない舌で訊き返す。 「どこでも……。二人になれる場所へ……。」 「え? え!? ええっ!?」 今まで以上に、パニックになる。勢いで肩を抱いてしまっていた手も、ぶるぶると震える。しかし…… 「ねぇ……」 ふぅっ……と、僕の耳になま暖かい息が掛かった。 ぷっつん 僕の頭の論理回路は、強制的にオフになった。 「マスター、自転車、店の前に一晩置かせてよ」 僕はカウンターの方を見やり、声を掛けた。 「あ? いいよ。しかし、君も隅に置けないねぇ」 すっとぼけたマスターの言葉を半ば無視して、僕は彼女と共に店を出た。 そして、駅前でタクシーを拾い、自分の家に向かうことにした。 ばふっ どことなく間の抜けた、タクシーのドアの閉まる音が、なぜだか妙に艶かしく響いた。 4.4回目
駅前から、タクシーで行くと5分足らずの所に、僕の家はある。小汚いワンルームマンションだ。いつもなら、何の感慨もなく帰ってくるんだけど、今日ばかりは勝手が違う。後ろから、ちょっと妖しげな女性がついて来ているのだ。 「ここで……いいかな。僕の家だけど……」 ほとんど独り言のように呟いて、僕は彼女を部屋に招き入れた。男やもめとは言え、それなりに部屋の掃除に気を配っておいて良かった。えぇっと、人生何が起こるか分からないって意味の故事成語って、何だったっけ? ああ、『塞翁が馬』だ。 そんなバカなことでも考えていないとお茶を出す動作もままならないほど、僕は緊張していた。そしてやっと流しに向った手が動き始めた時だ。 「しゅるっ……」 衣擦れの音がした。 「(え?)」 「かさかさっ……ぱさっ……」 続いて、紙が擦れ合うような音。 「見て……」 背中に、声が多い被さる。僕は、ゆっくりと、ゆっくりと後ろを見た。 今度は、僕が硬直した。 上半身は、スーツ。そして……下半身は……紙おむつ……。 僕には、何がなんだか解らなかった。 いや、初めて彼女のお尻を蹴ったときに、予想はついていたのかも知れない。 それにしても、奇妙なのは確かだ。 言葉を発する代わりに、いつの間にか僕は、ふらふらと彼女のそばに歩み寄っていた。 両肩に手をやり、体のラインを確かめるように、手を下に運んでいく。くびれた腰から下。「がさり……」と、確かに紙の手触りだった。 僕は、まるでそれが全く未知の物で有るかのように、オムツをがさがさと手で撫で始めた。紛れもなく、赤ちゃん用の紙オムツだった。 「んふっ……おかしいでしょ? こんな女がオムツなんて……」 僕の頭の上から、彼女の声が降り注ぐ。 「……なぜ?」 想像し得ない展開に、抑揚を失った声で、僕は短く訊いた。 なぜあなたは、オムツをしているのか? そして、なぜ今ここにいるのか? という意味も含めて。 頭上から声がする。 「……この前、貴方、私のお尻を蹴ったでしょ? びっくりしたけど、後でゾクゾクしちゃったの。それに、貴方の顔が、何か気づいてるみたいだったから、もう一度機会が無いかなって、思ってたのよ」 彼女は、最初の「なぜ」には答えずに、うっとりとした声で僕に答えた。 「…………」 「そしたら今日、やっぱりもう一度蹴ったでしょ? あたし、漏らしちゃったのよ。とっても気持ちよかった……」 「漏らした……?」 僕は相変わらず、何かに憑かれたように、紙おむつに包まれた彼女の下半身を撫でていた。そして、ちょうど股間のあたりに、ゲル状の物を感じた。 いくら僕でもテレビCMで知っている。おむつは、オシッコを吸うと中でゲル状に固まるんだ。 「そうか……僕に蹴られて漏らしたのか……オムツの中に……」 世の中には、そういう趣味を持った人がいる、とは聞いたことがある。 でも、こんな見ず知らずの男の所にやってきて、自分の趣味を見せびらかしたりするのか? それに、この後を期待するようなそぶりじゃないか? 「……蹴られて、気持ちよかったのか……」 声は相変わらず抑揚を持てなかったけど、僕は妙に冷静に考えていた。 ひょっとしたら、これは夢なんじゃないか……? そう思うと、それが一気に確信を持ち始めた。 そうだ、これは夢だ! こんな都合のいいことがあるはず無いんだ! ……じゃあ、何をやっても良いはずだ! ちょうどいい、ここのところ退屈してたんだ。 僕は、お茶を入れる動作を中断して、大股でのしのしと彼女に歩み寄った。 床にどっかと座り、その上に来るようにアゴで示す。彼女は、静かに僕のあぐらに腹ばいに伏せ、お尻を突き上げた。 ばふっ!! 僕は、振りかぶった手を、みじんのためらいもなくそこへ振り下ろした。 「……ひぃっ!!」 身体を跳ねさせ、悲鳴を飲み込む彼女。もちろんそれで終わらせるはずもなく、どんなオムツでも吸い取りきれない強さで、めいっぱい叩く。 ばふっ!! ばふっ!! ばふっ!! 「きっ……! ひ……あぁぁっ……!!」 「他人に蹴られて、漏らしたあげくに感じただと? あんた変態だな!」 いつしか僕は彼女をひざまずかせ、腰を抱えるようにして、無心に彼女の尻を叩いていた。一度やってみたかったんだなぁ、こういう態度。さすが夢の中。 「あうっ! あううっ! そう……わたし……は……ヘンタイ……悪い……子……です……ああ……ひああぁぁっ!!!!」 親のカタキのように激しく叩いているのに、彼女は甲高い悲鳴を切れ切れに上げながら、髪を振り乱し、腰をくねらせて悶える。 なるほど、サディスティックな快感って、こう言うことなのかもしれない。ハマる人がいるのも、わかる気がする。ためになる夢だ、まったく。 僕は、彼女の様子を見て、自然とニヤニヤしていた。そして…… 「あっ!! あひっ!! いっ!! いぃぃっっっ…………!!」 しゃぁぁぁぁ……っ…… びくんびくんと身体が跳ね、2回目の音。おむつの隙間から、吸い取りきれないおしっこが、僕のズボンと、床にあふれだした。 「……汚いな。どうしてくれるんだ!」 内腿を伝い、膝に広がる染みを一瞥した後、僕は、彼女の穿いているオムツに手をかけ、思い切り引き裂いた。夢だから、思うままに破れる。 そして現れる、アンモニア臭のする、桜色の丸い尻。割れ目の間が、ぬらりと光っている。その卑わいさに僕の劣情はさらに燃え上がり、叩く手にいっそうの力が込もった。 べしっ!! べしっっ!! べしっっ!! 軟らかな尻の肉は、水袋のように衝撃によくうねり、手の形に赤く塗りつぶされていく色が、やけに綺麗に見えた。 「ああっ! あっ! ひぎっ! ごめ……ん……なさい……ごめん……なさい……あっ! あぎっ! あひっ……あっ! あっ! あああぁぁぁぁーーーっ!」 やがて、多量の涎と涙をまき散らし、彼女は失神してしまった。 「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」 ぐったりとしている彼女を見おろし、僕も荒い息をついていた。 彼女のお尻同様、僕の手も真っ赤に腫れている。夢にしては、痛さまでリアルだ。珍しいな。 それにしても、カタルシスが得られる夢だ。日頃のうっぷんが晴れるよ。彼女には悪いけど、まぁ夢なんだし、幻に気兼ねすることもないか。うん。気持ちよかった。 ……あれ? なんか……頭が朦朧とする。 ……眠い、無性に眠くなってきた。 夢から醒めるのかな……ちょっともったいないけど……今は眠りたい。すぐに……。 ここでいいや。もう……寝よう…… 僕は、彼女のそば、オシッコの溜まっている床に、ばたりと倒れ込んだ……。 5.n回目
「ふわぁぁぁ……」
いつもの朝。割と片づけられた部屋が目に映る。 「あれ? なんか……」 昨日あったような気がする……けど……気のせいか? ま、いいや、朝飯を喰いに行こう。 簡単に身支度をして、愛用の自転車で駅前の喫茶店に行く。 寝ぼけ眼にコーヒーの香気を吸い込み、トーストとゆで卵を胃袋に押し込む。 後は、ゴシップ新聞片手に煙草でも吸いながら、ゆっくりコーヒーをすする。短いながら、実に至福の一時だ。 煙草をきっちり4本、時間にして30分ほどを過ごし、おもむろに立ち上がる。 「さぁて、今日は何をすべぇかな……」 店を出て、鼻歌を歌いながら自転車に乗ろうとする。 「ぃよいしょっ……と」 ばふっ …………ん? ―ふりだしに戻る
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